近いうちに
「…ご機嫌麗しゅう、龍白様。本日はいかがなさいましたか?私はたまたま没落神様を見つけましたので、どうするのがいいかと思考を巡らせていたところでございます。」
忌悪は膝をつきながらも気味の悪い作り笑いを崩さないが、目の前の人物の登場とさっきのダメージで、相当焦っているようだった。
「へえ、他人様の領地で暴れまわった挙句、たまたま見つけた天翔家の元身内を、どうすればいいかわからないから甚振っていたと?」
「いやはや、さすがご理解が早い。この地に入ってしまったのは、修行をしていたら何やら揉め事が見えてしまいましたので、足を運んだだけでございます。ここはご存じのとおり、我が災禍家もとい大元である荒闇家と天翔家の領地の、ちょうど境目あたりでございますので。」
龍白は腕を組み、忌悪を睨みつけていた。
少し離れた場所にいる俺とカンナにも、なんとか二人の会話は聞こえてくるが、両者の間にはピりついた空気が漂っているのを感じていた。
そして龍白と呼ばれているあの人が敵かどうかもわからず、大きな不安に駆られた。
二人して立っているだけで精一杯なのに、新手の敵だとしたらもう打つ手がない。
そんなことを考えていると、カンナが俺の肩をポンポンと叩いて笑顔を見せた。
「大助、大丈夫ですよ。」
さっきまで血走っていた目も穏やかさを取り戻しており、気持ちも安定しているようだ。
「カンナ、あの龍白って人は…」
俺が質問しきる前に、カンナは自分の口元に人差し指を立てた。
どうやら敵ではないが、大っぴらに味方と言える関係ではないようだ。
そんな俺達をよそ目に、龍白は口を開いた。
「白々しいですわね。ここに来る前に都市近くで神狩りが五十程暴れまわってましてね、あなた達が派手に暴れまわっていなければ気づくのも容易ではなかったでしょう。あなた、もしやつまらない小細工でもしたのではないですか?」
忌悪は鼻で笑い、それから楽しそうに話し始めた。
「白々しいのはそちらも同じでしょう。元身内を匿って戦力増強を画策するなんて、一体何をお考えなのですか?」
忌悪の言葉を聞いた途端、龍白のオーラが一気に溢れだした。
俺はまだ後ろ姿しか見てないが、めちゃくちゃ怒っているのはわかった。
「この状況でよくもまあそんなにお喋りができますね。人の土地に入り込んで好き勝手暴れるだけでは飽き足らず、つまらない謀を企て、元とはいえ身内にまで手を出した、更にそれを認めず無駄口ばかり叩いた代償…高くつきますわよ?」
「こちらとしても言いがかりをされてしまっては、強行手段に出るほかないですね。」
忌悪は龍白を睨みつけながら立ち上がった。
それと同時に、忌悪からもどす黒いオーラが溢れ出す。
あいつ、まだあんな力を隠していたのか。
「意図せぬ形ですが、神々の戯れ(ゴッドゲーム)前に天翔家の懐刀と手合わせできるとは、今日は本当に恵まれて…」
「話が長いですわよ。とっととかかってきなさい、青二才。話はそのあとでじっくり聞きますから。」
忌悪は今日一番の不機嫌な顔になり、より一層オーラを強めた。
そして、龍白から二十メートル程の距離を取った。
「では後悔なされぬよう願います。【災禍・氾濫】!!」
黒い濁流と化した忌悪のオーラが幅三十メートルぐらいまで広がり、龍白目掛けて流れてくる。
術の規模から考えると、龍白が防げないか避けると俺達にも被害が及ぶ可能性がある。
俺は咄嗟にカンナを連れて逃げようとしたが、カンナが俺の服を引っ張った。
「大丈夫ですって。白姉様を信じてください。」
「いや、でも…」
カンナが安心しきった顔をし、真っ直ぐな瞳で俺のことを見つめてきた。
あまりにも見つめてくるので、なんだか変に照れてしまった。
「わ、わかった。」
不安は残るものの、カンナの言葉と龍白を信じることにした。
そのとき、龍白のオーラがより強く輝きだした。
龍白はゆったりと体を動かし、両手を前に出した。
「【白龍息吹】!!」
凄まじい勢いの白いオーラが、龍白を起点として広がっていく。
忌悪とは対照的な白い光が、どんどんどす黒い濁流を押し返していく。
「あああああああああ!!」
忌悪は間違いなく全力を出している。
しかし、自分の術が押し返されていく度に表情が曇っていく。
対して、龍白は顔色一つ変えずにいた。
まるで、こうなることは当たり前であるかのように。
そして、白くも美しいオーラがどす黒い濁流を全て飲み込み、忌悪がいたあたりで弾けた。
龍白のオーラは辺り一面を一瞬にして明るく照らし、それはまるで星が降っているようだった。
龍白はゆっくりと歩いていき、やがて止まった。
そこには、ボロボロの状態で仰向けに倒れている忌悪の姿があった。
「調子に乗り過ぎましたわね。力量差もわからないようでは早死にしますわよ?」
「あぁ…うう…ううういぃ…。」
突然、龍白がこちらを振り向いた。
契約のおかげで夜目が利いているのか、龍白の顔もしっかり見えた。
声は発していないが、何やら唇辺りが動いているので見てみると
「こ!い!つ!き!も!ち!わ!る!い!」
と言っていた。
大方、忌悪がニヤニヤしていたのだろう。
なんとなく想像できた。
少しだけ忌悪が腕を動かしたのが見えたが、龍白がこちらに嫌そうな顔を向けたまま、わずかにオーラを発し何かしらの術を発動したようで、忌悪はそのまま動かなくなった。
ノールックで牽制もこなすとは、やはり龍白は相当な実力者のようだ。
