芋っぽい職人
ミナの工房へ物を持ち込むときは、何が壊れたかより先に、どこまで直してほしいか決めておいたほうがいい。
前に椅子の脚を一本頼んだら、座る高さまで変わって戻ってきた。確かに腰は楽になったが、今度は机が低くなった。そう言うと、では机も、と返ってくる。俺はしばらく膝の上で書き物をした。
今日持ってきたのは、栞の鞄と、洗って保管していたローファーだ。椅子より小さいからといって、早く終わるとは思っていない。
今朝の診察を終えたダリアは、新しい包帯で朝食に来ていた。今日も左腕に荷物を持たせないよう言われたらしい。俺の打撲は、机に肘をつかなければ忘れていられる程度だった。栞はよく眠れたと言い、食後、自分から鞄を持ってきた。
工房は屋敷の裏庭を抜けた先にある。遠回りをせず、昼には戻る予定だと伝えると、栞は靴を履いた。
戸の上に掛かった小さな鐘を鳴らすと、奥で何かが転がった。
ミナが作業台の下から顔を出す。手には金属の輪があった。立ち上がって俺たちを見つけると、前掛けの腹で手を拭き、戸を大きく開いた。
「どうぞ。そこ、釘があるので」
栞が足元を見る。
「え、どこ」
「箱です。右の」
踏み散らかしているわけではなかった。低い箱が戸の脇に積まれ、蓋に釘の絵が描いてある。俺も一歩跨ぎかけた足を戻した。
壁には大小の鋏と型紙、革を曲げた見本が並んでいた。作業台の向こうには昨日の仕切りがある。棒で叩かれたところの色が薄くなり、その下へ細かい木屑が落ちていた。
栞は仕切りの前で止まった。
「昨日、ありがとうございました。これ、直してるんですか」
ミナは板の傷へ手を当てた。
「角を削って。引っ掛かるので」
「壊れなくてよかった」
「留め金は、替えます。少し曲がったから」
ミナが作業台の端にある金具を示した。朝、栞の鞄を見たときよりも、俺はその小さな曲がりへ長く目を留めた。よく持ってくれた。今日は新しいものへ替えてもらえる。
栞は鞄を両手で差し出した。
「こっちも、お願いします」
ミナは低い椅子を勧め、鞄を柔らかい布の上へ置いた。鳥と祭りの飾りを外してよいか尋ねる。栞が自分で紐を解くと、二つを木の皿へ並べてくれた。
「これ、昨日作りました」
栞が草の飾りを指す。ミナは輪を裏返し、結び目を見た。
「ほどけない結び方ですね」
「ちょっと曲がったけど」
「使うと、もっと曲がります」
「そこ、慰めてくれないんだ」
ミナは顔を上げた。それから、自分の前掛けについた紐をつまんだ。先には小さな木の実が結ばれ、片側だけすっかり平らになっている。
「私のも。台に当たるから」
栞は身を寄せて見た。
「最初からその形じゃないんですか」
「丸かったです」
「そんなになるまで?」
「まだ、ついているので」
ミナが手を離すと、木の実は前掛けへ戻った。栞も自分の飾りを皿へ寝かせた。
鞄の中身は、栞自身に出してもらった。帳面、筆入れ、スマートフォン。紙に包まれた葉は、木の皿の隣へ。ミナは中を覗き込まず、空になった鞄だけを手元へ引いた。
「肩、痛かったですか」
「昨日は、ずっと力入ってたから」
「その前は?」
「荷物が多いと、ここ」
栞が肩へ指を当てると、ミナは肩紐に幅の広い革を添えた。
「裏へ当てられます。裂けたところも、一緒に」
「太くなります?」
「少し。このくらい」
まだ縫っていない革を紐の下へ重ね、栞の肩へ載せてもらう。栞は自分で押さえ、首を左右へ動かした。
「これなら、いいです」
「あと、何を入れたいですか」
ミナの視線が、机の上の持ち物へ移った。
俺は帳面を指しかけた。
「学校では、もっと厚い本を何冊も入れるんだ。筆記用具に、着替えを持つ日もあるし」
栞がこちらを向いた。
「今は、そんなに持ってないです」
「そうでしたね」
「この葉、潰れないところに入れたい。あと、お金の袋が下に行っちゃうので」
ミナは頷き、布の見本を二つ取り出した。内側につける浅い袋と、硬い芯の入った薄い入れ物。栞が葉の包みをそれぞれに当て、どちらへ収めるか考えている。
俺は余計な説明をしまう場所だけ見つからず、ローファーの包みを開くことにした。
靴を見たミナは、栞の布靴へ目を移した。
「外を歩くなら、底の厚いものもあります。足、見ても?」
栞が頷き、片方ずつ脱ぐ。ミナは紙へ足の形を写し、踵の脇を指した。
「ここは、当たりますか」
「布のほうは平気。そっちは、長く歩くと」
栞はローファーを見た。
棚から下ろされた靴は二足とも茶色だった。片方は足首まで覆い、もう片方は低く、甲を紐で締める。栞は低いほうを履き、踵を上げ下げしてから、壁まで歩いた。
