introduction / 希望と絶望
CLAWのメンバーは半年のブランクを経て遂に再集結した!しかし、更なる悲劇が彼らを襲う。
これはまだ始まりに過ぎない……
CLAWのクルーは〝ロス・ビソンテス事件〟の終息後、FBIからの指示でCLAWを一時的に解体し、ほとぼりが冷めるまでの半年間を復活までのインターバルとして設けられ、それぞれ一般のアニマル市警の警官として職務に従事していた。
全員はあの事件後にある種の口封じを命じられ、代わりに全員階級が一段階昇進となり、エマ・タイラー・ブルーの三人はスワット・アカデミーの教官として、シバサンは交通安全の監視員、ルフィナは会計担当の行政官、アンジーはギャング・麻薬捜査課の私服警官としての仕事に半年間従事していた。
CLAWとして毎日毎日残虐な凶悪犯罪を追いかけてた彼女らにとっては朝飯前としか言いようがなく、強い刺激は無いが充実した日々を過ごしていたある日のこと。
「よし、お前ら次は腕立て伏せ百回だ!次はランニングを十キロ続けてもらう。ウチは他の州の警察と比べてスワットの窓口がかなり広い。だが、そうやすやすと入れると思うんじゃないぞ!」
「これもみんなが死なないようにするため!ここでダメなら体力をつけて再チャレンジして!」
タイラーはブルーと共にアカデミーに入港したスワット志望の若者を鍛え上げていた。
そしてタイラーが育てている中には見覚えのある顔があった。
「ルース、今日も精が出るな!」
「いえいえ、これもタイラーさんがつきっきりで鍛えてくれてるお陰です!」
ルース・サマーズは今から二年前にタイラーがCLAWに左遷されてから二番目に担当した事件の被害者となった人物だ。
しばらくの間は精神的に落ち込んで一時期は学校も行けない有様であったが、タイラーが付きっきりで面倒を見たことで、やがて自身を助けてくれたタイラーに対して憧れの眼差しを向けるようになると、高校卒業後に即座にアニマル市警に入所した。
最初タイラーはアニマル市警の殉職率が高いことから普通に彼女に一般人として生きていて欲しいと反対していたのだが、彼女の家庭が極貧である経済的な苦境を知ると、渋々OKして彼女をアニマル市警へと入れる手助けをしたのだ。
そしてタイラーへの憧れからすぐにスワット隊員への志望届を出し、三ヶ月の訓練期間を終えて合格の一歩手前の現在に至る。
「所属はどこを希望してるんだ?レジェンドの20?それとも狙撃のプロ集団である60?」
「やっぱり私はタイラーさんがいた40チームに入りたいです……今の40チームはエマさんがいなくなってからは評価が落ちちゃってるみたいで、そんな40の名声を取り戻したいなあって思っちゃいまして。」
「そうか。40の名は確かに私にとっても大きかったからな。あの時は本当にレジェンドって感じの名前だったっけ。」
そんな話をしているときだった。もう半年も会っていなかった懐かしい顔がスワット・アカデミーに見えた。
「よう、相棒!」
「……相棒!」
タイラーは半年ぶりにアンジーと会うと、力強いハグをして再開を祝った。
あの事件以降は完全に別の署での勤務となり、アニマル市警の治安の悪さによる忙しさからなかなかプライベートで会う機会が無かったのだ。
「元気そうじゃないか!ギャング・麻薬捜査課の仕事は順調か?それと……なんだか昔と比べて顔色が随分よくなったな。前は貧血と二日酔いで死にそうって顔してたのに。」
「ああ。アニマルシティの麻薬関係に関しては完全に私の庭だからな。敵の動きが手に取る様にわかるって評判だよ。昇進して給料も増えたからちょっとずつ貯金も始めた。最近はヤクに手を出してないし、酒もたまに飲むぐらいに抑えてる。アニマル市警に復帰した直後の健康診断の結果がマジのガチで最悪だったからな。内臓の診断をされた時に〝この健康状態でなんで生きてるかわからない、貴方はゾンビか何かなんですか?〟って言われた時に流石に命が惜しくなっちまってさ。」
「はははっ、相棒らしい診断結果だな。私は健康そのものだった。早寝早起きはスワット隊員の基本だからな。」
「お前はいつも変わらないな!会いたかったぜ相棒!」
二人が筋肉を迸らせながら力強い握手をした時だった、二人に対して銃を向ける怒りに満ちた一人の女の姿があった。
「こ……この……この泥棒猫がッ!」
「ア、アンジー危ないッ!」とタイラーは叫ぶと、アンジーの体に覆いかぶさって一発の弾丸を受けた。
「うがああああああああああああーーーっ!クソ、いってぇーーーーーーー!」
「相棒ーーーーーーっ!大丈夫か、しっかりしろーーーーーーっ!」
アンジーは大慌てでタイラーが来ているファーストスピアのプレートキャリアを見るが、放たれた弾丸は防弾プレートで綺麗に止まっており、幸運なことに胴体に入り込んではいなかった。
しかし、脇腹に着弾した衝撃でタイラーの肋骨にはひびが入ったようだった。
「ふーっ......ふーっ......!」
アンジーは撃った方を見上げると、そこにはかつてタイラーと協力して助けた少女であったルース・サマーズが目を血走らせて息を荒げながら銃を向けており、他の警戒した訓練生たちがルースに対して銃口を向けている状態だった。
