電池の切れない一日
スマートフォンの仕組みを説明してくれと言われれば、俺は日本へ帰ってから調べると答えたい。
使っていたのだから分かるだろう、という期待には応えられない。画面を指で動かせることと、その下で何が起きているか知っていることは別だった。日本にいた俺は、分からない道具を毎晩枕元へつなぎ、朝には使えるようになっているのを当然だと思っていた。
今、その当然のところで三人とも止まっている。
栞は鞄の底から短い充電用の線を見つけた。端末へ差すほうと、その反対の差し口をミナへ見せる。
「こっちを、充電器につないで。家だと」
「その充電器は?」
「持ってないです。線だけ」
ミナは受け取った線を、台の上で真っすぐにした。先端を小さなレンズで覗く。端末のほうは栞の手に残っている。
「電気を入れるんですよね」
「そうです。どのくらいとかは、知らないけど」
俺も知らない。ここで頷くと詳しいほうに数えられそうなので、黙っていた。
ミナは棚から浅い箱を下ろした。小さな鉱石を挟む枠と、細い線、端に薄い金属片がついている。
「この石の魔力を、弱い電流に変えます。こっちの道具にも使うので。ただ、この中にどれだけ流していいかは、まだ」
俺は栞の手にある端末を見た。
「いきなりつなぐのは、やめておこう」
ミナも頷いた。
「別のもので試します。この線も切りません」
栞は端末の黒い面を指で拭った。
「直っても、すぐ使わなくていいですよね」
ミナがレンズから顔を上げた。
「使いたくなったら、使えば。充電するだけでも」
「それなら、お願いします」
栞は端末を布の上へ置いた。ミナは差し口を確かめ、紙へ形を写してから返す。線のほうだけ、預かっていいか尋ねた。
部屋へ戻る道で、栞は直した鞄の肩紐を何度か動かしていた。俺が重さを尋ねると、当たるところが違うと教えてくれた。
昼食のあとに休み、夕方、二人で工房を覗いた。
作業台には三つの小箱が並んでいた。一つは中身が空で、一つは蓋が閉まらない。最後の一つからは、線だけが何本も出ている。
ミナは最後の箱へ手を添えた。
「まだ試し用です。今日は、光るかどうかまで」
栞は鞄を入口の腰掛けに置いた。スマートフォンを出そうとはしない。
俺は台の上の水を脇へ移し、転がっていた金属の輪を皿へまとめた。鉱石を押さえる枠が動かないか確かめ、線が手前へ垂れないよう寄せる。俺に分かるのは、台から落とすと壊れるという程度の仕組みだった。
ミナが小さな鉱石へ指を置いた。
箱の端につないだ灯りが点いた。
「あ、ついた」
栞が顔を寄せかけたところで、光は大きくなり、すぐに細くなった。もう一度明るくなって、消える。
ミナは指を離した。
「多く流れたり、少なくなったりしています」
「点滅するやつとしては、いいかも」
「充電には、よくないです」
「そっか」
栞は台から少し離れ、ミナが箱を開けるのを待った。
薄い金属片を差し替え、今度は灯りの代わりに、丸い小さな器具をつなぐ。流れが大きくなりすぎれば音で分かるという。
鉱石へ触れた途端、鋭い音が鳴った。
俺の肩が上がった。栞は俺を見てから、両手で口を押さえた。
ミナはもう指を離している。
「早すぎました」
「知らせる仕事は、きちんとしているな」
俺は台から落ちかけた布を拾った。
栞がようやく手を下ろす。
「レオンさん、耳、動かないんですね」
「今ので動いていたら、先に教えてください」
ミナまでこちらを見た。俺は自分の耳へ手をやるのを我慢した。
次に出てきたのは、表面を磨いた丸い石だった。ミナは箱をつなぐ前に、石へ溜まったものを逃がしている。乾いた布で台を拭いた栞が近づくと、額の細い髪がふわりと持ち上がった。
「あれ。何か、顔に」
栞は髪を押さえた。離すと、また数本浮く。
俺はミナへ目を向けた。
「先につなぐなよ」
「はい。こっちは外しています」
ミナが離れたままの線の端を見せ、それから石へ細い棒を当てた。小さな音がして、栞の髪も戻った。
栞は額を撫でた。
「ダリアさんだったら、毛、全部こうなる?」
「試さないでください。掃除が大変なので」
「そっち?」
ミナは石を箱へしまいながら、笑っていた。
俺たちは一度、台を離れた。工房の戸口へ椅子を並べ、ミナが昨日から残っていたという菓子の缶を持ってきた。栞は一つ割り、欠片を膝の上の布で受け止める。
「まだ、かかりそうですか」
「明日、もう少し。栞さんの靴と服は、予定より早くできたので、今日お渡しできます」
「じゃあ、それ、着て来ようかな」
ミナは頷き、菓子を小さくかじった。自分の分を食べる間にも、作業台を振り返る。もう手を動かしたそうだったが、戻る前に栞の話を聞いていた。
