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ニヤニヤしているタイガを前にして、沸々と沸き上がる殺意に私はどうにかなりそうだった。
タイガがほっぺたをむにむにつまんでくるから、私もヤツの弱点である脇腹をこちょこちょして、幼稚園児同士みたいなケンカをしていると。
「そこらへんにしとけ。もう時間も遅え。ももちゃんを帰さねえと、ご両親が心配するからな」
タバコに火をつけ一服していた太郎さんが、バカらしい争いに終止符を打ってくれた。
私がタイガにおちょくられている間に終結したらしい、兄弟ゲンカという名の、太郎さんによるジローさんへの制裁。
ベッドに腰掛ける太郎さんとは離れて、ソファーにジローさんは座っていた。
物言わぬ彼の横顔には、太郎さんの愛情の証であるアザが幾つもできていた。
ガラステーブルの上に投げ出されていたタバコの箱に手を伸ばし一本抜くと、ライターで火を点け、その箱とライターをまたテーブル上に捨てるように放り投げた。
プラスチックとガラスのかち合う硬質な音が、いやに鼓膜を震わす。
胸の奥が、なぜかざわつく。
目にかかる長めの前髪のせいで、彼の表情は読み取れない。
けれど、ため息交じりに吐き出される白い煙の揺らめきに、ジローさんの心理が表れているようだった。
どかっとソファーに背を預け寡黙にタバコを吸うその姿は、犬だ何だのとおとぼけなジローさんではなく。
私にほんの少しだけ晒してくれた、素……といえるかわからないけれど、もう一つの顔のジローさん。
背負った闇の深さに、例えようのない不安に駆られる……そんな彼の姿。
「遅えって時間かよ。まだ九時前じゃねえか」
タイガのダルそうな声に、ハッとなった。
九時?
もうそんな時間!?
「早く帰らなきゃ……」
お、お母さんに怒られる!!
ヘッドロックかけられた挙げ句に、恐らく仕上げはジャイアントスイング!!
全身打撲は免れん!!
「お前みたいな放蕩息子とは、ワケが違うんだよ。ももちゃん、送ってくよ」
太郎さんはタイガにわざとらしくそう言った後、私に優しげな目を向けてくれた。
「ホートームスコはお互い様だろ。つーかタローちゃんの場合、勘当モンじゃねーか」
そんな太郎さんの嫌味とも言えない嫌味を、タイガがさらりとかわす。
「確かにな」と、太郎さんは笑い返した。
勘当って……太郎さん、ご両親とうまくいってないの?
そもそも、太郎さんとジローさんのご両親って何をしている方なの?
これだけの豪邸があるにも関わらず、ここに住んでいるのは太郎さんとジローさんだけみたいで。
ご両親は他の所に、離れて暮らしているんだろうか。
どうして、子供と同じ家に住まないの?
だっていくら成人してるとはいえ……太郎さんはまだ若いし、ジローさんだって高校生なのに。
離れて暮らさなきゃいけない理由が、あるのかもしれない。
それが太郎さん達の意思なのか、ご両親の意思なのか、私が知るところじゃないけれど。
家族は一つ屋根の下でみんなで暮らすものと十五年間思い込んできた私には、彼らの家庭事情は到底理解できそうにない。
考えたってわかるはずもないのに、そんな時思い浮かべたのは……お兄ちゃんのことだった。
お兄ちゃんは高校生になって、家出同然でほとんど家に帰ってこなかった。
お兄ちゃんとは、一緒に暮らしてなかった。
お兄ちゃんはお母さんとお父さんと、暮らさなかった。
似てるのかもしれない。
境遇は違うとしても、太郎さんとジローさんが親と離れて暮らすのは。
お兄ちゃんと、通じるものがあるのかもしれない。
だって、お兄ちゃんも彼らも俗に言う……“不良”なんだから。
てっきり太郎さんはお父さんの仕事を継いだりしてるのかなと思ったけど、もしかしたらそうじゃないのかも。
勘当されてるのだとしたら、その可能性は低い。
なんだろう……どうなってるんだろう。
複雑な白鷹家の家庭環境を平凡な私が勘繰ったところで、明確な答えが出るはずもなかった。