アンジーは他の訓練生に命令して銃口を下げさせると、ルースの胸倉を掴んで壁に押し付けた。
「お前、お前……何やってるんだ、相棒に対して恩を仇で返す気かよ!?この大馬鹿野郎!」
「ち、ちがうんです……違うんです…私はタイラーさんを撃つつもりなんて微塵も無くて……」
「じゃあなんで撃った!これでお前はスワット隊員になる資格が永久的に無くなったんだぞ!警官人生をドブに捨てやがって!」
「だ、だってぇ……お…お前が…お前がいけないんだよぉっ!」
「は?一体何言ってるんだ!」
「あ、あ、あ、あ、あんなに近くで……あんなに近くでタイラーさんの前で長時間話した挙句、ハグまでするなんて!タイラーさんは私のものだ!私だけの!私の憧れの人なんだ!他の邪魔な虫に横取りされていいはずがないんだっ!」
「は……はぁ……?な、何言ってんだお前……」
「タイラーさんの吸い込まれるような瞳が好き!端正で整った美しいあの顔立ちが好き!優しく撫でてくれる少し硬い手が好き!長距離を走ろうが息一つ上げない鉄の肺が好き!大きくて引き締まってる胸が好き!硬く鍛え上げられた足が好き!割れた腹筋が好き!そんなストイックに鍛えた肉体を持ちながら、脂質と糖質の塊であるドーナツだ大好物でお口をあんぐり開けて一口で食べきれないところと、それを消化する内臓が好き!サラサラでふわふわな美しい髪が好き!キラキラ綺麗な爪が好き!運動後のフェロモンと汗が香る少しのすっぱさと制汗剤が混じり合った匂いとそれを分泌する汗腺も大好き!すべてが大好き!なのに、お前は、私からタイラーさんを一秒でも奪おうとした!そんなこと、ぜっっっっっっったいに許せるはずがない!この泥棒猫、ありえない、私からタイラーさんを奪うなぁっ!」
ルースのタイラーに対する想いは常軌を逸していた。美形で品行方正で同性であってもおかしくさせるような魅力がタイラーにはあった。
そしてそんなタイラーに命を救われ、面倒まで見てもらったルースにとってはイエス・キリストと並ぶ神のような存在なのだ。
「奪ってないだろ!ただ社交辞令で軽くハグして半年ぶりにあったから少し長めに話をしてただけじゃないか!?別に相棒とは恋人でもなんでもないっての!というか、お前、私も命の恩人だってこと忘れてないよな!?」
「え…?恩人……?うーん……」
ルースは目を凝らしてアンジーの顔を見ると、何か思い出したような表情をすると途端に狼狽え始めた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの時の…タイラーさんと一緒にいた人……あの時は肌荒れてたし、顔色も悪かったからわからなかった…ご、ご、ご、ご、ごめんなさい……!私、私、あっ、私、と、と、とんでもない…とんでもないことを……」
「命の恩人なのに私は〝タイラーと一緒にいた人〟程度の認識で終わっちまうのかよ!?とんだ人食いウサギだなお前!」
「あ゛……相棒゛……そ、そ゛んなことどうでもいいから゛……きゅ、救急車゛……」
アンジーは思い出したかのように救急車を呼ぶと、そのまま三人はアニマル市警の警察病院へと運ばれた。
そしてそんなおとぼけた様子をブルーと一人のガムを噛んでいる新人スワット候補生が見ていた。
「はぁ……馬鹿ばっかじゃん。」
「こ、こら、ニーナそんなこと言っちゃダメ……ちゃんと良い子にならないと……」
「はぁい。〝エリーお姉ちゃん〟。」
ブルーの隣にいるスワット候補生はニーナ・カルミア一等巡査でここ一年でアニマル市警に入ったばかりの新人である。
アニマルシティ最悪の区域であるスニッド・ロウで生まれ育ち、母親は売春婦で父親は誰かもわからず、学校も行けないまま自動車窃盗と強盗をしながら幼少期を過ごした。
着る服もまともにないような状況で金持ちに見下され、〝プア・トラッシュ〟と呼ばれて蔑まれた。
その経験が彼女の愛着形成を著しく減退させハングリー精神を鍛え、人格を激しくゆがめていった。
金持ちという存在を見ると嫌気が刺して吐き気がして腹の虫が収まらなくなる。
しかし、そんな自分も金が欲しくて欲しくてたまらない。相反する矛盾した精神性を持っていた。
到底警察官になれるような人材ではなかったが、ここ最近のアニマル市警の殉職率の高さからなりふり構っていられずに雇われた人員である。
しかし、ニーナ本人は警察官としての誇りも無ければ職務を遂行するやる気もなく、ただ知っている地域で楽をしながら高給を貰いたいという願望だけがそこにはあった。
しかし、その境遇に親近感が沸いたブルーが今の今まで面倒を見ており、ようやくスワット隊員の一歩手前まで上り詰めたのである。
「ね、ね、ニーナ……前の話覚えてる?明日からちゃんと一人で行ける?私がついてなくて大丈夫?」
「ねえ、お金ちょうだい。お腹減ったから。」
「え、えーと待ってね……は、はい二十ドル。お釣りは返さなくていいからね!」
「ありがと、お姉ちゃん。」
「え、えへへへ……も、もっとお姉ちゃんって呼んで欲しいなっ……あ、あ、あとそれから、お洋服…買ってきたから家で着て欲しいなっ……」
