誰か私を悪夢から救ってください 3
「今日髪の毛下ろしてるんだね、可愛い!」
気まずい空気のまま昼休みの終わりを告げる鐘がなり、私達はそれぞれ午後の授業の為に解散した。私が時の魔法の実技部屋に行くと、既に先輩は部屋に来ていた。
そして開口一番にこのフレーズ。瞬時に髪型の違いに気づいて褒めてくるとは流石ですね…。
「そうですか、ありがとうございます。」
お礼の言葉とは裏腹に、私の脳内には髪を解くまでの出来事が再び浮かんで、小さくため息が溢れた。
複雑な気持ちを抑えて魔法の練習を開始する。私は今日の練習に使うあるバレーボール大の水晶に、ヨシっと小声で気合を入れてから両手で触れた。自分の魔力をゆっくりと、手のひらを通じて水晶に送ると、水晶は鈍く光り始める。
先輩と魔法を練習するようになって1ヶ月半が経ち、私はこの短期間で魔法のコントロールがかなり出来るようになった。先輩と出会った日の私は初めて自分の意思で魔法の発動が出来たと喜んでいたけれど、今ではそれが当たり前になりつつある。まだ視る映像の時期の調整は難しい。それでも、不本意なタイミングで魔法を発動する事がかなり減ったので、生活の質はとても上がっていた。
だからこそ、今朝みた夢が『夢』で無いなんて事はー…
「…トゥシェちゃん、一旦ストップ。」
「え?」
何故か制止をかけられてしまったので、慌てて両手を水晶から離す。いつも通りやっていたつもりなのに、知らないうちにやらかした?何言われるんだろう、と思いながらオルロージュ先輩を見ると、彼は神妙な面持ちで水晶を見つめていた。
「トゥシェちゃん、どこかでいっぱい魔力使ったりした?」
「…そんな事してません。むしろコントロールができるようになった分勝手に魔法を発動しないので、魔力の使用量は減っているはずです。」
「本当に?それにしては水晶の光り方が弱すぎる。トゥシェちゃんの魔力を注いだら普段はもっと光るんだけどな。」
確かに。この練習は何度もやった事があるけど、ここまで発光が弱い事は無かった。
「君の今の力量で、水晶に送る魔力の調整はまだ難しいだろうし…考えられる可能性は、無意識のうちになんらかの形で魔法を使った、とか。心当たりある?」
先輩の視線が水晶から私に移る。トパーズの瞳が真っ直ぐ私を捉えた。
心当たり…無い訳じゃない、むしろありすぎる。今朝の夢が私自身の魔法によるものなら辻褄が合うからだ。映像のリアルさも、魔力の消費も、この胸騒ぎも。
でも、こんな事話してもいいの?フラム殿下のいない場所で殿下を貶める様な、しかも確定していない、可能性があるだけのふわふわとした事を。それに目の前にいる彼は確か、そのフラム殿下とは親しい間柄。私は先輩と殿下が2人でいる所直接を見た事はないけど、両者との関わりからそれが推測できる。私みたいな部外者に友達を悪く言われたら、先輩だって傷つくよね…。
「…あるなら言って欲しい。それとも、俺じゃ頼りない?」
肯定してないのにあるってバレた。多分、私が複雑な表情でもしてたんだろうな。
頼りないなんて事はない。先輩は飄々としてる部分もあるけれど、魔法に関してはいつだって真剣に教えてくれたし、相談だって色々のってくれた。
この件はおそらく、さっき先輩が言ったように無意識に私が魔法を使った可能性が高い。そして、時の魔法に関する事で、先輩以上に頼りがいのある人を私は知らない。
「そんな事ありません、先輩はとても頼りになります。…この話をすれば、もしかしたら先輩を不快にさせてしまうかもしれません。それでもいいですか?」
誠意を伝えるつもりで真っ直ぐ彼を見つめ返した。彼は「構わないよ」と優しく微笑む。
私はゆっくりとなるべく言葉を選びながら、今朝自分に起きた出来事を少しずつ、具体的に話していった。先輩は時折相槌を打ちながらも、私の話が全て終わるまではいっさい口を挟まなかった。




