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種蒔きの聖女 【第一部完結】  作者: 遠見じゅん


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よろしく頼まれましたぞ!

 呼び出しに応じ、父王の執務室へと向かった。


「農業実験の報告書を読んだ。大成功おめでとう」

「ありがとうございます。ですが、採土した畑をダメにしてしまいました」

「いや、トータルでプラスになったのなら結果としては上々だ。其方の行動に救われる王国民も多かろうて」


 父上が棚の書類を取る為、椅子から立ち上がり背を向けた。


「父上、その……お召になっているカーデガンは……」

「ああ、シェスカ嬢がくれたのだ。人に会うときは流石にラフ過ぎるが、事務仕事をやるときには楽だし何より暖かくて気に入っている」

「その、背中の意匠は」

「ん?これはあれだろ、猛獣か何かではないのか?頭に何か付いているから聖獣様かもな」


 ――絶対違うと知っている。だが、なぜ皮膚の所が緑色なのだ?そういえば、俺の時は水色だったか


 取り出した書類袋を机に持ってきて、口を開いた。


「国民から直に意見を汲み取る、国王嘆願箱は知っているな。ここにお前が農業実験を施したエグゼド領からの感謝が多数届いておる」


 書類袋を逆さに空け、折り畳まれた手紙が机に幾つも積みあがる。

 言われるまま、何通か目を通すと期待した通りの内容であった。


 ――よし、ミネルバを聖女と崇めるような流れになるよう汲んでくれたようだ


「手紙に書いてある殿下は分かるが、聖女とは誰のことだ?」

「ミネルバの事かと」

「何故誤解されるような事が起きている?」

「それは……農民の判断ですので、私には……」


 首筋に冷や汗が滴った。


「その嘆願書を見て何か気付く事はあるか?」

「感謝している事が分かります」

「差出人は、ほぼ代官か有力者だ。自然発生した民草の声ではない」


 ――不味い

 だが直接指示した訳ではない。そうなるよう汲んで貰っただけで、こちらに非はない


「土と種を移植した事により結果を出した事は認める。だがその工程にミネルバが居らずとも結果は出たに違いあるまい?」

「お、恐らくは」

「よもや謀ろうとしてはおるまいな」

「いえ、そのような事は断じて」

「ならば今後の実験にミネルバは不要である。そうだな?」

「あ、いえ、はい」


 底冷えする声に、一気に余裕を失ってしまう。


 ――不味い、不味い、不味い

 聖女と呼ばれさえすれば誰でも良いのではないのか?激怒されるのを承知で、婚約者をミネルバに変更してもらうよう申し出るか?だが、贈られたカーデガンを着ているくらいだ、外堀は埋まっている気がする。どうする?どうすればシェスカとの婚約を回避して、ミネルバと結婚できる?


「父上、私は「コン、コン」


 口を開いた丁度そのタイミングで執務室のドアが叩かれた事により、不肖にも少しホッとしてしまった。


「何だ?」

「陛下、アールタイク伯より急報でございます」

「分かった。謁見の間へ向かう。急ぎ支度せよ」


 控え室に居た使用人が謁見衣装の準備を始めた。


「リチャード、急ぎの要件だ。今日はもう良い、下がれ」

「はい、失礼致します」


 バタバタし出した執務室を後に、この場は何とか凌いだものの依然、先行きに暗雲が立ち込めているのを痛感しながら自分の居室へと向かった。



 ◇


 謁見の間に入るとすでにアールタイクの使者が控えていた。


「申せ」

「ハッ、昨日早朝よりアールタイク伯邸が近隣農民約400に包囲されております、伯爵が農民側代表と話し合うも平行線を辿りこのままでは衝突も考慮される、至急応援を求むとの言伝に御座います」