「わーい、ありがと」
ニーナはブルーから二十ドルと紙袋に入った服を渡されると、軽くハグされてからそのまま署を後にして歩いていた。
ブルーにとっては可愛い妹か理想の娘のような存在だと感じていた。何故ならブルーもまたアメリカ海兵隊に入る前はあのような人格で荒れていたからだ。
自分の人生経験を基にして同じような境遇の子を更生させたいという気持ちがあり、何よりもブルーは拷問によって妊娠できなくなっていた為にやり場のない母性を向ける相手を無意識に欲していたのである。
「あーあ。あいつ、お姉ちゃんって呼べば大体何でもやってくれるし、訓練もキツくないから付いてってるけど、なんかきもちわりーんだよな。べたべたくっついてくるし。えーと…はぁ、ピンク色のグミベアのTシャツね…だッさ。サイズあってないし。センスないな、あのゴミ箱女。とっとと流れ弾でも喰らって死ねばいいのに。」
そう呟くとニーナはアッサリとその辺にあったゴミ箱にブルーから貰ったTシャツを投げ入れてガムを吐き捨てると、近くにあるダンキンドーナツでハンバーガーを購入し、近くの公園で昼休みを過ごしていた。
「あ、風船が!」
そこでは公園で遊んでいた女の子が風船を手放してしまったようで、高い木の枝に風船が引っかかっていた。その女の子は困った顔で昼飯を食べているニーナのもとへ向かってきた。
「ね、ね、警察のお姉ちゃん。あれ、あれとってぇ……」
ニーナはチッと舌打ちをしながら木から風船を取ると、その女の子の前で屈んだ。
「お姉ちゃんありがとう!お礼にこの花あげる!」
「……」
ニーナは無言で風船を目の前で破裂させると、受け取った花を地面に叩きつけて何度も念入りに踏みつぶした。
「ぎゃははははははは!子供は嫌いだうるせーし!風船は割れちゃいましたあん!ご愁傷様!お前がちぎってきただけの花なんていらねーんだよ、クソガキ!お花さんはお前が殺しちゃったんだよ?この花殺しめ!」
「な……な……なんで、なんでそんなことするの……?」
「楽しいからに決まってんじゃん!私は無力で抵抗できないクソガキをいじめるのが一番楽しいんだよ!バーカ、死ね!くやしいでちゅかぁ?くやしいでちゅよねぇ……うぷぷっ、あははははっ!変な顔!無力を味わえ!」
「うう…うう……」
「駄目だよ、そんなことしちゃ。」
「あん……?」
目の前に小柄な体躯の褐色の少女が現れると、ニーナを咎めた。
「お姉ちゃん警察官なんでしょ?なんで子供をいじめるの?大人げないよ。」
「警察官もクソもないだろ。私は子供が目障りでいじめるのが楽しいからやってるだけだ。」
「お姉ちゃん性格悪いよ。一緒に遊んであげようか?なんだか寂しそうな目してるもん。」
「……知ったような口を効くな!お前も泣かせてやろうか?私がいじめてやる!」
「うわぁ、来ないで!」
褐色の少女が徐々に迫ってくる怒りに満ちたニーナの目に地面の泥を掴んで投げつけると、ニーナは視界を塞がれた挙句、地面にあった水たまりに足を滑らせて転びそのまま全身が泥まみれになった。
「ぐえぁっ!」
「今のうちに逃げるよ!」
「うん、ありがとうリタちゃん!」
という二人の少女逃げる音が聞こえると、ニーナは敗北の屈辱感を感じながら顔の泥を拭った。すると一匹の小さな野良猫が現れた。ごく一般的な茶虎の家猫だった。
その家猫はニーナを哀れに思ったのか、泥まみれの顔をぺろぺろと舐めた。
ニーナは家猫を抱えると喉を撫でる。
すると、猫はゴロゴロの喉音を立てて懐き始める。
そしてその猫に対してニーナは沸々とイカリを爆発させ始める。
「……私を憐れんだな゛……私を憐れむなぁっ゛!」
激怒したニーナは家猫の首根っこをがっしりと掴んで懐からジッポーを取り出すと、近くにいた猫に火をつけて炙り始めた。
猫はどんどんと毛に炎が燃え移り、火が広がって苦しみもがいていた。
「あははははははははははっ!同情なんかするからこうなるの!燃えちゃえ、もっと燃えちゃえ!畜生如きが人間様を分かったフリをするからこうなるのぉぉぉ!」
家猫は数分苦しみ抜いた末に物凄い断末魔をあげて焼け死んだ。
そして焼け死んだ猫をニーナは地面に落として踏みつけ、水たまりへと蹴ると貧乏ゆすりをしながら親指の爪をガジガジと噛み、バツが悪そうにその場を後にした。
同時刻、シバサンはデッカード警視正に命令され、各メンバーの要望にあった車を買うためにアニマルシティに存在するスポーツカー専門店チャーリーズ・ビッグ・エギゾーストを訪れていた。
この店はかつてシバサンが乗っていたダッジ・チャレンジャーR/Tをクロウ・S・マーロンが奪取した店であり、クロウがロス・クルティードと関係のあった店主であるチャーリーを殺害したことで一時期閉店状態となっていたが、その店をチャーリーの親戚であるコーディという男性が引き取って営業が再開された。
シバサンが入店した瞬間に「いらっしゃーせ~」というやる気のなさそうな声が響き渡った。
「車が欲しいんだけど。」
「車?冗談はよしてくれよ、お嬢ちゃんみたいな若い子が手が届くような車はウチには置いてないって。」
