試験も補習もレッスンも大変です 8
ヴァン先生side続きます&今回も長めです!
【ヴァンside】
「こんにちは先生。いつも俺の『可愛い後輩』が、お世話になってるみたいですね。」
ノックに合わせて開かれたドアに近寄る僕の視界に入ったのは、ルルーさんと同じく時の魔法を使う生徒、オルロージュ=ド=アルブレ君だった。綺麗な笑顔を浮かべながら見せつけるように手を上げる彼、その手はなんとルルーさんとしっかり繋がれていたのだ。途端に驚きと共に不快な気持ちが込み上げてくる。
「自分にも補習を行ってほしい」と言葉にするアルブレ君。心底嫌だと感じたが断る理由が見つからない。彼自身もそれをわかっているようで、更に作ったような笑顔をして許可を求めてきた。
仕方がないので、彼にも部屋に入るよう促す。ただしこの場でルルーさんの手を離すように伝えた。やっと解放された彼女の手、離して速攻「手を洗いたい」とルルーさんが言った時は内心ざまあみろと思ってしまった、らしくも無い。
そして放課後の補習を開始したが、どうもうまく進まない。
原因は明らかだ。ルルーさんが僕に質問をしたり相談を持ちかける度、必ずアルブレ君が割り入って先に答えてしまうのだ。彼が優秀な事は教員の間でも有名だし、彼の質問に対する答えは正しかった。しかしこれでは、彼女は『僕の補習』を受けている事にはならない。
「…アルブレ君。君が優秀なのは僕もわかっているけど、ルルーさんの勉強の邪魔はしないでもらえるかな。」
「先生、俺は彼女の疑問に答えてるだけなんですから、邪魔にはなって無いでしょ。」
サラッと言いのけたその反応に腹が立った。邪魔になっているに決まっている。もしかして彼は、わざとやっているのか?
「…君は突然この補習に参加してきた上に、彼女の勉強のペースを乱している。これは邪魔とは言わないのかい?」
教師として釘を指すと、立場を理解したのか彼は大人しく勉強を始めた。
やがて勉強は終了した。本来ならこの後ダンスを練習するけど、正直アルブレ君の前で苦手なダンスを披露したくは無い。ルルーさんも踊りたくないのか困ったようにアイコンタクトを送られた。
しかし彼は「僕のことは気にせずに踊ってくださいよ。」と発言したのだ。おそらくルルーさんからダンス練習の話を聞いていたのだろう。成る程、君の本来の目的は『それ』だったんだね。
挑発するようなアルブレ君に抗う術もなくスペースの確保に動く。ルルーさんと向かい合いながら最後の抵抗と言わんばかりにダンスの開始を躊躇うも、挑発するように急かされる。小さくため息を落とした後、僕はルルーさんに手を差し伸べてダンスを踊り始めた。
「…ヴァン先生、トゥシェちゃんとの距離近くないですか?」
きた。聞こうじゃないか君の言いがかりを。
「…近いも何も、ダンスを踊るならこのくらい普通でしょう。」
「そうですか?俺には近すぎるように見えたんですけどね。基本の練習ならもう少し間隔あけてもいけるでしょ。」
「確かにそうかも知れませんが、それでは本番で距離感が掴めなくなってしまいます。」
アルブレ君は、ルルーさんが僕とダンスを踊る事そのものが不快なんだろう。だからこの補習に乱入して、僕に彼女との関係性を見せつつ邪魔しようと考えた。自分の知らない彼女を僕が知っている事実が腹立たしかったんだろうね、それには共感するよ…僕も同じだから。でもね、僕は今この立場を君に譲る気は無いのさ。
煮える苛立ちを抑えながら正論で相手をねじ伏せると、彼は反撃の言葉を発した。
「本番ねぇ…先生まさか、本番もトゥシェちゃんと踊ろうとか考えてるんですか?」
思わず全身の力が弱まる。
…本番?
