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だめだ。絶対にだめだ。
活路を見出そうと夜の街を歩き回ったのに、時限爆弾をもう一つ、抱え込むことになりそうだった。
正体も分からない男の助手になって、いつ、どんな用を言いつけられるか分からない。今の私の立場で、そんな変数は、最も不要なものだった。
「嫌ですけど。」
きっぱりと言うと、ヘンリーが興味深そうに、眉をわずかに吊り上げた。
「嫌だと?」
「自分のことは、自分でやります。」
「そうか。」
彼は椅子に背をもたせかけ、腕を組んだ。
「なら、今すぐお前を牢にぶち込んでも、構わないわけだ。」
「……」
「身元不明。夜間徘徊。無許可の魔法使用。」
指で一つずつ数え上げながら言った。
「罪状は十分だ。」
あまりに軽微な事案ではないかと思ったが、イビーの書斎には法典がなかった。
この国の法を根拠に舌戦を繰り広げれば、間違いなく不利だった。
「助手に使うと言ったのに。」
「提案だったんだ。お前が拒むなら、まあ……」
ヘンリーが平然と答えた。
「仕方がない。」
すでに魔法が解けて顔を見られ、抜け出せる隙はなかった。
方法がない。
私は内心で、ため息を飲み込んだ。
「……いいでしょう。」
「素直だな。」
「選択肢がないじゃないですか。」
ヘンリーがにっこり笑った。
「理解が早くて、いい。」
『ひとまず受け入れよう。そして、できるだけ早くこいつを把握して、隙を狙う。』
『運が良ければ、弱みを握って利用できるかもしれない。』
『そうでなくても、会話を通じて、私の知らない情報を得る機会ができるかも。』
そう合理化して、心を落ち着けた。
そのとき、ヘンリーが懐から小さな指輪を一つ取り出した。
銀色の指輪だった。
装飾もほとんどない、単純なデザイン。
「はめろ。」
「これは何ですか?」
「契約の証だ。」
「……大げさですね。」
「魔法が掛かっている。」
私が眼差しで説明を求めると、ヘンリーが言葉を継いだ。
「約束した場所に現れなければ、指輪が発動する。」
「発動すると、どうなるんですか?」
「はめている指が、俺の前に転送される。」
「……指?」
「指だ。はめている、その指。」
一瞬、言葉が出なかった。まさか、冗談を言っているんじゃないだろうな?
彼の表情を見ると、本気のようだった。
「何か問題でも?」
「……あまりにロマンチックすぎませんか?」
私が皮肉るように言うと、ヘンリーはふっと笑った。
「お前が望むなら、チョーカーの形もあるが。」
「……」
「指くらいで済むのを、ありがたく思うことだ。」
『……イカれた人間だ。』
たかが夜の街を歩き回ったというだけの理由で、首だの指だのを担保に取る、などという言葉が、自然に出てくるとは。
内心で罵倒を飲み込みながら、指輪を手に取った。
「指で、いきましょう。」
「賢明だ。」
私はわざと、中指に指輪をはめた。
そして、そっと持ち上げて、ヘンリーのほうへ振ってみせた。
「……」
「……」
ヘンリーは、無表情で言った。
「どうかしたか?」
「……いえ。」
『失敗。』
この世界では、中指が、何か意味を含むわけではないらしい。
指輪から、冷たい感覚とともに、ごく微かなマナが流れ出して、指を包むのが感じられた。
はったりではなかった。
「これから、同じ時間。この場所に来い。」
ヘンリーが言った。
「……毎日ですか?」
「二度、言わせるな。」
私は結局、ため息をついた。
「……分かりました。」
「さて、それじゃあ。」
言い終えて扉のほうへ出ていくヘンリーの後を、私はぎこちなく追った。
ヘンリーが出ると、扉の裏で待機していた騎士が、待っていたように迎えた。
「お出ましですか、で——」
「ロビン卿。」
ヘンリーが騎士の言葉を遮って名を呼ぶと、ローブの騎士団の紋章を、トン、と触れた。
「このレディを、送り届けてやれ。」
「いえ! 一人で行きます。」
私は即座に断った。
「ふむ。それなら。」
ヘンリーは両腕を上げて、了承の身振りをした。「ロビン卿」と呼ばれた騎士が、不安げな気配で何か言おうとしたので、私は合意が成った瞬間を逃さず、素早くその場を離れた。
ブレア家の塀を越える前、指の指輪を一度、見下ろした。
夜の外出の、初めての収穫。時限爆弾。実に、実りある夜だった。
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翌日の明け方。
いつものように、アンが待っているであろう空き地へ、とぼとぼと足を運んだ。
昨日のことを考えて、複雑な心境で空き地に着くと、猫が餌を食べる様子を見守っていたアンが、私を見つけて、先に近づいてきた。
アンの顔が、こわばった。
「……それ。魔法だね?」
アンが、私の手を指さした。
「……分かるの?」
私は手を広げて、指輪を見せた。
アンは指輪をじっと見ながら言った。
「危ないものみたいだけど……どうやって手に入れたの?」
ただでさえ気にかかっていた昨夜のことを、アンに訊かれると、心がいっそう晴れなくなった。
「……成り行きで。」
私は説明できず、言葉を濁した。
「魔法を使える人は、あんまりいないはずだけど。」
『この国で、魔法は貴重な能力なのか。』
「そういう君は、どうして分かったの?」
アンが、私の言葉に答えをためらった。私は直接的に、もう一度訊いた。
「君も、魔法を使えるの?」
「……うん。」
「私もだよ。」
隠す理由はなかった。証明するように、毎晩練習してきたとおり、指先で炎を灯してみせた。
「まだ、慣れてないけど。」
アンは、私の手の上の炎が消えるのをじっと見てから、指輪をはめたほうの私の手を取った。そして、目を閉じた。
集中するように、私の手をぎゅっと押さえながら、何か魔法を試みたあと、口を開いた。
「……ごめん。だめだね。」
「何をしたの?」
「契約型の魔法みたいだったから。解除してみようとしたの。」
「そんなこともできるの?」
「失敗した。」
アンに、そんな魔法の才能があるとは、とても驚きだった。ところが、続いたアンの言葉は、もっと驚きだった。
「気をつけたほうがいいけど……契約の内容さえ守れば、大したことにはならないよ。こういうのは、皇室が管理してるから。」
「皇室が?」
「うん。」
私は指輪を見下ろした。
ついさっきまでは、厄介な足枷だとしか思っていなかった。
ところが今は、疑問が生まれた。
ヘンリー。
『あんた、いったい何をしてる人間なんだ?』




