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ハリントン子爵令嬢の屋敷は、ブレア男爵家とは比べものにならないほど広かった。子爵は男爵より一つ上の位でしかないのに、差は大きかった。
広大な敷地に手入れの行き届いた庭があり、その奥には完璧な左右対称の屋敷が、威圧するように建っていた。
出迎えた執事の案内に従っていくと、庭の片隅にティーパーティー用の東屋がこぢんまりと構え、影を落としていた。その日陰には、真っ白な布を掛けたテーブルを囲んで、イビーと同じ年頃の少女たちが座っていた。テーブルの上には、可愛らしいティーポットとカップ、色とりどりのデザートがぎっしりと並んでいた。
サラは私が選んであげたドレスを着ていた。淡い青緑色に刺繍がきちんと入ったもので、フリルは袖口にほんの少しだけ。
「本当に、変じゃない?」
サラが席につきながら、もう一度尋ねた。
「大丈夫。」
「ほんとに?」
「うん。」
サラはそこでようやく、安心したように微笑んだ。
「ようこそ、ブレア嬢。アッシュフォード嬢。」
今回の集まりの主催者である、ハリントン子爵令嬢が軽く挨拶をよこした。
「貴重な席にお招きいただき、ありがとうございます。」
私も礼儀正しく応じて、サラと並んで着席した。
ティーパーティーは、全体的に和やかな雰囲気だった。
男爵家や子爵家の令嬢が集まった小規模なティーパーティーで、鋭い政治的な駆け引きもなく、率直な談笑を交わす気楽な親睦の場だった。ほとんどは互いに慣れた様子で家門の近況を尋ね合っていたが、一部は初めて来たようで自己紹介をしていた。私は後者だった。
「はじめまして、ブレア嬢。アッシュフォード嬢からお話は伺っています。」
「ブレア嬢ですか? ああ、この前アッシュフォード嬢が言っていた……」
正確には、「サラ・アッシュフォードの友人」という立ち位置だった。
この体の持ち主は、サラ以外に友人がいなかったらしい。本当に、不幸中の幸いだった。
「そうそう、この子がそのイビーよ! ところでアレン嬢、弟さんはお元気?」
サラは格式張ることもなく、会話のルールに従うこともなかった。ただ、休むことなく談笑していた。私がいてもいなくても関係ないようだった。私には好都合だった。口を開かずとも、ほかの人たちを観察できるのだから。
最初の挨拶が一段落し、雰囲気が和らいできた頃、新たな人物が庭に入ってきた。
全員の視線がそちらへ向かった。そこには、きらめく銀色の髪を長く垂らした美人がいた。単純で抑制されたラインのドレス、はっきりした目鼻立ち、鮮明な眼差し。派手ではないのに、華やかだった。
「ベスだ。」
サラが私の腕をそっと掴んで囁いた。
「最近、社交界で一番の注目株なんだって。」
「ようこそ、バクスター嬢。」
主催者が席から半ば立ち上がった。招いた側が招かれた側を迎える姿勢にしては、少々過剰だった。
ベスは席につくと、自然に会話へ加わった。二言三言交わしただけで、場の中心がそちらへ移った。
慣れてるな。
私は観察しながら茶を飲んだ。
「今日のお茶菓子、素晴らしいですわね。特にこのシラバブ。少し前にモンタギュー公爵家で初めて教わったんですのよ。」
「モンタギュー公爵家に? まあ、そんなところまで出入りなさってるの?」
「アカデミーの頃に、少し縁がありまして。」
「ああ、あの首席卒業ですか? つい最近だとか。」
「運が良かっただけですわ。」
「運だなんて、ご謙遜を。」
「私もバクスター嬢のように、顔が広くて博識だったらいいのに。」
「そういう方、ここにいくらでもいらっしゃるじゃない。」
わはは。
私は笑うふりをしながら、その会話を一つずつ折り畳んでいった。バクスター子爵家。首席卒業、つい最近。公爵家に出入りする子爵令嬢。最近は政治のほうにも足を踏み入れたとか。
だが、実際に目に留まったのは、そういうことではなかった。
賛辞が向けられるたびに、あの人はそれをすぐさま返していた。運が良かっただけ、ここにもそういう人は多い、と。受け取った場所に、何も残さないやり方だった。それでいて、会話の方向はずっとあちらが決めていた。
賛辞はすべて返して、主導権だけを手にする。
『……慣れてる、なんてものじゃない。』
ベスを中心に始まった話題は、次第に最新の流行ファッション、街の噂、社交界の消息を経て、自然と皇室の話へと流れていった。