担任という立場の僕が、卒業パーティー当日に公の場で生徒と踊るつもりとでも思っているのか?そんな訳ない、そんな事が出来るはずがない。のに。
「先輩何言ってるんですか?先生はあくまでも私に付き合ってくれているだけで、この練習も先生のご厚意なんですよ。ほら、ヴァン先生も反論してください!」
悪意など微塵も無いであろうルルーさんの言葉に胸を抉られる感覚がした。元々そのつもりで始めた練習だ、彼女の言い分は正しい…正しいんだ。
「先生!!」
ルルーさんに発言を急かされる。彼女自身が、僕と踊りたく無いと言っているともとれる行為だ。抉られた胸に穴が空いた感覚がした。
「…ルルーさんと踊るのは、この部屋でだけですよ。」
言葉にする事で湧き上がる実感、僕にはパーティーでルルーさんと踊る資格など無い。僕の答えに満足気に頷きながら追い討ちをかけてくるこの生徒は有しているというのに…。
すっかり気力が無くなってしまった。アルブレ君が帰った後、彼のフォローを入れるルルーさんの優しさに悲しくなり、お菓子の用意が無いと嘘をついて帰るよう促してしまった。
あれから時が経ち、学年末試験が終了した。
ルルーさんは中間試験と同様に僕の元で試験内容の復習を行っている。彼女の点数はどの教科も中間より更に向上していた。この半年の彼女の努力は本物だ、いくら褒めても褒め足りない。
やがて復習は終了、本来ならダンス練習に移行する頃合いだが、以前のアルブレ君とのやり取りが頭をよぎる。しどろもどろになっていると、彼女の方からダンスの話題を出してくれた。それでも、正論で下心を隠蔽した自分が相手で良いのかわからなくなって素直に練習しようと言えなくて。
「先生もしかして、前にオルロージュ先輩に言われた事気にしてます?」
痛い所を突かれ肩が揺れる。ずれた眼鏡を直すと、ルルーさんは気にするなー!って感じで、呆れたようにスペースの確保を始めた。そして先導される形でダンスが始まる。僕の口ずさむカウントに合わせて動く彼女はとても軽やかで、最早ダンス初心者とは思えなかった。
ルルーさんをずっとこの距離で見ていたい。しかしタイムリミットはもうそこまで迫っている、この練習は、試験期間との両立が難しいモーヴェさんの屋敷でのレッスンの『代わり』なのだ。
「…試験が終わったという事は、モーヴェさんの屋敷でのダンスレッスンも再開するんですか。」
「そうですね。今日はこの補習があったし、昨日とか一昨日はフルール様の都合でレッスンが出来ない状況だったんですけど、明日以降は予定が決まっていないので、おそらく…。」
「でしたら、僕との練習は今回が最後ですね。」
足を止める。彼女は今思い出したような表情で僕を見た。
「確かにそういう事になりますね。まさか先生にダンスまで教えてもらえるなんて思ってなかったので、本当に助かりました。先生と踊るの楽しかったです。」
まさか彼女の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったので本当に嬉しかった。同意の言葉を伝え、彼女のラピスラズリを見つめる。
…この距離で、ルルーさんを見つめられるのは今日が最後。
わかっている、アルブレ君に釘を刺されて更に痛感した。…痛感、しているんだ。
でも、もし。
ルルーさんが誰にも…アルブレ君にすらダンスに誘われていなかったら?この景色は、感触は、動きは…僕しか知らない事になるんじゃ無いか?
重たい口を開き、彼女にダンスパートナーの有無を確認する。そしたら何と、彼女は誰からも誘われていないというのだ。僕に敵意剥き出しだったアルブレ君からさえも。
つまり、このままいけばルルーさんとダンスを踊った男性は自分だけになるのでは。…いやアルブレ君の事だ、絶対彼女をダンスに誘うだろう。…もしかすると、誘うのは最後のダンスか?あの様子ならあり得る。彼がルルーさんに本気で想いを寄せているのは明らかだから、僕と同じように。
…ーそれは困る、だったら。
だったら僕が、誰よりも彼よりも先にルルーさんに伝えよう。立場なんて忘れて、正論なんて振り切って思うままに。彼女を愛しく思う自分に素直になって。
僕は彼女に敬意を示すように跪き、初めてダンスを踊った日のように真っ直ぐ右手を差し出した。
「これを伝えると、僕は嘘をついてしまった事になる。僕が伝えられる立場で無い事は、僕自身が誰よりもわかっているのですから。…それでも、どうしても嫌なんです。あなたが僕以外の男性の手を取る事が。トゥシェ=ルルーさん。今度の卒業パーティーで、僕と…僕と最後のダンスを踊っていただけませんか?」




