ようやく会えたあなたは予想外でした 6
他ページよりも長くなっておりますが、ご理解の程お願いします。
【ヴァンside】
地方の有力な商家の三男として、僕はこの世に生を受けた。幼い頃から家庭教師をつけられ勉強に明け暮れる日々だったが、家を継ぐのは上の兄。そう考えると自分がやらされている勉強に必要性を感じられず、成績も伸び悩んでいた。
そんな中、自分は兄達より魔力が優れている事が判明した。両親は厄介払いに丁度良いとでも思ったのだろう、13歳になる頃王都のサントル魔法学園に有無を言わせず入学させられた。でもそこで僕は恩師と呼べる存在と巡り会う。当時はまだいち教員だった彼は平民出身の僕を気遣いつつ、身分関係なく他の生徒と平等に接してくれた。おかげで僕は勉強の楽しさ、魔法の素晴らしさを知る事が出来たのだ。
彼がいなければ、今ここに僕はいない。上司と部下という関係性に変わりこそしたが、彼はずっと僕の尊敬する人物だ。
彼に頼み事をされたのは今から約2か月前、学園が長期休暇の時期だった。なんでも新学期から僕の担当するクラスに編入生が来るらしい。その生徒は時の魔法の使い手であり、自分と同じ平民の身分。ただ平民と言っても、僕とは違い辺境の農家出身の女の子だという。
「彼女は君よりも勉強や魔法に対する知識のない状況で、途中の学年からこの学園に通う事になる。ポテンシャルはあると思うんだけど、開花させるにはヴァン先生のようなしっかり生徒をみてくれる教師のサポートが必要になると思ってね。だからひとつ頼まれてくれないかな?」
こうして僕はその生徒、トゥシェ=ルルーさんの補習を請け負う事になった。
彼女が部屋に来る頃を見計らい、頭がスッキリして勉強向きのブレンドのハーブティーを用意する。補習が終わった後に食べられるよう少しのお菓子も棚に準備済み、今日のお菓子は小さめのマフィンだ。
彼女の補習は特に問題無く、スムーズに進行できている。彼女はとても真面目で、補習の度にそれまでの学習でわからなかった部分を明らかにして質問してくれるので、教える側としてもとても助かった。教えた事を瞬時に自らの知識として落とし込み、更に意欲的に勉強に励む彼女は、この短期間で既に僕の補習が必要ないくらいに学力が向上している。
ただ、残念ながら僕には恩師のようなコミュニケーション能力が無い。
ルルーさんはいつも明るく一生懸命で、百面相。こんな堅物で表情が乏しい僕に対しても笑顔で接してくれる。どう対応すれば良いのかわからない事もしばしばあるが、彼女と過ごす時間はとても楽しい。
言葉にして伝える事が難しいので、いつからか僕はその気持ちを込めて彼女の為にお茶やお菓子を用意するようになった。最初は彼女も遠慮していたが、今ではすっかり馴染んで美味しそうに口に運んでくれる。
今日のマフィンは城下の人気店のものだ、食べた時どんな反応を見せてくれるだろう。
「…遅いな。」
いつもならそろそろ来る頃だ。コンコンとドアを叩いて、太陽のような笑顔で部屋に入って来るのに。今日はどうしたんだ?
彼女に限ってサボるなんて事は無いだろう、何かあったのか…?
ドクンと心臓が波打ち、不安が膨らむ。
何も無い事を祈りながら、湿る手で部屋のドアを開いた。
「あっ先生!ごめんなさい、遅くなっちゃった…。」
額にうっすら汗を滲ませ、必然的に上目遣いになった彼女と目が合う。安堵する気持ちとは反面に、心臓が先程とは違う跳ね方をした。
「…気にせずとも大丈夫です、入ってください。」
あくまで平然を装ってルルーさんをいつもの席まで案内した。彼女が鞄から教材を取り出している間に、ハーブティーをアイスティーに仕上げて彼女の机の端に差し出す。ありがとうございますと言ってからグラスが運ばれる唇、動く喉元を目で追ってしまう。以前は僕の方が見られていたはずなのに、気づけば僕の方が彼女を見るようになっている。目が合いそうになった瞬間逸らしているので、勘付かれてはいないと思うのだが。
「今日はここまでにしましょう、お疲れ様でした。飲み物の追加とお菓子を持ってきますね。」
「はーい、ありがとうございます!今日はなんだろう。」
ウキウキしている姿が愛らしくて離れるのが辛いが、一旦席を立つ。チョコチップのついたマフィンを見て、彼女は目を輝かせた。
「うわぁ美味しそう…いただきますね!」
口いっぱいにマフィンを頬張って、更に目を輝かせる。気に入ってくれたようで嬉しい。
お互いマフィンを完食し、ハーブティーを飲みながら何気ない時間を過ごす。僕は上手に相槌を打てないけれど、それでも楽しそうなルルーさんを見るのが好きだ。
「今日はいつもより来るのが遅かったね、何かあったんですか?」
尋ねると、彼女はハッとした顔をしてから眉間に皺を寄せ、両手で頭をわしゃわしゃし始めた。まずい事を聞いてしまったのか?
数秒わしゃわしゃした後、フゥと小さく息を吐いてからルルーさんは口を開いた。
「…教室から先生の部屋に来る途中に、時の魔法の実技部屋あるじゃないですか。私いつもそこで一時停止する習慣が付いちゃってるんですけど…今日、そこで知らない男子生徒にめっちゃ絡まれたんです。」
なんだって?乾いたはずの手のひらが再び湿る。彼女は続ける。
「相手は赤毛に黄色い瞳で、ちょっと垂れ目で。イケメンだったんですけど…イケメンだからかな?何しても許されるとか思ってるんですかね、すごーく近づいてきたんで…その…膝で一発かましてきちゃいました!」
膝で、かます?彼女は座ったまま自らの膝を下から上へ突き出して「こんな感じで…」と説明してくれたので、なんとなく察しがついた。男子生徒に心の奥で少しだけ同情する。
でもそれとこれとは話が別だ。ここに来る途中、彼女は危険な目にあった、その事実が辛く、そして遅れている事にもっと早く気づいて迎えに行くべきだったと自分自身に腹が立った。
「そうですか、ルルーさんが無事で良かったです。」
こんな時ですら素っ気ない返答しかできない自分が情け無い。
この後、空気を変えようとしたルルーさんが話題を変えた為、これ以上深く聞く事が出来なかった。終了時間になり、部屋から出て行く彼女を見送ってドアを閉める。
…遭遇した場所と外見の特徴からして、男子生徒とはおそらくオルロージュ=ド=アルブレ君だろう。2年近くまともに登校していなかった彼が、何故。
理由はなんとなく見当がつく。自分同様に時の魔法を使う人間に興味を持ち、どんな人物か会いに来たんだ。女好きで有名な彼がルルーさんに出会ったなら、興味を持ったに違いない。彼女と親しくなる為に、明日以降も学園に来るかもしれない。
アルブレ君が学園に来るようになれば、ルルーさんも本来午後に行われる魔法の実技に本格的に取り組めるようになる。彼女の補習も今や必須ではなくなった。何もかも丸く収まるじゃないか。
「…あれ。」
何故、こんなに苦しいのか。
何故、こんなに悲しいのか。
彼女と過ごす時間を、いきなり現れた他の男に横取りされるのがこんなにも腹立たしい。
ああそうか、僕は彼女の事をー…
教師としてあるまじき気持ちに気づいてしまった僕は、先程まで彼女が触れていたグラスをそっと持ち上げ水場に向かった。




