宿敵
「さいか…いお?」
「はい。以後、お見知り置きを。」
道端を歩く人が、急に忌悪に挨拶でもされようものなら、おそらく骨の髄まで魅了されてしまうだろう。
それほど綺麗な顔をしているが、それに匹敵するくらいの胡散臭さを俺は感じていた。
きっとカンナもそうだろう。
…いや、どうやら違うようで、カンナは忌悪に対して殺意に近い感情を抱いているようだ。
「災禍家の上位神候補様が、こんなところで何をしているんですか?この辺りは、天翔家の管轄では?」
カンナの目は血走り、今にも攻撃を仕掛けそうだったが、連戦の疲労でもう戦う力はほとんど残っていないようだった。
というか、この二人もしかして知り合いなのか?
「いやはや、本当にこれは大失態です。後で天翔大御神様にお詫びの品を持って行かなければ。…しかし、それはあなたもなのでは?」
忌悪はニヤリと悪い顔で笑いながら、カンナを見下すように言った。
「元上位神の流星家の女神様。」
「あまか…がは、ぐう。」
カンナは忌悪に術を打ち込もうとしたが、やはり力が残っていないようで、不発に終わり蹲ってしまった。
その様子を、忌悪は甘い菓子でも食べているかのような、恍惚とした笑みを浮かべ楽しんでいた。
「ダメですよ、そんな襤褸雑巾みたいな状態で術を使おうとしては。御身体に毒でございます。ささ、お辛いとは思いますが、こうも上から話しかけるのも心苦しいので、お立ち上がりください。」
そう言うと、忌悪はカンナへ向けて手を差し出した。
カンナの「今すぐ殺してやる!」と言わんばかりの眼光が目の前の下衆を睨みつけるが、こいつはそれすらも嬉しいのか、より一層の笑顔を見せた。
「おい、いい加減にしろよ。」
俺はなんとか立ち上がって、忌悪の手を払った。
何があったか知らないが、さっきといい今といい、こんなカンナを見ていられなかった。
忌悪の顔が、一瞬だけだが初めて笑顔から嫌悪感に変わった。
一泡食わせてやったと内心ガッツポーズをする。
「…道界の下等種とはいえ、めでたく神従者になったので多少の敬意を払ったのですが、こちらの好意を無下にするとは、いささか無礼が過ぎるのでは?」
またよくわからない単語が出てきたが、気にしてる余裕なんてなかった。
忌悪は作り笑いをしながら優しく話しかけてきてはいるが、その裏でとてつもない殺意を俺たちに向けている。
「俺たちのことを殺そうとしてきたやつの手なんかとれると思うか?」
この状態で戦ったら確実に負ける、それは理解している。
けれど、俺の中の何かがここで怖気づくなと叫んでいた。
ほんの少しでもカンナが回復できれば、この場を切り抜けられるかもしれない。
淡い望みだったが、ビビりながらも目の前の下衆に立ち向かうことに決めた。
そんな満身創痍な俺たちに対して、忌悪は余裕そうに話し始めた。
「ああ、先程の実験体のことを根に持たれてるんですね。こちらとしても、あれは不慮の事故と申しますか…。誠に申し訳ございません。」
忌悪は謝意を述べる割には頭を下げず、終始笑顔のまま機嫌良さそうに話した。
「さっきから言ってる、実験体ってなんなんだよ。」
俺の問いかけを聞いた途端、忌悪は待ってましたと言わんばかりの表情になり軽快に話しはじめた。
「よくぞ聞いてくださいました!実はですね、もうじき開催される神々の戯れ(ゴッドゲーム)に向けて、万全の準備をして臨みたいという気持ちが私の中に溢れ沸いているのです!!」
どこぞの通販番組のようなテンションで話され、俺たちは呆気に取られたが、そんな俺たちを気にも止めず忌悪の話は続く。
「そこで閃いたのが、神従者の選別です!」
「は?選別?」
「はい!しかし、これがなかなか骨の折れる作業でしてね。あなた方が戦ったアレは一番筋が良かったのですが、振出しに戻ってしまいました。」
楽しそうな忌悪に対して、カンナの顔がどんどん青ざめていく。
カンナが、怒りを混ぜた声で忌悪に問いかける。
「あなた…まさか…何人もの神従者を殺しているんですか?」
「殺しているだなんて人聞きの悪い!私は全ての実験体と本気で組んで勝ち続ける所存でしたよ?ですがね、みんなあまりにも脆いんですよ。全員あまりにも私と波長が合わず、力を十分に増幅できなかったんです。」
「ちょっと待て。お前はいったい何人と契約して使い捨ててきたんだ?」
忌悪はきょとんとした顔になり、はっきりしない様子でこう答えた。
「んー、人以外も合わせたら百くらいですかね?」
「…その実験体達はどうなったんだ?」
自分の中に、煮えたぎった怒りが湧いてくるのを感じる。
「さあ?下等種のことなんて、いちいち気にしませんから。魂が少しでも残ってたら、生きてるんじゃないですかね?」