「どう見えます?」
ミナは爪先の曲がるところを見ていた。
「右が少し、余っています」
「似合うかと思って」
「あ。色は、替えられます」
俺は椅子の背へ手を置いた。
「日本の学校には、靴まで決まりがあるところもありまして。服と合わせて見たときに」
「レオンさん」
栞が靴を履いたまま振り返る。
「私、ここで学校行くわけじゃないので」
ミナが小さく頷いた。
「足を見たいです。今は」
「失礼した」
ミナは入口の腰掛けへ目をやり、磨き布と、仕切りから外した金具を俺へ渡した。
「そこで待っていてもらえますか。これ、汚れだけ取って」
栞も俺へ手を振った。
「私が呼びますから」
俺は戸口へ移った。椅子も机も、ここにあるものなら高さは合っている。金具を膝へ載せ、打った腕をぶつけない位置を探した。
工房の戸は開いたままだ。栞が床を往復する音と、ミナの短い質問が聞こえる。
「この茶色でいいです。紐は、こっちの濃いほう」
「底は、硬すぎませんか」
「さっきのより、こっちが好き」
栞は腰掛けへ戻り、ミナが靴の内側へ入れた薄い敷物を確かめた。もう一度履くと、踵が浮かなくなったらしい。こちらを見ず、そのままお願いしますと言った。
服の寸法を直す間は戸を閉めたいと呼ばれ、俺は金具を持って外へ出た。中庭の桶で布を洗い、細い溝へ詰まった土を落とす。乾かす場所を探しているうちに、ミナが戸を開けた。
栞は借りた上着を着直していた。袖には短く縫い上げる位置の印があり、花の留め具は皿へ外してある。
「一回折ればいい長さにしてもらいます。花はつけたいので」
「それは、よかったです」
俺は磨いた金具を台へ戻し、また入口の腰掛けに座った。今度は誰にも言われる前だった。
ミナが小さな缶を開けた。中には、焼き色の濃い菓子が詰まっている。栞が一つ勧められて受け取ると、ミナは菓子の欠片を落とさないよう前掛けを広げた。
「いっぱい入るんですね、そのポケット」
栞はミナの前掛けを見ていた。
「小さい物が多いので。針は別にしています」
「服も、作業用?」
「袖が引っ掛からないように。汚れても、ここだけ替えられます」
ミナは肘の当て布をつまんだ。栞が自分の袖と見比べ、菓子を一口かじった。
「私、最初、ちょっと芋っぽいとか思ってました。服」
言ったあとで、栞は缶へ視線を落とした。
「すみません。地味だなって」
ミナは自分の腹を見下ろした。
「明るい色だと、油の染みが残るんです。でも」
前掛けの内側を少し返す。裏には、小さな黄色い花が縫ってあった。
「これは、好きなので」
「え、かわいい。表に出さないんですか」
「擦れて、糸が切れます」
栞は頷き、自分の袖から外した花を見た。
「私のも、そうなります?」
「なったら、直せます」
「じゃあ、つけます」
ミナは前掛けを戻し、缶をもう少し栞へ寄せた。
菓子の中には小さな木の実が入っているらしい。栞が前歯で割ろうとして止まり、手で半分にした。学校へ持っていったら机の中が粉だらけになる、と笑う。ミナは工房でも同じだと言い、台の下の掃き寄せた跡を見せた。
俺のところにも一枚回ってきた。学校の机なら、と始めかけた説明は、菓子と一緒に飲み込んだ。
休憩のあと、鞄の肩紐へ針が通った。
ミナの手は速かったが、栞はその手ばかり見てはいなかった。硬い芯の入った葉の入れ物を鞄へ当て、小袋を収める位置を自分で示す。外側へ飾りを結ぶ輪も欲しいと頼んだ。
上着は替えを借り、選んだ靴と一緒に仕上げを頼んだ。明日受け取ることになり、鞄だけはその場で戻った。栞は空のまま肩へ掛けてみた。
「前より、ずれない」
ミナは一度だけ頷き、包みの上に残ったローファーを指した。
「こちらも使いますか。使わない靴は、処分を頼まれることもあるので」
「取っておいてください」
栞の返事は早かった。ミナの指が靴へ届く前だった。
「まだ、履くかは分かんないですけど」
俺は包みの端を揃えた。
「制服と一緒に、預かっておきます」
栞は靴を見たまま頷いた。汚れは落ちても、甲の曲がった跡までは消えない。俺はそこを内側へ向け、左右の靴が擦れないよう布を挟んだ。
鞄へ持ち物を戻す最後に、栞がスマートフォンの脇を押した。黒いままだった。
「切れちゃった」
ミナが針を置いた。
「壊れたんですか」
「電池。たぶん、昨日のうちに」
栞がもう一度押してから、手を止めた。俺は水の瓶を袋へ戻しかけた姿勢で、二人を見た。
ミナは端末を取ろうとはせず、空いた布を台の中央へ敷いた。
「それ、動くところを見てみたいです。充電する口だけ、見せてもらえますか」