「もうちょっとで二十七歳になるんだけどなあ。そんなに僕って子供っぽく見える?アジア系は若く見られるっていうし。」
シバサンはあらかじめ受け取っていたジュラルミンケース入りの車両購入用の予算をコーディに見せると、目の色を変えて真面目に接客を始めた。
「あ!?えー……どういう車をお求めです?マッスルカー?それともJDM?」
「ちょっと待ってね……メモ出すから……ええと、ホンダ・シビックタイプRのFK8型。」
「一世代前のタイプRか。ウチに在庫があるよ。今ある色はホワイトとイエロー。いい車だ。VTECの音がいいんだよな。しかも全然壊れないし見た目もカッコいい!完璧な車だぜ。」
「日産・スカイライン400R。」
「Zのエンジンを積んだ四百馬力の凄い奴だ。実用性もスピードも申し分なし。奥さんにも性能がバレないビジュアル!売れ筋だぜ。」
「中古品はある?」
「もちろんあるとも。新車だけじゃ食ってけないからね。」
「日産・スカイラインGT-RのR34型。」
「おいおい、そんなものウチにはない!今じゃ二十五年ルール(注・生産から二十五年が経過した車両が自由に輸入登録ができる特例制度のこと)でジャンジャンこっちに入ってきてるが、GT-Rに関してはあんまりに値段が青天井ですぐ売れるもんだから今は在庫はないよ。」
「代用になる物とかないの?」
「えーと…あぁ、一応4ドアのENR-34ならある。GT-Rと同じく四駆だけどエンジンがRB25になってる廉価モデルだ。これでも最近はGT-R化やRルック(注・通常のスカイラインの見た目をGT-R風にするカスタムのこと)需要がデカくて中々入ってこないんだぜ。」
「一応見せてもらえる?」
「ああわかった。」
コーディはシバサンを連れて店舗の横にある巨大な業務用車庫へと向かうと、少しガラスがくすんでいて純正色ではないライトグリーンでオールペンされたのENR-34がそこにはあった。
エアロパーツは明らかに中国製の格安で売られているGT-R風の物でウイングは無理矢理取り付けられ、ホイールは純正のままであった。
「オールペン自体はされてるけどストラッドタワーは錆びてないよね?ガワだけ綺麗にする手法は通じないよ。」
「当たり前だ。そんな商品はウチじゃ仕入れない。コイツはどのパーツも綺麗に整備してある。」
「ふぅん……」
シバサンはENR-34の各部をチェックして状態がしっかりしているかを確認すると、値引き交渉に移った。
「でもさ、これで値段が三万ドルってのはちょっとぼったくってない?二十年以上落ちのセダンだよ。」
「さっきも言ったがGT-R化の需要があるから値段が上がってるんだって。ENRに関しては最初からアテーサが積まれて四駆だからRB26に載せ替えるだけでGT-Rになっちまうから需要が半端ない。」
「まあそれはわかるよ。状態もいいと思う。でも、一個だけウィークポイントがある。」
「ウィ、ウィークポイント?」
シバサンはそういうと車内にあるVINコード(注・車体番号のこと)を指差した。
「これには日産・240SXのVINコードがついてるじゃん。」
二十五年ルールによる解禁前の時期にグループAレースで二十九連勝という前代未聞の戦果を挙げ、名作映画であるツーファスト・ツーフューリアスに刺激を受け、GT-Rやスカイラインを欲したアメリカのカーマニアたちは正規の方法で輸入することが困難なこれらの車をバラバラに分解して〝パーツ〟として輸入し、現地で組み上げて既存の日産輸出車のVINコードを貼り付けることで、違法輸入された車両を表面的に登録済みにするというVINスワップという行為が横行していた。
当然だがこの行為は重大な連邦法違反でクラシックカー登録はされず、当局にバレれば真っ先に車両は押収されてスクラップにされるか海外向けのオークションにかけられる羽目になる。
「三万ドルで連邦法違反の車両を売りつけるってワケ?アニマル市警の警察官である僕に?」
シバサンはほくそ笑みながら警察バッジを見せると、コーディは冷や汗をかきながら困った表情をした。
「あんたサツなのかよ!?」
「えーと、VINスワップをした車を売買すると、連邦法違反で最大で十年の懲役になるけどどうする?」
「ああっ、クソ、わかった!一体何が望みなんだ!」
「この違法車両は僕が個人的に押収するね。それと、輸送代をタダにしてシビックとスカイラインを三割引きにしてくれる?」
「シビックとスカイラインは新車だぞ…こっちだって商売が...」
「じゃあ、FBIに通報しようかな~友達にいるんだよね~」
「わ、わかった。わかったよ!降参だ降参。この店を再始動した時点で金がないってのに十年も豚箱で暮らして店閉めたら、出ても借金地獄で首が回らなくなっちまう!」
「じゃあ決まりね。グッディ~ル。」
シバサンは購入契約書にサインをすると、ブルドッグウェイのアニマル市警旧署への輸送を行うように頼むと店から出て、CLAWの武器調達を秘密裏に担っているカルラに電話を掛けた。
「あ、カルラ?こっちは車両の手配ができた。銃や武装はどんな感じ?」
「超最高だよ。予算が増えたからなんでも買い放題だ。ナイトビジョンだって新しいのが配備できる。お前が頼んでた銃もちゃんと用意しといたぞ。」