栞は鳥の紐をほどかなくても鞄が開くようになったことを教えた。ミナはそれを見て、取りつけた輪を一度押さえる。言葉は少なかったが、使っているところは何度でも見るらしい。
帰り際、俺は線をまとめるミナの横へ立った。栞は戸口で新しい靴の包みを受け取り、上着と一緒に鞄へ入れている。
この道具がまた動けば、栞は日本で撮ったものも見るだろう。
何が入っているかは知らない。家族の顔か、友人と出かけた日の写真かもしれない。ここで何日楽しく過ごしても、向こうの一枚を見ただけで帰りたくなることはあるだろう。俺なら、その一枚を見たい。今すぐにでも。
ミナが机の端へ転がった部品を拾った。俺の袖の脇にあったものだ。
「明日も、栞さんと来ますか」
「ああ。足りない物はあるか」
「細い線を。ここの棚にある分では、少し短いです」
俺は渡された見本を受け取った。帰りに倉庫へ寄れば済む。
戸口では、栞が待っていた。
「明日、耳が動くかもですね」
「もう音は出さない予定です」
ミナが真面目に答えるので、栞はまた笑った。
栞を部屋へ送ってから、倉庫で見本と同じ線を探し、ミナへ届けた。
翌朝、栞と工房へ行くと、その線はすでに小箱の中へ収まっていた。
栞は新しい靴で来た。上着の袖は一度折るだけで手首が出て、花の留め具もよく見える。ミナは戸口から作業台まで歩いてもらい、踵が浮かないのを確かめてから、小箱を見せた。
「今日は、点滅しません」
箱の隣で、細い灯りが光り続けていた。
昨夜から何度も試したという。出てくる電流を抑え、多くなれば途中で切れるようにした。ミナは蓋を開けて見せたが、俺に読み取れたのは、昨日より線が整然と収まっていることくらいだった。
灯りをつけたまま、三人でしばらく待った。
ミナが箱を持ち上げ、傾け、布の上へ置き直す。光は揺れない。俺は頼まれたとおり箱の外側を触り、熱くなっていないと伝えた。
栞は椅子の上で鞄を開けた。
「もう、つなげます?」
「少しずつ。私も見ています」
作業台へスマートフォンを置いたのは栞だった。ミナは昨日預かった線を返した。先端の形は変わっていない。箱側に、その線を受ける口ができている。
栞がつなぐと、黒い画面へ電池の印が出た。
「あ」
栞の手が止まる。ミナも顔を寄せたが、画面には触れなかった。
「これは、いいほうですか」
「充電してる。たぶん」
「音は?」
「鳴らなくていいです」
俺はミナの顔を見た。本人も少し笑っていた。
すぐに画面は暗くなった。栞は横のボタンを押さず、椅子を少し引いて待つ。ミナが箱と線のつなぎ目を確かめ、端末が熱くないか栞へ尋ねた。
充電している間に、鞄の新しい内袋へ何を収めるか決めた。箱は手のひらに載るが、硬い。ミナは角を布で覆い、葉の入れ物とは別の場所へ入る小袋を縫った。
栞は糸を選んだ。上着と同じ色ではなく、花の留め具に近い色を。
「見つけやすいので」
ミナはその理由へ頷き、針を通した。
しばらくして線を外し、もう一度つなぐと、電池の印の内側が朝よりも埋まっていた。
栞は長く息を吐いた。
「できた」
ミナが両手を前掛けへ置いた。昨日は何度もそこを拭っていたのに、今はただ押さえている。
「動きましたね」
「ありがとうございます」
栞は画面が暗くなるのを待ち、端末を裏返した。
「ここで写真も撮れるね」
言ってから、自分の手元を見た。ミナは小袋の口へ紐を通し、栞へ渡した。
「持って歩くなら、線は抜いてください。引っ掛けるので」
「はい。今日は、しまっておきます」
ミナは箱の留め金を動かし、電流を流す位置と、止める位置をもう一度示した。石の力が減ったら工房で補えるという。栞が同じ手順をやり直し、電流を止めてから袋の口を結ぶ。箱と端末は、別々に鞄へ収まった。
帰り支度をしていると、栞が壁際の包みに気づいた。
「これも、直した物ですか」
ミナは布を少しめくった。大きな鍋の蓋に、新しい木の取っ手がついている。
「母のです。明日、届けに帰ります」
「実家?」
「はい。石切り場のほう。荷車で行けます」
栞は蓋の大きさを両手で測るようにした。
「何人分、作るんだろ」
「隣の人も食べに来るので。いつも、余ります」
ミナはそこで少し迷い、俺を見た。それから栞へ向き直る。
「よかったら、一緒に来ますか。できあがったお祝いも、そこで」
「食べるほうなら、手伝えます」
栞が答えると、ミナはようやく包みから手を離した。
俺は行き帰りの道を思い浮かべた。橋の襲撃があった草原とは別の道だ。途中の休憩所も知っている。出発前に道の様子を確かめることまで伝えると、栞は頷いた。
「レオンさんも来ますよね」
「鍋の蓋を運ぶ役が、いりそうですから」
ミナが包みを少し持ち上げた。
「腕、まだ痛いでしょう。これは荷車に載せます」
「じゃあ、食べるだけで」
栞は俺の分まで決めると、鞄を肩へ掛けた。