聞きかじったところによると、成年を控えた皇太女が、次期皇帝の職務を遂行中の状況だという。
『皇室の情勢は重要だ。覚えておこうか。』
誰かが皇太女の最近の動向を持ち出すと、みな目を輝かせて、一言ずつ添えた。
「この前、北部の貴族たちの紛争も、直々に仲裁なさったそうよ。」
「あの北部を? うちの父が言うには、あそこは何年も静かな日がないとか。」
「だからこそ、素晴らしいということでしょう。外交問題まで自らお手がけになるというのですから。」
「貴族法も少しお変えになるとか。なんて、ご聡明なのかしら。」
「それに、あの威厳ときたら。私、遠くから一度お見かけしたのだけど、眼帯をなさっていても——」
「——なさっているから、なおさら威厳がおありなのよ。」
「そうですわね。眼帯があんなにお似合いになる方も。」
「……。」
言葉の端が、どこかで一度、折り畳まれた。
折り畳まれた場所で、扇が一つ開かれた。そして、誰もその先を継がなかった。
『……似合う、で済ませられる代物ではないだろうに。』
私は茶碗を手に取りながら、その半拍を一緒に折り畳んだ。高貴な方の傷跡の話は、この界隈ではしてはいけない話らしかった。そういうのは、どの世界でも似たようなものだから、おかしなことではなかった。
「やっぱり皇太女殿下は、次期皇帝にふさわしくていらっしゃるわ。」
「ええ。殿下が即位なされば、国は盤石ですわ。あんな方が、すべて治めてくださるのですもの。」
みな、示し合わせたように頷いた。誰一人異論のない、完成された合意のようだった。
私は茶碗を置きながら、思わずつぶやいた。
「どうして何もかも、ご自分でなさるんだろう。」
一瞬、テーブルに静寂が流れた。
「……え?」
サラが目を丸くした。
「いや、素晴らしいのは確かなんだけど。」
私は肩をすくめた。
「一人で全部片づける必要は、ないんじゃないですか。下に有能な人たちがいるなら、任せればいいのに。」
「それは……次期皇帝だから、じゃない?」
サラが、当たり前のことを訊くの、という顔で答えた。ほかの令嬢たちも同じように頷いた。それが正解だとでも言うように。
私はその反応に特に同意はしなかったが、これ以上突っ込む雰囲気でもなかったので、肩をすくめて流した。
「そうなんだ。」
それで終わりだった。少なくとも、私にとっては。
話題はまた、皇太女の美徳のほうへ流れていった。
「皇太女殿下って、本当に完璧でいらっしゃらない? 立派な皇帝におなりになるわ。」
「ええ。非の打ちどころがなくて。」
私はデザートを一口かじりながら、もう一度口を開いた。
「完璧って、ちょっと危険じゃない?」
「……え?」
「みんなが完璧だと思って、誰も疑わなければ。そうしたら、何か間違いが起きても、誰も止められないでしょう。」
「イビー嬢、それはちょっと……」
誰かが戸惑ったように言葉を濁した。雰囲気が少し冷めるのを感じた。ああ、ちょっと無礼に聞こえたかな。
「はは、皇太女殿下を応援する気持ちが先走って、心配しすぎてしまったみたいです。」
私は慌てて付け加え、笑ってみせた。軽い冗談で流そうという意図だった。
雰囲気は、すぐにほぐれた。誰かが素早く話題を別の方へ移し、みなまた笑いながら喋りはじめた。
ただ、一人だけは違った。
ベスが私を見ていた。
微笑みでも、興味でもない——何かを見定めるような眼差しだった。短かった。本当に一瞬だった。視線が合うと、ベスはすぐにそれを収め、また自然に会話へ加わった。まるで何事もなかったかのように。
なんだろう。
私は特に気にも留めず、また茶を飲んだ。
皇太女殿下だけが、全部やらなきゃいけないのか? 権限も分散して、牽制も受けるべきだ。一人に多くを集めすぎたら、それが結局リスクじゃないのか——ただ、そんな考えが浮かんだだけだった。
口に出してから、私は自分がこういうことを知っているのだと気づいた。私が生きていた、どこかの世界での、ありふれた常識。一人がすべての権力を握ってはならないということ。牽制と均衡。権力の分散。
ここでは、違うようだけれど。
『これからは、口に気をつけなきゃ。』
本ばかり読んで、人とこういう話題で会話するのが初めてだったから、しくじってしまった。ただ、なんとなく漏らした独り言だったのに。
でもベスには、その言葉が、違う意味に聞こえたようだった。
