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目の前に立っていたのは、闇の中でも明るく見えるほど陽の光を宿した金色の髪に、白い肌が幼さを引き立てる、整った顔立ちの少年だった。
「君、誰?」
私が尋ねると、少年は抑揚のない声で答えた。
「……それ、僕が先に訊こうと思ってたんだけど。」
答えになっていない。
「でも、先に訊いたのは私だよ。」
「そうだね。」
……変な子だ。
少年の答えをしばらく待ってみたが、返ってこなかった。
私はそれを拒否と受け取って、次の問いを投げた。
「それで。」
「ん?」
「『また来たね』って、どういう意味?」
少年は少し口を閉ざしてから、私を指さした。
「本当に毎日来てるよね。」
「何を?」
「運動。」
「……」
「雨の日も来てたし。」
「どうして知ってるの?」
「見てたから。」
「ずっと見てたの?」
「うん。」
ずっと見られていた、ということか。
「なんで?」
少年は少し考えた。
「死にに来てるのかと思ってたんだ。」
「……え?」
「最初に見たとき。」
彼は私の顔をじっと見つめて言った。
「すごく顔色悪かったし。」
「……」
「目も変だったし。」
「目が?」
「うん。ここにいない人みたいだった。」
しばらく沈黙が流れた。
私は彼を見る。少年も私を見ている。
先に視線を逸らしたのは、少年のほうだった。
「でも、違ったんだ。」
「何が?」
「本当に、運動してただけだった。」
「……」
「毎日。」
人を前にしているのに独り言でもつぶやくように、少年はひとりで考えながら、ぽつり、ぽつりと言葉を続けた。
「なるほど。今まで私を観察してたってことは分かった。」
私は腕を組む。
「じゃあ、君はここで何してるの?」
「僕は……」
少年が口を開きかけた、そのとき。
「ニャー。」
猫が不満そうに鳴いた。
鼻先で挨拶までしてくれたのに、自分には構わず人間同士で話し込んでいるので、拗ねているに違いなかった。
猫は少年のもとへ歩み寄ると、慣れた様子で足に体をすり寄せた。すると少年も、ごく自然な手つきで猫の頭を撫でた。
「仲がいいんだ。」
「うん。」
「猫、好きなんだね。」
少年は猫の顎を優しく掻きながら、ぽつりとつぶやいた。
「……この子は、僕のこと好きだから。」
「そうなの?」
「人は……あんまりだけど。」
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あの不思議な少年と出会ってから、数日が経った。
名乗りもせずに帰ってしまったので、もう会うつもりはないのだと思っていた。ところが。その少年は翌日も、その次の日も公園に現れた。
一緒にいるからといって、会話をするわけでも、何かを一緒にするわけでもない。
ただ同じ場所で、それぞれ自分のすることをするだけ。私は運動をして、あの子は猫の世話をする。
それでも今朝は、会話らしきものを交わした。
「猫の名前は?」「……お月。」
コンコン。
私の回想を破るノックの音が聞こえた。
「どうしたの?」
ドアに向かって尋ねると、メリーの声が返ってきた。
「あの、今サラお嬢様が……あっ、お嬢様、ちょっと……!」
「イビー! 来たよー!」
扉が勢いよく開き、赤い髪が視界に飛び込んできた。あまりに派手に押し入ってきたせいで、手に持っていたティーカップに波紋が立った。
『誰だろう。』
赤い髪の向こうに、困り顔のメリーが見えた。
彼女は私とメリーの視線などまるで気に留めず、部屋を横切ると、ベッドにどさっと腰を下ろして、ぺらぺらと喋りはじめた。
「私たち、明日のティーパーティー行く話しに来たんだ〜」
「ティーパーティー?」
「え?」
少女が目をぱちくりさせた。
「まさか、忘れちゃったの?」
当然のように訊かれたが、困った。
私には心当たりがない。
きっと、私の記憶が届く過去より前に交わされた約束なのだろう。何も知らないまま社交の場に出るのは危険かもしれない。うーん、どうしよう。
「今もお茶を飲んでるのに、ティーパーティーって行かなきゃだめ?」
「えっ? それとこれとは別でしょ!」
少女は頬をぷうっと膨らませた。
「一緒に行こうって手紙まで送ったのに! なんで返事くれなかったの? すっごく待ってたんだから!」
鮮やかな黄金色の瞳が私を見つめた。
燃えるように赤い巻き毛、そばかす、少しつり上がった目元。初めて見る顔で、初めて聞く声なのに、不思議と馴染みがあって、長い付き合いなのだと肌で感じられた。
「えっと、うーん……ごめん?」
「わっ! 今、私に謝った!? きゃははは〜! ズッ友同士はそんなことで謝らないよ! ……たぶん!?」
少女はけらけら笑いながら、その場で足をばたばたさせた。
「でも返事はあとででも絶対してよね? ていうか、明日着るドレスは決めた?」
「あ……ティーパーティー……ドレス。」
少女の声と同じくらいぽんぽん飛ぶ話題に、どうにかついていっているうちに、彼女は突然立ち上がって、私のクローゼットへずんずん近づいていった。
