画面の向こうの続き
五人で写真を撮るだけの用事が、一週間ほど先になった。
雨の日が続き、晴れた日にはリュカが樹上の水路へ出ていた。ミナは届け物があり、ダリアは腕を診てもらう時刻が合わない。栞は誰かが欠けてもいいとは言わず、待っている間に工房へ通い、借りた本を返し、もう一冊借りてきた。
今朝、ようやく全員が庭へ出られると伝えると、栞は食べかけのパンを皿へ戻した。
「どこで撮ります?」
「広間の前なら、明るいと思います」
「あそこ、後ろに木が入るかな」
入るでしょうと答えると、栞はまたパンを取った。最後の一口を食べ終えてから、部屋へ鞄を取りに戻る。俺も先に庭へ出て、椅子を二脚寄せておいた。
ダリアの包帯は外れていた。左腕にはまだ細い赤みが残り、重い物を持つのは控えている。椅子を運ぼうとするので、座るほうを頼むと、今日は素直に任せてくれた。
ミナは低い台を運んできた。上に、端末を支える木の枠が載っている。リュカは葉についた雨の残りを払い、枝が顔へかからない場所を探していた。
栞が鞄を抱えてやって来た。
「何か、ちゃんとした撮影みたい」
ミナが台の上の枠を動かした。
「ここへ置けば、傾けられます。手で持ったままでは、栞さんが入れないので」
「ありがとう。時間で撮るのにすれば、私も入れる」
栞は鞄からスマートフォンを出し、横のボタンを長く押した。充電の印とは違う光が画面に浮かぶ。
俺は椅子の向きを直しながら待った。
端末が立ち上がるまでの間、栞はミナと枠の幅を確かめていた。やがて指を画面へ置き、何度か動かしたところで止まる。
ミナは触りかけていた枠から手を離した。枠と画面を交互に見て、栞が次に手を動かすのを待っている。
俺は台の隣へ戻った。
「動きませんか」
「ううん。動いてる」
栞はすぐに答えたが、次の操作はしなかった。
庭のほうでは、リュカが椅子の背へ手を置き、ダリアと日陰を確かめていた。栞はそちらを一度見てから、画面を俺へ少し傾けた。
「これ。来る前の」
短い文が見えた。
何時ごろ帰る?
栞はそこだけを指で示した。俺はその文を読み、顔を上げた。
「家からの連絡。返事してない」
「こちらへ来る前に、届いていたものですか」
「そう。新しいのは、来てないです」
栞は端末を自分へ戻した。
「友達にも、書きかけのままのがある」
その文章は開かなかった。何を書こうとしたのか、俺には分からない。
「途中で、やめたんですか」
「書いて、消して。何回も。送る前に、こっちに来ちゃった」
栞の親指が画面の縁をなぞった。何時ごろ帰るか。俺なら答えを出したくて、何度も同じ文を読むだろう。彼女は画面を消し、台の上へ伏せた。
ミナが栞へ尋ねた。
「今日は、やめておきますか」
「写真?」
「はい」
栞は庭の椅子を見た。ダリアが座り、片足を伸ばして待っている。リュカは動かした枝を戻そうか迷っているらしく、まだ手を添えていた。
「撮りたいです」
栞は端末を起こした。
「これは誰かに見せるためじゃなくて、私が持っていたいから」
ミナは頷き、枠を台の中央へ戻した。栞が端末を挟み、自分で角度を変える。今度は画面の中へ庭が映った。
栞は画面を覗きながらリュカを右へ寄せ、ミナにはダリアの隣の椅子を勧めた。
「私が行ったら、十秒だけ動かないでください」
ダリアが指を折り始めたので、栞はまだですと笑った。
栞は画面を押し、こちらへ小走りに来た。ミナの背後へ立つ。その隣にリュカ、端に俺がいる。
ダリアの口が動いていた。律儀に数えているらしい。
小さな音が鳴った。
栞が端末を外し、戻ってきた。ミナは椅子を寄せ、リュカもその背から覗く。俺は三人の肩越しに、画面を見た。
五人とも映っていた。ダリアだけ口を少し開けている。栞は笑いかけの顔で、ミナの両手は膝の上に揃いすぎていた。
リュカは写真でも整っていた。この男を隣へ置いておくと、自分の服に直すべきところが幾らでも見つかる。
俺だけが、少し離れていた。
皆の肩はほとんど重なっているのに、俺とリュカの間には、背後の柱が一本見える。撮るときには気づかなかった。普段、誰かに用ができればすぐ離れられるよう、端へ立つ癖がある。
それだけかと言われれば、困る。
俺はいつか、ここからいなくなりたい。妻と子供のいる食卓へ戻りたい。ここの連中と同じ写真に収まることは、その願いを諦めることではないはずなのに、画面の中の隙間を見ても、詰めればいいとはすぐに思えなかった。
栞が顔を上げた。
「レオンさん、そこ、誰か入るんですか」
「いえ」
「じゃあ、もっとこっち。切れちゃいそう」
栞は画面の端を指し、それから、俺の立つ場所を自分の靴先で示した。
俺はそこへ移った。
ダリアが写真の自分を指す。
「次は数えない。口、変だ」
栞は笑い、次は画面のほうを見ていればいいと伝えた。
二度目は栞が戻ってくる途中で袖を引いた。花の留め具が光り、ミナがそこへ目をやる。そのまま音が鳴ったので、ミナだけ少し横を向いた写真になった。
「ごめんなさい」
ミナが言うと、栞は首を横に振った。
「これも好き。花、見てる」
「落ちそうに見えたので」
「落ちてないよ。ちゃんとついてる」
栞は袖を上げてみせた。それを見たミナが笑う。
俺は写真をもう一度見た。リュカの肩が、俺のマントへ重なっている。柱は隠れた。その程度のことで、顔まで少し違って見えた。
三枚目を撮り、最後に栞が一人ずつへ画面を見せた。
リュカは葉の裏まで映っていることを確かめ、ダリアは今度こそ口が閉じていると満足した。ミナは小さな画面へ顔を近づけてから、自分と栞の両方が入っているところを指で囲んだ。
「この大きさで、残るんですね」
「大きくもできる。こうすると」
栞が指を広げると、ミナは思わず顔を離した。
俺は台の枠を片づけながら、その笑い声を聞いた。
撮影が終わると、リュカは水路へ戻り、ダリアも用事へ向かった。ミナは台を引き取り、枠は栞へ置いていった。栞は三人を見送ってから、俺と広間へ入った。
窓際の卓で水を飲み、栞は写真を順に見直した。最初の一枚も消さなかった。
「これ、レオンさんが遠いのも、残しておきます」
「失敗したほうもですか」
「失敗っていうほどじゃないです。全部、今日だし」
栞は少し笑い、やがて画面を消した。
庭では誰かが椅子を元の場所へ戻している。俺も手伝おうと立ちかけたが、栞が端末を両手で持ち直したので、座ったまま待った。
「話の途中で来ちゃったんだよね」
「先ほどの、ご友人との?」
「うん。家のも」
栞は暗い画面へ指を置いた。
「こっちで色々したのに、あっちは書きかけのままなんだなって」
俺は水の器を卓へ戻した。
何時ごろ帰る。厨房へ戻れば、昼食がいつできるかなら分かるのだが。
「もし帰りたくなったら、帰れるの?」