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ティーパーティーが終わりに近づいた頃、ベスが席を立った。
「今日はハリントン嬢が、こんなに素敵な席を設けてくださって、本当に感謝しています。」
ハリントン子爵令嬢に向かって、軽く会釈をした。ハリントン嬢が満足そうに微笑んだ。
「それから。」
ベスが一同を見回して、言葉を継いだ。
「次は、私が皆さんをお招きして、おもてなしをしたいと思っていますの。」
令嬢たちの間に、小さなざわめきが起きた。
「ここにいらっしゃる皆さんに、近いうちにお手紙をお送りしますわ。」
一同を見渡していた視線が、私のところで止まった。
ちょっと。
思ったより長かった。
「楽しみにしていてくださいね。お聞かせしたい知らせも、ありますから。」
「どんな知らせかしら?」
誰かが好奇心いっぱいの声で尋ねた。ベスはただ微笑むだけで、それ以上は語らなかった。
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家へ帰る馬車の中で、サラはずっとご機嫌に喋りつづけた。
「ベスが私たちを招待してくれるって! すっごく楽しみ。」
「そうだね。」
「この前アシュリー嬢が、慈善会を開くってティーパーティーで発表したじゃない! 今度はベス姉さまが、何か大きな集まりでも開くんじゃない?」
「……。」
サラが絶え間なく喋りつづける間、私は窓の外を眺めて考えた。
確かめるように見た、ってことだ。
大した意味のない視線だったのかもしれない。ただ席を見回していて、偶然目が合っただけかもしれないし。
でも、確かに二度だった。
『ベス・バクスター。どんな人か、少し調べてみないと。』
もしかしたら、私が望もうと望むまいと、縁ができるかもしれない——そんな予感がした。
それはそうと、私は目の前のサラを見やった。
「サラ、私たちって親友だよね?」
「え? 当たり前でしょ! メガ・ベストフレンド!」
「いつから?」
「もう大昔から!」
「私、何か変わったところ、ない?」
イビーの親友だったなら、今の私が別人だと気づくかもしれない。
「変わったところ? うーん……」
私はサラの答えを、辛抱強く待った。だが、返ってきた答えは意外だった。
「よく分かんない!」
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「ここ数日、お嬢様、本当にずいぶん変わられましたね。」
メリーが言った。髪を切ってほしいと頼んで、鏡台の前に座って待っていたときだった。
「私が変わった? どんなふうに?」
私はどきりとして訊き返した。サラの言葉に安心したわけでは、なかったのに。
「前より、活気が出てこられたようで。もちろん、いい意味でですよ!」
「そうかな?」
「ごはんもよく召し上がって、健康的で明るく見えて、嬉しいです。」
鏡に映るメリーは、心から安堵した表情だった。
「それにしても、本気ですか? これまで一生懸命伸ばしてこられたじゃないですか。」
確かに、イビーの髪はよく手入れされていた。栄養補給には不真面目で、筋肉も肌もぱさぱさに放っておいたくせに、髪の手入れだけは熱心だったらしい。
「そうなんだけど、不便で鬱陶しくて耐えられないの。いっそ、肩の上まで短く切って。」
「……。」
メリーは私の髪を一房掴んだまま、動かなくなった。
「……?」
「……できません。」
「え?」
「できませんっ!!!」
えええ?
「これまで、どれだけ一生懸命お手入れしてきたと! 何事にもやる気のなかったイビー様も、髪のお手入れだけは本気でいらっしゃったじゃないですか!」
「落ち着いてメリー、髪の毛なだけよ。」
「うっ! こういうところが、変わられたって言うんです! 元気を出されたのはいいですけど……これまでは男爵様の言うこともよく聞いて……私たち、仲良かったじゃないですか〜!」
メリーは、今にも泣き出しそうだった。
『私もこの世界に慣れるのに苦労してるけど、あなたも私に慣れるのに苦労してたんだな。』
私は、はぁ、とため息をついて、鋏を奪い取った。やることは、やらないと。
「そんなにもたもたしてると……えいっ!」
ざく、ざく。
私は思い切って、髪を切り落とした。
長い髪がふわりと舞う中、メリーが絶叫した。
「だめえええ!」