「おお、ありがとう!僕小柄だからある程度ちっちゃい銃を使いたかったんだよね。」
「到着を楽しみにしとけ。じゃ、現地で合流しよう。またな。」
「うん。」
そう言うと二人は通話を切った。
半日後、CLAWのメンバーたちはブルドッグウェイにあるアニマル市警の旧警察署へと集まっていた。
廃墟であることをいいことに内装を改築、新たなCLAW本部として選ばれたのである。
そして全員が再集結するのは実に半年ぶりで本日よりCLAWが再結成されるのだ。
まず先に着いたのはエマだった。一分一秒として遅刻せずに誰よりも先に到着した。
「エマ警部、やはり早いな。お前は昔からそうだ。」
「いえ、当然のことです。それに、久々に皆と再会するとなって少し早く家を出ましたし。」
そんな話をしていると、肋骨を抑えながら顔色を悪くしているタイラーと、そのタイラーと肩を組んでいるアンジーが到着した。
「じゅ、巡査部長......いや違う、警部......ただいま到着しました......!」
「おいおい、なんで脇腹を抑えてるんだ?何かあったのか?」
「こいつさっきルースに撃たれたんだよ。アーマ越しに喰らって肋骨にヒビが入った。私は病院で寝てろって言ったんだが、コイツは今日だけはちゃんと行かないとって言ってさ。」
「撃たれただって!?あの善良なルースに?何故だ......?」
「えーと......所謂〝痴情のもつれ〟ってやつかな?」
「痴情のもつれ?なんだか面白い話をしてますわね!」
ルフィナはカルラを連れて三人の会話に割り込んで入った。
「おお、ルフィナ、久しぶりだな!元気だったか?」
「もっちろんですことよ!今朝もカルラと五回は愛を育みましたもの!」
皆様ルフィナの隣にいるカルラを改めて見ると、少しゲッソリしているように見えた。
「えっと......ああ、みんな久しぶり。注文通り武器に弾薬に最新式の装備を山程そろえてきたよ。私からのサプライズプレゼントと言ったところかな。」
「サプライズプレゼントなら僕も持ってきたよ〜オーライオーライ!」
シバサンはコーディの運転するカーキャリアのバックを補助しながら、三台の車を旧署のガレージへと動かしていた。
「ああっ、遅れてごめん......最近候補生のお世話してたから......みんな、久しぶり。とはいってもタイラーとエマとはちょくちょく会ってたけど。」
最後に遅れてブルーが合流したことでついに既存のCLAWのメンバーが全員集結した。
「よし、これでメンバー全員が揃ったな。これから新装備を渡す。説明はちゃんと聞いてくれよ。」
そう言うとカルラは停めてあったタコマの荷台に入っていた巨大なペリカンケースをあたりに並べ始めた。
「まずはエマ警部!貴女からの要求はたったのライフル一丁だけだったね?」
「ああ、装備品はいつもので十分だ。」
「ナイツ・アーマメントのSR-16ライフル。操作系は今までのスーパーデューティと何も変わらない。剛健で爆破されても動く無敵のライフルだ。16モデルだからフルオートシア付き。実に貴女らしいチョイスだ。」
エマはライフルを受け取るとファンクションチェックをしてきちんと動くかの確認を終えると、ペリカンケースの中へ戻した。
「シバサンに用意したのはコレだ。H&KのMP7。軽くて殺傷力が高く、それでいて反動は少ない。体格の小さいニッポンジンには最適なチョイスのはずだ。」
「いつも思ってたんだよね。スーパーデューティはちょっと大きいってさ。これならかなり扱いやすくなるはず。」
「プレートキャリアも日本製の物を選んだ。ファーストスピアの奴はちと大きいからな。ウォーファイターアサルトプレートキャリアってやつを見繕ってきた。」
「助かったよありがとうね。」
「次にルフィナ。前はスーパーノヴァを使ってたから今回もポンプアクション。コイツは凄いぞ……セリエントアームズ製の高級カスタムがなされたM870だ。チタンコートの軽量化ボルトに重さがたったの三ポンドしかないトリガー。世界最高のポンプアクションの一つだ。」
「まぁ!あれですわね、じょん・うぃっくみたいですわね!かっこいいですわ!」
「前に重いベストよりも動きやすさを優先したいって言ってたから、PACAアーマーの上から、グリムハンター・タクティカルの五四ラウンドチェストリグを付ける形が良いんじゃないかと思ったんだ。見ての通りえげつない数のシェルを携行できるからショットガンナーのルフィナに合ってる。ピストルはベレッタ製が好きみたいだからAPXを選んだ。」
「カルラ、大好きですわ!」とルフィナはカルラの頬に軽くキスをした。
「えーと、こほん。次だ。アンジーのプレキャリは5.11のタックテックを選んだ。ライフルは左利き用のスタッグアームズ製のSTAG-15。十八インチの六〇五グレンデル弾仕様だ。ボルテックスのスコープにスコープスイッチを付けてるから中遠を両方即座に対応できる。エマージェンシーサイトもあるからCQBでもそれなりにやれるだろう。それと……あんまり気は進まないが注文通りにセミフル切り替え式のバンプストックを付けておいた。ピストルは最新式のグロックVだが……わざわざこれをフルオートにする意味って?」