「ふむ、邸の戦力はどのくらいだ?」

「邸には現在騎士3衛士15の兵力がございます」

「承知した。使者殿は下がって休め」


 ――400は多い、邸に雪崩れ込まれたら終わりだ。今から出ても騎馬でも半日強、初動からだと1日半かアールタイクが持ちこたえているかどうか


「軍務卿、騎士はどれだけ出せる?」

「ハッ、第一の四半分25が動員可能です。他は作戦中の為、帰還予定は未定」

「少ないな。だが、アールタイクは王領であり救援は時間勝負だ、分かった私が出る。騎士は移動重視で軽装にて先発。部隊を纏められる者はおるか?」

「ベイ卿がおります」

「ふむ、騎士には3日分の手持ち糧食を持たせてくれ、後発の兵士と補給隊の手配は任せる」


 ――下手をすると到着時点でアールタイク邸が落ちている可能性もあるか


「皆の者、留守を頼む」

「「「ハッ」」」


 廊下に出ると、エクゼスが追い縋ってきた。


「陛下」

「分かっておる。400が押し寄せるなど通常ではあり得ん」

「戦の事は分かりませんが、何かオカシイです。ベイ卿を総大将にして作戦全体を任せておいた方が良いのでは?」

「だが、奴の指揮だと農民の大多数が確実に死ぬ事になる。人数を考えると、その場で何かしら救う為の判断が必要になると思うのだ。それが儂自ら出向く事にした理由だ」

「差し出がましい申し出失礼しました。どうかご武運を」

「ああ、後の事は任せる」



 ◇


 準備を終え馬場に降りると、既に騎士団全員が整列して待機していた。出撃前の戦闘集団特融の埃っぽさと生ぬるい湿っぽさが鼻を通るのを感じる。

 横手から装備をガチャガチャさせながら、小柄だが肩幅の広い老人が白の団長コートを羽織り大声を上げながら近づいてくる。一番に目に付くのは立派な髭だ。カイゼル髭というのだったか?真っ白な口髭が肩幅と同じところまで水平に整えられている。


「陛下とご一緒するのは2年振りですかな!」

「ベイよ、一気掛けとなるが大丈夫か?」

「ハッハ!吾輩はまだ心配される程耄碌はしておりませぬぞ」

「ああ分かっておる、今回も宜しく頼む」

「不肖ベイ=ヴァン=ゲリング よろしく頼まれましたぞ!」


 ベイ卿はニカッと笑い答えた。

 整列している騎士団の前に出ると、ベイ卿が号令を掛ける。


「総員!傾注!」


 大気がビリビリと震え、それまでカチャカチャ鳴っていた装備音がピタリと止む。

 頭一つ分小柄な老人の出す声量ではない。先ほどはあのように言ってはみたが、この老人、騎士団きっての古株で騎士団きっての達者なので、正直何も心配する事はない。しかもここだけの話、初陣での恐怖で漏らした時の処理をベイが極秘裏に行ってくれた事もあって、余り偉そうにも出来ない。


「皆、聞き及んでおるかと思うが、アールタイクの邸が群集に包囲されており救援に向かわねばならん。一気掛けとはなるが勇猛なる我が騎士団に於いて私は何も心配しておらぬ。アールタイク領の安寧は諸君らの双肩に掛かっておる。一層の武勇に期待する!」

「「「ハッ!」」」


「総員!騎乗!」


 ドガガガッという音を響かせながら騎馬が次々と出ていき、ベイ卿の合図に合わせて私と護衛騎士の騎馬も城門から出る。暫くすると自然に中衛方陣に組み込まれており、走りながら行軍陣形は完成していた。後は成り行きでついていくばかりであった。


◇

 二日目の昼過ぎ、領都を望む丘の上に一団は布陣していた。


 布陣といってもテントも机もないので木立に馬を繋ぎ、手頃な石に腰を下ろす程度であったが、一気掛けしてきて固まった体を休めるには十分である。


「領主邸を敵が囲っているのなら敵の後ろは邸の壁であるので、騎馬の正面突撃は生かせませんな。従って、吾輩の率いる先発隊が大通り沿いに横手から騎馬突撃させ敵を薙ぎ払い門前までの進入路を切り開きます。その後、陛下には後発隊を率いて邸へ突入して頂きアールタイクとの合流を目指しましょうぞ」


 拾った枝で地面にガリガリ図を描きながらベイが説明してくれる。強引ではあるが邸と連携が取れないのならそれしかないかと考えている所に斥候が帰ってきた。


 邸はぐるり包囲されてはいるが、作戦的なものではなくただ溢れているだけに見える事、半数程度は女子供である事、領都内に火の手や略奪等は見られない事を告げた。


「油断しているうちに突撃して蹴散らせてやりますかな?」

「いや、混乱は見受けられないのであろう?暴徒化させないように整列して行進で入邸する。抜刀はするな。良いか、こちらからの攻撃は禁止だ」

「承知しました」


◇

 領主邸前の大通りは極限まで緊張した空気が張り詰めていた。


 王旗を掲揚しての騎馬隊行進である。間違いなく国王があの中にいるのだ。群衆は黙って道を開け沿道の端に跪き頭を垂れ、自分達の行動が国王の招来を招いたと悟った。

 しかも、行幸ではなく問題発生での招来である。全員切り捨てられても一切弁明できない。先ほどから沿道の者が動く度に、国王両側に侍る護衛騎士の手がビクリと剣の柄に伸びては元に戻すを繰り返しているのを見て、群集も頭を垂れたまま、まったく動けず双方の緊張は極限まで高まっていた。


 ヴィクターは沿道を見渡しながら行進していた。沿道に跪いている者も多いがその後方で体を横たえて動け無さそうな者も多い、報告の通り女子供の姿も多数見られたが、彼らの目には怒りよりも怯えが窺え、その体はガリガリに痩せ細っており抵抗する素振りなど微塵もない。門や建物等をざっと見まわしても破壊の痕跡はなく、敷地内への侵入もなかったのだろうと判断した。


 恐れていた混乱は起こらず、隊列はそのまま一糸乱れず、ゆっくりと領主邸の門をくぐって行った。

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