龍白は忌悪のほうに顔を戻した。
「さて、然るべき場所で話を聞くとしますか。」
龍白が忌悪に右手を向ける。
しかし、そのまま動かなくなってしまった。
なにやら空を見上げているようだ。
俺も空を見てみると、さっきまで雲一つなかった夜空に大きな黒い雲が渦を巻いていた。
「どうやら保護者が来たようね。」
龍白がそう呟いたのと同時に、雲の渦の中心から忌悪と同じような服装をした髭面の男がゆっくりと空から降りてきて、龍白と五メートルほど離れた場所に降り立った。
「ご無沙汰しております、龍白様。不肖の息子がご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。」
髭面の男は龍白に対しても堂々とした態度をしており、離れている俺でもとてつもない威圧感を感じた。
言葉から察するに、この男は忌悪の父親のようだ。
「久方ぶりですね、忌剛様。ご子息につきましては、おいたが過ぎていたもので、出過ぎた真似ではございますがお灸を据えていたところでございます。」
龍白もまた依然として態度を崩さない。
忌剛と呼ばれた男の眉間にしわが寄る。
二人は数秒ほど睨みあい、重たい空気がその場を包んだ。
それに耐えかねたのか、忌剛は溜息をつきながら口を開いた。
「こちらの落ち度ではございますが、ここは一つ穏便に済ませようではありませんか。そちらとしても、元身内を匿っていたことが露見すれば立場が危うくなりましょう。」
「匿っていたなど人聞きが悪いですわね。私は仕事をしていたら、ここで派手に遊んでいるのが見えたので来たまでです。そうしたら、ご子息が襲い掛かってきたのですよ。まあ、正当防衛ですわね。」
「人質を取られては、両家の関係に亀裂が生じますぞ。」
「何を今更。亀裂など常に生じているではありませんか。」
「今回の件で、今までにないほど大規模な争いになったとしてもですか?」
「ほう、それは脅しですか?」
「…場合によっては、そうなりますかな。」
龍白が少し笑う。
対して、忌剛の表情は険しい。
しかし、そこに焦りはなく臨戦態勢に入っているようだ。
「大きな戦になった場合、一体どちらに大きな損害が出るかは火を見るよりも明らかでしょう。なんなら、今からそれを証明しましょうか?」
「確かにそうですな。しかし、ここで一戦交えるなら勝てないまでもいろいろ足掻くことは可能でございます。例えば、そこの後ろの二人を巻き添えにするとか…ですかね。」
龍白の表情が変わる。
白くも美しい強大なオーラが、練り上げられているのを
感じる。
この場の誰もが、一触即発の雰囲気を感じ取った。
「やれるものならやってご覧なさい。」
「おや、二人を守りながらでも私に勝つ自信がおありですか。それがはったりじゃないのが貴方様の恐ろしいところでございます。」
「親子揃ってお喋りですわね。戦うのか否か、はっきりしたらどうです?」
忌剛は少し悩んだような顔をしていた。
会話の内容や様子から察するに、できるだけ龍白と正面から戦いたくないのだろう。
「やれやれ、こうなっては仕方ありませんね。」
忌剛はなにやら懐から巻物のようなものを取り出し、龍白に投げた。
龍白はそれを受け取ると、中身を広げて確認する。
龍白は少し驚いたような表情になり、視線を忌剛へ戻した。
「ここまで子煩悩とは思いませんでしたわ。」
「そんな大層なものではありません。謝罪も込みでございますので。」
龍白はおもしろくなさそうな顔をしながらも、巻物をしまった。
「では、早くご子息を連れてお帰りくださいませ。それと、同じようなことがまたあれば、次はありませんわよ。」
「承知しました。まあ、私たち老兵がやらずとも、いずれ近いうちに若いもの同士で…。」
「【白龍爪拳撃】!!」
一瞬にして忌剛の目の前に移動した龍白が、忌剛の顔のすぐ横で拳を振り抜く。
拳からは白いオーラが放たれ、百メートルほど先まで飛んでいき、遠くから爆発音と断末魔のような音が聞こえてきた。
「ごめんあそばせ。遠くに神狩りらしき集団が見えたもので。…それと、誰が老兵ですって?」
忌剛の表情は変わってはいないが、額から少量の冷や汗が出ているのが見えた。
「失言でしたな。大変申し訳ございません。」
「私は寛容ですのでいいですが、今後は女性の前での礼儀を学ぶべきかと存じます。」
「肝に銘じます。それでは、これにて失礼させていただきます。【災禍・積乱雲】!!」
「あぁ…うぅ…。」
忌剛が術を発動すると、黒い雲が忌剛と忌悪を包み込んで空へ飛んでいった。
とんでもなく長い戦いだったが、なんとか無事にのりきったので安心した。
ふと、カンナのほうを見ると何やら驚いているような顔であたふたしていた。
「カンナ、どうし…」
「類ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
突然、俺の横からカンナが消えた。
振り向くと、ほんの少し宙に浮いた龍白がカンナを抱きしめてくるくる回っていた。
そこにいたのは、敵を圧倒的な力で捻じ伏せる強者ではなく、少女を溺愛する一人の女性だった。
第六話読んでいただきありがとうございます!とりあえず一つの山場を超えました!ですが、まだまだ始まったばかりです!質問や感想ドシドシお待ちしております!
次回投稿は10月20日(火)21時予定です!