その言葉を聞いた途端、自分でも無意識のうちに目の前の下衆に殴りかかっていた。
忌悪は避けずに右手で俺の拳を受け止め、不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。
「くそ!離せ!」
俺の必死な様子を見ながら、忌悪はため息混じりにこう言った。
「全く…ほんと嫌になりますね。」
「は!?何がだよ!」
「だってそうでしょう?数多の実験を行っても、最適かつ有能な神従者に私は巡りあっていないのに、こんなぽっと出の没落神にはこんな有能な神従者がやってくるんですから…ねえ?」
「【天翔風】!!」
馴染みのある暴風が巻き起こり、忌悪を吹き飛ばしたように見えたが、間一髪のところで俺の拳から手を離し、自ら後ろに十五メートルほど飛んで回避したようだ。
「日頃の行いが…悪いんじゃないですか?」
カンナが、嫌味を言いながら立ち上がる。
しかし、ほんの少しだけ回復できただけで、膝に手をついて立つのが精一杯のようだ。
「日頃の行い云々を、没落神様に言われたくはないですね。自分の父親のしたことを考えれば、説教などできる立場ではないでしょうに…。」
「黙れ!父様は一族の家訓を守っただけだ!大切なものを見捨てず、その身をかけて誇りを守ったんだ!侮辱するな!」
「その誇りとやらのせいで、流星家固有の継承術をまともに使えていないじゃないですか。契約直後に一発撃っただけで、そのあとはなんとか使える天翔家の継承術を多用。よかったですね、血筋が悪かったら、あなたもその優秀な神従者もお陀仏でしたよ。あ、でも血筋は良くはないですね。良かったら、今でも上位神でいられたでしょうから。」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
ケラケラと子供のように笑う忌悪に、カンナが殴りに行こうとしたが、ほんの少し走りだしただけで躓いて倒れそうになった。
直前で何とか俺が後ろから引っ張り上げたが、カンナはなんとしてでも忌悪を殴ろうと暴れていた。
「カンナ!落ち着け!」
「離して!こいつは!こいつだけは…!!」
それを見た忌悪は、やれやれとでも言いたそうな顔でこちらを見ていた。
「はあ…、先程の実験体との戦いといい私が挑発したときといい、同じことを言われて激昂するとは本当に進歩がないですね。二人揃って何もしてこないところをみると、限界かつこれ以上奥の手がないということでしょうか。」
この口ぶりから察するに、おそらく忌悪はこちらの手の内を探っていたようだ。
それももう必要がないと考え始めているのだとしたら、状況は最悪だ。
俺は忌悪がどう動いても対応できるように、全神経を集中させた。
「そう警戒しないでください。どう足掻こうと、あなたたちは死ぬんですから。」
そう言った瞬間、忌悪から凄まじい量の黒いオーラが溢れだした。
カンナと同等、下手したらそれ以上の…。
「実験体達に唯一感謝していることがありましてね。契約すると、神従者のいろんな知識を得ることができるんです。特にあなたたちが倒した彼は、いろんな知識を持っていて多少有能だったので、私の知識も少し共有してあげたんです。まあ、実験体に知識を共有したらどうなるかくらいの気持ちでした。」
ペラペラと話しつつも最初のような胡散臭い感じではなく、戦った男から感じた不気味さがそこにはあった。
「結果としては、元々狂っていた性格がさらに狂うというなんとも言えないものになってしまいましたが、彼はそこそこ楽しませてくれたんですよ。なので、この術は彼への手向けですね。」
溢れだした黒いオーラは直径三メートルほどの球体になって、忌悪の目の前で浮いていた。
すると、突然その球体が高速回転を始めた。
「【災禍・豪雨】」
回転している球体から、無数のサッカーボールくらいの弾が全方向に撃ちだされた。
弾は俺達だけじゃなく忌悪にも向かって飛んでいき、微弱だがダメージを負っているようだった。
しかし忌悪は、優しい表情を浮かべながらこちらを見ていた。
「全て壊す、彼の望みでしたので。」
「【白龍雷】!!」
雲一つない空から轟音と共に、白光の雷のようなものが落ちた。
瞬く間に球体と弾を全て打消し、球体のあった場所には白い衣を纏った人影があった。
忌悪も雷に巻き込まれたようで、その場で膝をついていた。
「人様の家の庭で随分と派手に楽しんでますわね、災禍家のお坊ちゃん。」
「……これはこれは。お邪魔しております、龍白様。」
俺達の目の前で、二つの強大な力が対峙していた。
第五話読んでいただきありがとうございます!感想や質問はドシドシ受け付けてます!
次回投稿予定は10月18日(日)21時予定です!




