第41話 集まった協力者たち
「まずは私の店に行きましょう。一旦白湯を飲んで落ち着いてから、ゆっくり話を聞かせてください」
息を切らしているトマさんを店に連れ帰り、席に座ってもらった。
すぐに帳面を開いたピノが、いつでもどうぞという顔で待ち構えている。
「――場所は、市場の野菜売りが並んでるところだ。リン、って……今まででいちばんはっきり聞こえた」
トマさんの声には、まだ震えが残っていた。
ピノが、地図に六つ目の印をつける。
これまでの印は、市場と橙通りの間を行ったり来たりするように並んでいた。その道筋は――まるで、何かを探して歩いているかのように見えた。
もっとも、今まででいちばん近くに聞こえたからといって、鈴を鳴らした誰かがすぐそばにいたとは限らない。ジェラルド様に釘を刺されたとおり、限られた情報で決めつけてはならない――そう思いながらも、〈聖印祭〉が迫るこの時期に、似た場所で報告が続くのは気にせずにはいられなかった。
「姉さん……俺、本当に聞こえたんだよ、信じてくれ」
「疑ってなどいませんよ。ただ、それが何の音だったのかは、ちゃんと確かめる必要がありますね」
トマさんはうなずいて、ようやく白湯に口をつけてくれた。
……もし鈴が〈聖印祭〉の晩にも鳴ったら、どう備えるべきか。
帳面の印を見ながら、私は、音を聞いたことのある人たちに協力してもらえないだろうかと考え始めていた。
◇◇◇
来たる〈聖印祭〉まであと四日となった昼下がり、ユスティーヌさんが飴の包みを提げて店にやってきた。
「また思い出したことがあったんで、伝えに来たよ。とりあえず、粥をひとつもらえるかい」
そして、出された粥を半分ほど食べたところで、ユスティーヌさんはスプーンを置いた。
「アメリーに言われたことがあるんだよ。あの晩よりもずっと後になってからなんだけどね、『鈴がまた鳴り出すことがあったら、そのときは飴屋さん、あんたの耳を貸しておくれ』ってさ」
私は思わず息を止め、ユスティーヌさんを見やる。
「……祖母が、そんなことを?」
「ああ。あのときは冗談だと思って笑ってしまったよ。飴屋の耳なんて、子供が落とす銅貨の音を聞き分けるときくらいしか役に立たないってのにさ」
……つまり祖母は、鈴が再び鳴り出すことを考えていて、もしものときにはユスティーヌさんの力を借りるつもりだったのだ。
私もちょうど彼女に、当日の鈴の音を聞き取る役をお願いするつもりだった。まさか祖母も、生前に同じことを考えていたとは。
「――それなら、私にもその耳を、貸していただけますか?」
「ああ、もちろんいいとも。……返事をするのがずいぶん遅くなっちまったねえ」
ユスティーヌさんは目尻に皺を寄せながら、飴の包みをカウンターに置いた。
「遅くなった分の利子代わりだよ。鈴の音を待ってるだけじゃ、口が寂しくなるだろ?」
◇◇◇
その晩、店を閉めてから、〈聖印祭〉で協力をお願いしたい方たちに集まってもらった。
トマさんが鈴を聞いた日から四日、新たな報告は上がっていない。
何も起きないのなら、それに越したことはない。けれど、変化のない『鈴の記録』を見るたびに、かえって落ち着かなくなる。もし誰かが何かを探していて、もうすでにそれを見つけてしまったあとだったら――ふと頭をよぎった考えを、すぐに追い出す。今は後ろ向きなことを考えている場合じゃない。
集まってくれたのは、ガストンさん、トマさん、ユスティーヌさん、オディルさん。それに、丘の上から馬車で来てくださったリュカ様だ。
ピノが掲示板から写してきた場所割り図をカウンターに広げ、私は皆に説明を始めた。
「まずは当日の屋台についてです。大鍋と火の番は、ガストンさんにお願いします。ピノは店と同じように、勘定と帳面を」
ふたりは、そろって力強くうなずいた。
「それから、オディルさんにもお願いがあります。うちの屋台は料理をその場で食べてもらうので、お客さんが隣の腸詰屋まで広がってしまうかもしれません」