「まさに理想のAR-15だな。上手く体にフィットするし、精度も高そうだ。何よりバンプストックってのがいい。これだけ精度を突き詰めておきながら、全部ぶち壊す感じが私にあってるってもんさ。グロックVはグロック社のプライドをぶっ壊してる感覚がたまんねえんだよな。あと、今まで使ってたやつが遊び過ぎてガタ来てたし。」
「ああそう……次にブルーだが実はまだ届いてないんだ。人気の品だったから。あとちょっとだけ待ってくれ。それと……タイラーはライフルを変えなくていいのか?」
「これは先代から受け継いだ大事な物だから大切に使いたいんだ。最新式の光学機器だけ頼むよ。」
「……わかった。お前の意思を尊重させてもらうよ。」
「さて、お次は車だよ。ボスたちの注文通りにスカイラインとシビックを用意したんだ。」
エマはV37型日産・スカイラインの周りを見渡すと、リアについた400Rのエンブレムを見て眉を顰めた。
「おい、私はV37型を用意しろとは言ったが、400Rを用意したのか?」
「いいじゃん。どうせ金は上から出てるんだしさ。それに皆のボスなんだから誇れるようなシャキッとした車に乗らなきゃダメだって。見た目はそんなに派手じゃないし、ボスっぽいじゃん?」
「そういうものなのか……?まぁいい、存分に使わせてもらう。」
「そうそうこれだよコレ!一世代前のシビックの顔が一番好きなんだよ。ボディカラーが黄色なのがまたいい。」
「それと、ブルーが注文してたR34型GT-Rなんだけど……」
「うん。」
「人気過ぎて売ってなかったんだ。代わりに用意したのがコレ。ENR-34。RB26は積んでないけど、アテーサがあるからちゃんと四駆だよ。4ドアだけど……」
「うん、ありがとう。34型に乗れるってだけで嬉しいから大丈夫。
「よし、じゃあみんな集まれ。」とエマが皆に声をかけた。
「実を言うとな、ブルーは今日から有給を全部消化してバイクでアメリカ一周の旅に出かける。だからしばらく会えなくなる。」
「マジで言ってんのか?これからCLAW再始動だって時に?」
「え、34を僕が買ってきたばっかりだっていうのに!?てかバイク!?マジ!?」
「……ごめん。上から有給消化しろって指示が来てたんだけど、CLAW時代は休む暇が無かったし、最近候補生の訓練が忙しくてまともに使えてなかったの。それで最近になってようやく金銭面に余裕が出てきて新しいバイクを買ったんだ、中古だけど……それでちょっと気分転換したいしいいタイミングだなって。」
「……ふぅん。」
「私が不在の間は代わりに新しいブリーチャーを用意してる。ショットガンナーでニーナって子。明日からこっちで勤務するから面倒見てあげて欲しい。ちょっと気が強くて生意気だけどかわいい子だから……」
「まぁ、ショットガンナーですの!?なら、私がビシバシ鍛えなければいけませんわ!ブルーさん、わたくしがその子の面倒見ていいですの!?」
「わかった。私が留守の間に面倒見てあげてほしい。お願いね。それじゃあ久しぶりにみんなと会えて良かった。また数か月後に会おうね。」
ブルーはガレージに停めてあったホンダ・NSR250Rに跨ると、サイドミラーの上に被せていたルーフ製のボクサーV8ヘルメットを被り、キックペダルを右足で展開して足を引っかけて二回ほど下げるとカタカタという音と共にエンジンが脈動を始めた。
そしてクラッチを握るとザザーッと乾式クラッチ特有の擦れた金属音が鳴り響く。
ブルーはヘルメットのバイザーを下げると、皆に手を振りながらクラッチを操作しブルドッグウェイ旧署から飛び出していった。
そして数時間後、CLAWの隊員たちは暇な間に皆それぞれの装備の準備に励んでいた。
新しいプレートキャリアにポーチのモーリーシステムを編み込んだり、マガジンに弾をローダーを使って装填したりといった行為である。
決してスポットライトが当たることのないこれらの作業は意外と時間がかかるもので、ウェビングの隙間が小さすぎて少し通すだけでも苦労したり、パルスに負担がかかり過ぎて千切れないか心配になったり、ようやく編み込めたと思ったら想定よりも一段階垂れ下がっていてまた編みなおしになったりする。
地味な作業をしているだけで気が付けば三十分、気が付けば一時間が経っている。
そんなそれぞれが無言になっている瞬間だった。
エマが持っている携帯のバイブレーションが動き出すと、エマは電話を開いた。
「はい、こちらエマ・カストロ・マルチネスですが。」
「エマ巡査部長大変だ!とりあえずアニマル市警の警察病院まで来てくれ!大至急だ!オライオンが大変なんだ!」
「なんだと?」
エマたちがアニマル市警の警察病院までたどり着くと、そこには体が煤だらけで人工呼吸に繋がれたオライオン・モニカ二等巡査部長の姿があった。
「何があったんだ……」エマは親友の有様に困惑するしかなかった。
そしてゴールドネーム・ライフルを受け取ったアンジーもまた唖然とするほか無かった。
「私が説明する。」と見覚えのある顔が現れた。半年前、CLAWと共にロス・ビソンテスと戦った20チームに所属していたデューク二等巡査部長だ。
