試験も補習もレッスンも大変です 7
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【ヴァンside】
学年末試験まで1か月を切った放課後。僕はこの後訪れる幸せな時間を楽しみにしていた。ハーブティーを用意しながらも、今か今かとその時を待つ。ティーが出来上がったのとほぼ同時にドアをノックする音が耳に入り、名乗る声を確認して入室を促すと、僕の無邪気な太陽が「お邪魔しまーす」と言いながら軽やかに姿を現した。
今から久々のルルーさんの補習だ。忙しかった自分の都合とはいえ、これ以上期間が開くのは耐えられそうに無かったので半分無理矢理この日に予定を入れさせてもらった。彼女も心待ちにしてくれていたのか、普段よりも沢山の質問をしてくれる。僕を頼ってくれていると思えてなんだか嬉しかった。
集中していたからだろうか、彼女が外の暗さに驚いた時に一緒に時計を確認すると、普段補習を終わる時間を30分程度過ぎていた。
「すっかり日が沈むのが早くなりましたからね。帰りも冷え込むでしょう、今日はこのくらいにしておきますか。」
「えーっ、まだ聞きたい事残ってます…。」
どうやらルルーさんは、まだ補習を終わりたくないようだった。その点は僕も同意だが、あまり遅い時間まで生徒を校内に引き留める訳にもいかない。今日が無理ならまた機会を作れば良い。唇を少し尖らせた彼女にその旨を伝え、僕は用意していたマカロンを彼女のもとへ運んだ。
お菓子を口に含んで満面の笑みを浮かべながら、餌付けされてる〜と戯ける彼女。幸せそうな表情に僕も喜びを感じた。やはりこの時間が、僕にとって1番好きな時間だ。
ゆっくりと流れる時間の中で会話をしていると、ふと彼女が試験への不安を口にした。
担任の視点から言わせてもらうと、彼女の学力は試験に対して不安を持つ必要の無いレベルとなっている。しかしそれを本人に伝えても信じてはくれないだろう。だから僕が力になると、そういった内容の言葉を伝えた。すると彼女はあろう事か、試験前の僕の業務への心配事を吐いた。そんな事、気にしなくて良いのに。
その時彼女は予想外の言葉を発した。
「特別扱い、しなくていいですからね?」
…反応に困り、思わず黙り込む。
「って、個別補習してもらってる時点で特別扱い受けてるかー!先生も突っ込んでよぉー!」
しかしすぐにルルーさんが笑って自分にノリツッコミをしたので、静まり返らずに済んだ。ホッとしたものの、僕にとってそれは、彼女のように笑いながら流せるフレーズでは無い。この補習もそうだが、それを取り除いたとしてもルルーさんは僕にとって特別な存在だからだ。
この話題を長引かせるとボロが出る。そうならない為に、僕は話題を変える事にした。
「先程、今日出来なかった範囲の補習を近いうちに…と言いましたが明日はどうですか?明日なら調整がつくと思うので。」
「明日ですか?明日の放課後はちょっと、先約があるので…。」
「先約?」
「はい。学年末試験が終わったら卒業パーティーがあるじゃないですか。それに参加するにあたって、ダンスが踊れた方が楽しめるってフルール様に言われたんです。ほら私、想像つくと思うんですけどダンスなんてからっきしなんですよ。それで、フルール様が教えてくださる事になったんです。」
先約の内容が予想外でびっくりする。
「ルルーさんが、ダンスを踊るんですか?」
彼女は首を縦に振って肯定した。
なんという事だ。卒業パーティーに生徒が参加するのは当然だが、その中で在校生は自由参加のダンスを彼女が踊ろうとしているなんて。パーティーでダンスを踊るには、異性のパートナーが必要となる。…つまり、誰か男性と踊る予定があるのか?
「踊る相手は決まっているんですか?」
心臓がドクドクと怪しく跳ねる。もし、既に相手が決まっていると聞かされたら、僕はそれを受け入れられるのか…?
「いいえ全然。でも万が一誰かに誘われたら、せっかくなので踊ってみたいなーと思ってます。私から誘おうと思う相手も特にいないですし。」
「そう、なんですね。」
彼女の返答に想像以上に安堵してしまった。
「では明明後日はどうですか?業務前倒しで進めて、ゆっくり時間を取れるようにしますので。」
「先生がそれでいいなら私は大丈夫です。でも、前倒しとか出来るんですか?無茶はしないでくださいね?」
話を元に戻し、補習日程を相談する。1日でも早く君との時間を作りたい僕にとっては、業務の前倒しは無茶でも何でもないと言うのに。
「ありがとうございます、君は本当に…優しい生徒ですね。」
本当に優しいー…愛しい『生徒』。
待ち侘びた次の補習の日。ルルーさんは、モーヴェさんの屋敷でダンスレッスンがあった日について沢山話してくれた。想定外の熱血レッスンに、彼女の両親を交えた食事…シンプルに疲れただろうな、と思った。
次回のレッスン予定はあるのか尋ねたら試験後にしてほしいと頼んだらしい、じゃないと倒れてしまうから。この時期は特に無理は良くないので彼女の判断は適切だろう。
しかしそうなると、次のダンスレッスンまでかなり期間があいてしまう。練習を再開する時まで、ルルーさんは教えてもらったダンスの技術を覚えていられるのだろうか?
その旨を質問すると、返ってきたのは「ゔっ。」という苦い声…音?
教師としては試験に集中して欲しい。しかしそれでは、先日の彼女の努力が水の泡となる可能性が…何とかして、試験勉強をしつつ適度にダンスをレッスンできる手立ては無いものか…。
その時ふと、カップを持つ自分の手が目に止まった。そして名案が浮かんだ。
ここは僕と彼女だけの空間だ。『練習』という名目で、この部屋の中でならば、僕は彼女と踊る事が許されるのでは無いか?パーティー当日に手を取る他の男性の誰よりも先に、彼女と踊る事が出来るのではー…?
閃いてからの自分の動きは速かった。下心を悟られないように、スマートに…室内にスペースを設けた後、僕は彼女に目線を合わせ、右手を差し出した。
「本格的なレッスンが出来ないのであればその間は僕と練習しましょう。僕もあまりダンスは得意ではありませんが、初心者のルルーさんの相手なら可能かと。」
綺麗事を並べて反応を待つ。反応が無いので名前を呼ぶと、意識が戻ったかのように百面相が始まった。しかし待てど待てど、僕の手を取る素振りは無い。醜い本心が滲み出ているんだろうな…そう思い、腕を下げようとした時。
彼女はぐっと、僕の手を掴んで動きを静止させた。乗せるのではなく掴まれた事と、提案を承諾してくれたのであろうその反応に驚きと喜びが洪水を起こす。
なんなんだその行動は。型破りで、なんて可愛らしい。
「ルルーさん…男性からのダンスの誘いを受ける時は、差し出された手を掴むのでは無く手の上に手をのせるんですよ。」
彼女の行いに優しく修正をかける。その時何故か、ルルーさんの顔が勢いよく真っ赤に染まった。君はそんな顔もするんだね、愛らしいにも程があるぞ。
初めて見る彼女の表情に緊張を覚えつつ、それを悟られないようにダンスの練習を開始した。
ダンスの練習を兼ねたこともあり、僕からの提案で彼女との補習頻度を週に2回にする事にした。ルルーさんは遠慮していたけど、なかば無理矢理その頻度で決定させたのは僕の我儘だ。教師の立場を利用している自覚はある。でもこうでもしないと、僕は彼女との時間を手に入れられない。
そして試験がいよいよ来週に迫ったある補習の日、予定外の来訪者がみえた。