「あー、そりゃ困ったね。うちだって商売があるんだし」
「ええ。ですから、お椀を渡す場所とお客さんの並ばせ方を、今のうちに相談しておきたいんです」
「……まったく、手のかかるお隣さんだね。いいよ、場所割りを見せな」
オディルさんと図をのぞき込み、客の列が重ならない並び方を決める。
続いて、図の三か所に豆を置いた。市場の入口、橙通りの入口、丘へ上がる坂の下だ。
「ではいよいよ鈴の件です。鈴の音を聞く役は、この三か所で待機してください。トマさんは市場の入口、ユスティーヌさんは橙通りの入口、リュカ様は丘へ続く坂のふもとです」
「坂のふもと、ですか……丘のほうからはまだ鈴の報告が上がってないはずでは?」
「だからこそ、です。もし当日にそちらでも聞こえたら、音の届く範囲を特定する手がかりになります」
リュカ様は納得したように、大きくうなずいた。
三人には、寝たきりから回復したという共通点がある。鈴が聞こえる理由はまだわからないけれど、今は三人の耳を頼りにするしかなかった。
次に、私は豆のそばに麻糸を置いた。
「鈴の音がしたら、時刻と方角を覚えておいてください。同じ時刻に二か所以上で聞こえれば、方角を重ねて、おおよその場所を絞れるかもしれません」
豆から糸を伸ばし、図の上で交差させてみせる。
「もちろん、音は建物に反響しますし、全員に聞こえるとも限りません。正確な場所がわからなくても、報告があれば手がかりになります。聞こえても決して追いかけず、すぐに対策室に報せてください。当日はジェラルド様の対策室も警戒態勢を敷いてくれるそうですので」
実在する現象であるならば、いつか必ずその尻尾に手が届くはず――以前、ジェラルド様が口にした言葉だ。今はとにかく、小さな手がかりを集めるしかない。
トマさんが、市場の入口の豆を見つめて言った。
「……俺、ずっと怖かったんだ。また狙われるんじゃねえかって。けど……もう黙って狙われるのを待つなんてごめんだ。今度は俺のほうから、狙ってやる」
「頼りにしています。でも、危ないと思ったらすぐにその場から離れてくださいね」
最後に、屋台でのお椀の扱いを改めて皆に伝えた。
「料理をよそうのは私ひとりです。受け取った方には、その場で食べていただきます。お椀替えは食べ終わってから。交換されて戻ってきたお椀も、一度洗って確かめてから、改めて料理をよそいます」
「……あんた、本気でそのやり方を通すんだね」
オディルさんが腕を組んだまま言った。
「ええ。できるところから、変えていきたいんです」
「そこまで覚悟してるなら好きにしな。うちに迷惑さえかけなけりゃ文句はないよ」
ぶっきらぼうな言い方だけれど、以前のような険しさはもうなかった。
話し合いの締めくくりに、最後の試作となる祭り鍋――豆と塩豚の煮込みを振る舞った。オディルさんの腸詰も入っている。燻した香りが汁に溶け、ひと口食べたピノが満足そうにうなずいた。
私はそんなピノを前にして、興奮気味にオディルさんのほうを見やった。
「これなら、祖母の頃みたいに、角の向こうまで続く行列ができるかもしれませんね」
「言うじゃないか。腸詰は当日の朝、作りたてを持ってくるよ。今夜のはまだ序の口さ」
オディルさんの言葉に、皆の口から笑いがこぼれた。
食べ終えたユスティーヌさんが、飴をひとつ口に放り込む。しょっぱいものの後には甘いものがいいのだと、満足そうに笑った。
◇◇◇
それからの四日間は、屋台の支度に追われた。鍋の運び方やお椀を洗う場所を決め、ピノと何度も当日の流れを確認した。
――そして、〈聖印祭〉初日の朝が、やって来る。
磨き上げた大鍋に朝焼けが映る。荷車に載せると、車輪がぎしりと鳴った。通りの向こうから、屋台を組み立てる音や呼び込みを練習する声が聞こえてくる。
私は荷車の持ち手を握り、隣に立つピノに声をかけた。
「さあ、行きましょう。いよいよ――お祭りの始まりよ」