「ただし、これからの説明はまるで嘘のように聞こえるかもしれないし、今回の件は外部に一切漏らさないで欲しい。この情報が明るみに出れば世情はとんでもないことになる。」
エマは無言で頷くとデュークは静かに何があったのかを語り始めた。
「私はとあるタスクフォースの指揮を行っていた。30・50・60チームによって編成された対ゴースト・ガン専門のタスクフォースである〝アースソング〟のな。作戦は順調でアニマルシティ中に存在する八十パーセントは押収したんだ。だが、悲劇は今日起きた。今日もいつも通りにロス・クルティードに対して襲撃をかけた。メキシコの国境付近でな。だが、奴らはゴーストガンを持っていなかった……」
「罠にかかったってことか……?」
「そうだ。奴らは米軍が八十年代に作り出した特殊核爆破資材であるSADMを仕掛けていた。その爆発に巻き込まれた結果、アースソングは全滅した。そこにいるオライオン・モニカただ一人を除いて。」
「は……?全滅だと……?おい、待て、じゃあグレイシーはどうなったんだ!?」
「こういうことを伝えるのは本当に残念なんだが……殉職した。」
「へ……?」
アンジーは膝から崩れ落ちると、何が起きたかわからなくなり頭が混乱してわけがわからなくなった。
「彼女は核の爆心地にいた。通信障害が終わった後にドローンで確認したが遺体は何一つ残っていなかった。〝砂に焼け付いた影だけ〟が残っていた。」
「待って、待って、待って、30チームってことはじゃあオーダ、オーダも……?」とシバサンが声を上げた。
「……そうだ。」とデュークは辛さを堪えて絞り出すように伝えるしかなかった。
そしてそんなデュークの胸倉をアンジーは掴んで怒った。
「なんだよ、なんだってんだよ、私はつい三日前にグレイシーと韓国街で壺焼きカルビを食ったばっかりなんだぞ?それなのに……それなのに……アイツは体も残さずに死んだっていうのか!?」
「そうだ……私もドローンで確認した時は戦慄するほか無かった……あれだけ優秀なアニマル市警のスワット隊員が一瞬にして跡形もなく消え去ってしまったんだ……まさか核兵器が用いられるなんて想像つくわけないじゃないかっ……!」
「……エ゛、エ゛ミ゛ー……ア゛ン゛、ジー……」
今にも死にそうな顔をしたオライオンは目覚めると、人工呼吸器を外してエマのズボンを掴んだ。
「オライオン……!大丈夫か、しっかりしてくれ!」
「オライオンはヘリに乗って狙撃に当たっていた。だが核爆発の衝撃でEMPが巻き起こるとヘリは制御を喪って墜落した。救助隊が到着した時には彼女以外全員がヘリの下敷きになって息絶えていた。」
「あ゛……あ゛の時の衝撃で゛……か、か゛らだが半分しか動かなくなっちまった゛……その上、大量の放射線を浴びちまった……この体がいつまで持つか……もう、わからない゛……」
「もう喋るな!体に負担が大きすぎる!今は安静に……」と話すエマの手をがっしりとオライオンは掴んだ。
「頼む゛……私の部下の仇を取って゛くれ!この事件はロス・クルティードの仕業に間違いない゛……ぐほっ…けほ……」
オライオンが気絶すると、外で待っていた医者たちが一斉に駆けつけて彼女の介抱に当たっていった。
医者たちに外に追い出されたエマたちはただ茫然と待合室に座る他無かった。
「クソ、なんでこんなことになっちまったんだ!」とアンジーは強く近くにあった自販機を蹴った。
「今までも仲間を喪ったことはあるが、ここまで一度に亡くしたのは生まれて初めてだ……それに、オライオンだっていつ目覚めるかわからない……だが、我々がするべきことはたった一つ決まっているはずだ。それは〝ロス・クルティードを潰すこと〟のはずだ。」
「……だけど、手掛かりがもう無いよ。あの時エヴァが手に入れたパソコンは全てFBIが管理してるし……」
「いや、そうでもないぞ。」と杖をつきながら現れたのはデッカード警視正だった。
そして警視正の隣には見覚えのない褐色肌の眼鏡をかけた女性がいた。見た目からして中東系のパシュトゥーン人の顔つきだ。
「紹介しよう。アミーナ・カーン三等巡査。〝スネークビーチ市警〟からやってきた爆発物処理班員。今日から私たちの仲間になる。」
「ア、ア、ア、アミーナ・カーンそうさ……あっ……さっ、さささ三等巡査です……よよよよ、よろしくお願いします……」
アミーナはそういうと皆に対して頭を下げた。
そしてスネークビーチ市警という言葉を聞いた瞬間に皆は一斉に彼女がエイヴァ・バットリー・キャンベル上級捜査官が、表立ってCLAWを支援できない為に身分を偽装して送り付けてきたFBIのエージェントであると理解した。
「なるほど。エヴァの差し金か。となると、持ってるわけだ。この半年間でFBIが調べ上げたロス・クルティードの情報がたんまりと。」
「……えーと、えと、その私はあくまでスネークビーチ市警出身で……」
「じゃあ出身地は?」
「ダウンタウンです……」
「じゃあ趣味は?」
「え、え、え、えーと、車でドライブすることですかね!山道を走って景色がいいところでピクニックみたいなかんじでぇ……」
「スネークビーチに山はない。その肌の焼け方といい、お前はアニマルシティ出身だな。」
「……」
「潜入任務をこなす人間は普通、現地の人間になりきるために事前に丸一ヶ月ほどリサーチして調べ込み、その上で成りすますはずだ。それだけの期間が与えられていないということは、早急にクルティードを排除する必要があるってことだな?」
アミーナは無言で頷き、意思を察したエマはオライオンの無念を晴らす決意を固めた。
「エマ、帰ったら他の仲間も紹介しよう。言っておくが、今回の任務は過去最高の規模になる。ビソンテスが可愛く見えるほど強大な敵に挑むことになるんだ……」
「アミーナは大丈夫だろうか......」
FBIのエイヴァ・バットリー・キャンベル上級捜査官はカルフォルニア支部にあるデスクで一人不安を募らせていた。
デッカード警視正によってメキシコの国境にて核使用の情報を伝えられたエヴァは、表立っての支援は上層部によって止められるために警視正を介してアミーナを送り込んだ。
だがアミーナは生粋のエージェントではなく、爆発物処理班の一人でしかないために少し頼りない人物であったが、爆弾処理の腕前はFBIの中で最も優れていた。
次またいつ核兵器が爆発する時が来るか分からないために、爆弾処理に関してはプロ中のプロであるアミーナを送り込むしかなかったのだ。
そして紅茶を飲みながら不安を募らせているエヴァの背後にナイフを持つ黒い人影があった。
「お前がエイヴァ・バットリー・キャンベル上級捜査官か......」
「......誰だ!?」
エヴァは腰に差していたR8リボルバーを抜いて背後に銃口を向けるが、そこに姿はなく、気がつくと背後から喉元にナイフを当てられていた。
「なんだお前は......」
「銃を向けられたからこちらも刃を向けているだけだ。お前を殺しに来たわけではない。」
「......」
エヴァは銃口を下げると背後にいた謎の黒ずくめの服装をして覆面を被っている人物もナイフを首元から遠ざけると、手持無沙汰なのか持っているソグ・M37ナイフを片手でナイフ・トゥワーニング(注・固定刃のナイフを手元で回転させること。主に軍人が器用さ訓練をする際に行う。)をしていた。
「それで......身なりからしてお前は軍の特殊部隊員か何かだろうな。デルタか?それともデヴグルか?」
「名乗るほどのものじゃない。だが、ラングレーから来たとだけ言っておこう。お前のことは生い立ちから何から何まで知っている。」
「ラングレー......まさかCIA?」
「ノーコメントだ......だが単刀直入に言おう。エイヴァ上級捜査官、この件から手を引け。最早この案件は法執行機関が携わるべきことではない。コトには政治と国が関わっている。お前たちが出る幕ではない。」
「断る。」とエヴァはバッサリと提案を拒否する。
「いいか、我々が、いや、CLAWが最もクルティードを理解しているチームだ。彼ら以外にクルティードの相手を任せられるものはいない。」
「たかだか警察の一組織に何ができる?クルティードはメキシコ政府の役人と繋がっている上に、メキシコ軍まで動かせるだけの権力があるんだぞ。」
「〝たかだか警察の一組織〟だからこそ、できることがある。」とエヴァは真っすぐな目で言った。
「……その様子ではどれだけ口で言っても聞かなそうだな。」
「当たり前だろう。私は先輩たちを信じているからな。と言っても、お前たちのような冷血な連中にはわからないだろうが……」
「今からお前以外の人間にも警告を行う。ドギー・デッカード警視正、エマ・カストロ・マルチネス警部、タイラー・ナイトウッド二等巡査部長、アンジリーナ・アレクサンドロヴナ・アンナ一等巡査部長、エリス・アンフォーチュン二等巡査、ルフィナ・P・スノフスカヤ三等巡査、イブキ・シバミネ三等巡査……全員にだ。」
「……危害を加える可能性は?」
「連中の出方による。」
「言っておくが、CLAWに手出しをするなら私が絶対に許しはしない。」
「ふむ……まぁいい。こちらにとってもビソンテス事件の英雄であるFBIの優秀な捜査官を消すのは不本意だからな。」
そういうとCIAから来た謎の人物はプレートキャリアの肩に取り付けてあるシースにナイフを収納すると窓ガラスを開けた。
「それと……お前を観察していて思った点が二つある。」
「……なんだ?」
「一つ目は……自動拳銃を撃つときに反動を逃がすような撃ち方をすることはやめろ。その癖があるせいでお前のシグは弾詰まりばかり起こしているんだ。それにお前の構え方は微妙に手首が曲がっている。これらの癖を矯正して時代遅れの回転式拳銃を持つのは一切合切辞めることだ。メリットなんてない。」
「余計なお世話だ。」
「二つ目は……車の趣味がいい。」そういうと謎の人物はエヴァのいる部屋の窓から飛び降りて姿を消した。そしてエヴァはすぐさま下を見下ろすと、黒い一九七一年式プリムス・ロードランナーがV8のドコドコとしたエンジン音をあたりに響かせていた。
「バカな……ここは十一階だぞ……?」とエヴァは呆気に取られるしかなかった。