「服は買った? お父さんにおねだりしなさいって言ったでしょ!」
止める間もなく、クローゼットの扉が勢いよく開かれた。
「あれ……?」
……
…………
………………
空っぽだった。
正確には、似たような色のドレスが数着あるだけ。
黒、濃い灰色、紺色。
以上。
示し合わせたような沈黙が流れた。
「……イビー。」
「ん?」
「あなた、お葬式にでも行くの?」
私はもう一度クローゼットを見た。
……どうにも反論できない状態の、見事に空っぽなクローゼットを。
サラは両手で顔を覆った。
「ちょっと、どうして年頃の女の子のクローゼットがこんなことになってるの!?」
うん。これはさすがに、イビーに弁解の余地はない。どうりでメリーがいつも同じような服ばかり着せてくるわけだ。
私はサラの言葉に共感して頷いた。
「だめだよ。うちに来て。私のを貸してあげる。」
サラは目を輝かせ、決意したように言った。突然の提案だった。
「今から?」
「今から!」
私は少し迷ったが、長くは悩まなかった。
「いいよ。行こう。」
「やったー! きゃははは!」
今のイビーは、狭く閉ざされた世界に生きている。このまま家の中だけで過ごしていては、何の変化もないまま、固定された日常をぐるぐる回るだけだ。
もちろん、危険はある。
イビーを知る人たちに会えば、誰かに私の違和感を見抜かれる恐れがある。
けれど、それ以上に切実に、外との関わりが必要だった。
「あ、あの、お嬢様……外出は、男爵様がお許しにならないかと……」
「ちょっと友達の家に行くだけだよ。それくらいなら平気じゃない?」
私の外出宣言に、メリーは必要以上に慌てた様子だったが、その困り顔を後にして、私はサラについて部屋を出た。
---
サラは上機嫌で私の手を引き、自分のドレスルームへ連れて行った。そこは三方の壁いっぱいに、色とりどりの服が詰まっていた。
『イビーの家よりは、確かに裕福そうだな。』
私が見回している間に、サラは自分のドレスをがさがさと漁り、一着を選んで私に差し出した。
「イビー、これ見て!」
フリルが三段。リボンも五つ。袖にまでフリルが付いていた。
「どう、イビーにぴったりでしょ!」
サラが両目を輝かせ、本気で勧めてきた。
装飾の華やかさが頂点に達すると、今度は逆に、シンプルな衣装が注目を集めるようになる。過度な装飾は私の好みではないうえに、流行としても過ぎている。
おそらくその流行の変曲点で、サラは引き返すことなく、より多くの装飾を求める極端な狂気へと突き進んでいるようだった。
それでも私に勧めてきたドレスは、まだ控えめに派手なほうだった。
「これ、私が本当に気に入ってるやつなんだけど、特別に一日だけ貸してあげる!」
別に構わなかった。どうせ今回のティーパーティーで私がするのは、見学くらいのものだ。でも――
「だって私たち、ズッ友だから!」
サラはやたらと張り切っていた。
「今、一回着てみて!」
「……今?」
「着てみないと、本当に似合うか分からないでしょ!」
正直、面倒だった。けれど、こんなに期待に満ちたサラの顔を無視するのは難しい。
大事なドレスまで貸してくれるというのだから、少しくらいは付き合ってあげるべきか。
私は頷いてみせてから、サラに尋ねた。
「あなたは明日、何を着ていくの?」
「私はこれ!」
サラがじゃーんと自分のドレスを取り出した瞬間、光がきらりと弾けた。華やかな真っ赤な原色の生地、フリルとリボンが幾重にも重なっているところまでは目をつぶるとしても、ドレス全体に容赦なくちりばめられたラメだけは、どうしても見過ごせなかった。
「……冗談、だよね?」
「冗談? 何が?」
「……」
私は額を押さえた。好きな服を着るのは自由だが、ティーパーティーで目立って良いことはない。それも、悪い意味で。
「サラ、もしよかったら、あなたのドレスは私が選んでもいい?」
「えぇ? 私のドレスをイビーが?」
「私のを貸してくれたお礼に、お返しってことで。」
「でも、私はこれが好きなんだけど……」
角度が変わるたびにぎらぎら光るドレスの裾をぎゅっと握りしめて、サラが言った。本気のようだった。
私はサラが喜びそうなキーワードを、じっくり考えてみた。
「ズッ友はね、お互いが選んであげたドレスを着てティーパーティーに行くんだって。」
ぴくっ。
「最近は、お互いの服を選び合うのが、ズッ友同士の最新の流行らしいよ。」
ぴくっ。
「ティーパーティーで、二人で選び合ったんだよって自慢もできるかもしれないし。」
「ほんと?」
サラがそろっと訊いてきた。
計画どおり。
「……あなたが嫌なら、無理にとは言わないけど。」
「いやぁ〜、嫌ってわけじゃ、ないんだけど……」
サラはうんうん唸りながら悩んだ末、結局、私に選択権を譲ってくれた。
こうして私は、憑依して以来最大の難題――『サラのフリルの山から、まともなドレスを発掘する』に取りかかった。




