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継承確定の通知は、裁判の四日後に来た。
赤い印章、内務省の紋章。ブレア男爵位は正当な継承権者イビー・ブレアに帰属し、屋敷と商団の爵位名義の持分も併せて移転する、という内容だった。
イビー・ブレア男爵の誕生だった。
社交界がしばらく騒がしくなるだろうが、知ったことではない。
「メリー」
通知書をたたみながら、私は最初の人事発令を言い渡した。
「今日付で正式雇用よ。雇い主は私。給金は今の倍」
「……倍、ですか?」
「弟妹が三人いるでしょ」
メリーは口を開いて、閉じて、結局エプロンの裾をぎゅっと握り、泣きそうな顔で笑った。
「本当にありがとうございます、男爵様」
屋敷はすぐに静かになった。男爵の息のかかった使用人が何人か出ていき、残った者たちは察しが早かった。食卓は相変わらず立派だった——料理人は残ったのだから。
違う点があるとすれば、もうこの家の料理が誰のことも狙っていない、ということくらい。
空き家のようだった屋敷に、初めて主人が住みはじめた。
そして帳簿には、まだ閉じられていない項目が残っていた。
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あの人間は白い家へ這い込んでいった。
爵位も、屋敷も、商団の半分も失ったが、法の手が届かない懐は残っていた。二つ目の所帯名義の不動産。個人持分の商団資金。数年分の夜商いの隠し分。
裁判の翌日からあの人間が港の裏路地の白い家に居座っていることは、三日目の夜の尾行で確かめた。
四日目の夜、私はその家の前の路地に立っていた。
四十前後の男。陽に焼けていない顔、低くざらついた声。
認識阻害の精度が上がったおかげだった。港で暴走寸前まで行ったあの日以来、マナの器が広がり、今では特定の人相まで作り出せるようになっていた。
怒りは良い師ではないが、払った授業料の分だけは教えてくれる。
そのとき、家の中から皿の割れる音がした。
がしゃん。
続いてもう一つ。
「……私の前でも暴力的だったんだ。あの家だって変わるものか」
舌打ちして塀にもたれた。
ほどなく扉が勢いよく開いた。追われるように飛び出してきた男爵の後ろから、何かが飛んできて戸枠にぶつかり粉々になった。
男爵だった男は悪態をつくと、慣れた足取りで路地の下のほうの酒場へ向かった。
財布は失っても酒代は残るものだ。
私は近道をして彼を追い越した。
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酒場は港の労働者が出入りする安い店だった。
隅の席に座り、半分空いた杯を前に置いた。
男爵が入ってきて強い酒を注文した。一杯目を空け、二杯目を空けた。三杯目の杯を握る手が少しずつ震えた。
四杯目が出てきたとき、私は彼の向かいに座った。
「……何だ」
「ブレア商団の」
一拍置いた。
「……いや、前商団主、になるのかな」
男爵の充血した目に警戒が浮かんだ。
「誰だ、あんた」
「夜に物が回るほうの人間だ。名前は互いになしにしよう。この界隈の礼儀でね」
「……」
「裁判の話は聞いた。気の毒なことで」
「嘲りに来たのなら失せろ」
「嘲りに来たのなら酒をおごるかね」
私は手を上げて二杯頼んだ。
男爵は断らなかった。
「昼の法があんたを食い尽くしたのは、昼の人間の事情だ」
杯を彼の前へ押しやった。
「夜は計算法が違う。爵位なんぞ見ない。元手と、物を回せる目。その二つだけを見る」
「……」
「東方から来た品を二束三文で掻き集めて十倍にしていた腕。この界隈で買っている者は少なくない。その目まで法廷が没収したわけじゃないだろう」
男爵の手が止まった。
杯を下ろしもせずに私を見つめた。
「……何の話がしたいんだ」
「組合の話だ」
声を低くした。
「夜間流通を一手に集める組合がある。検問に引っかからない船路、官に手の届く倉庫、場所の良い販路まで。外から元手だけ出して利を受け取る席がいくつかある」
「……匿名での投資ということか」
「察しがいいな。さすがだ」
男爵はしばらく黙っていた。
杯を傾ける代わりに、指で縁をこすった。
「……利は」
来た。
「季節ごとに元本の三割。今入ってくる元手には手厚く見てやる」
「三割……」
男爵が低く繰り返した。
彼の目が変わっていた。
法廷で消えた火が、また点きはじめていた。
「……なぜ私だ。元手を出す奴など掃いて捨てるほどいるだろう」
「言っただろう。夜は目を買うと」
私は杯を空けて立ち上がった。
「元手に目まで付いた金主は貴重でね。その気があれば五日後、この席、同じ時刻に」
男爵を上から下まで眺めた。
「掻き集められるものは全部掻き集めてこい。席は一つで、後ろに並んでいる者は多いのでね」
男爵は答えなかった。
だが杯を握る手は、もう震えていなかった。
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酒場を出て三つ路地を過ぎたあと、私は阻害を解いた。
夜の空気がフードの中へ染みてきた。
五日後、あの人間は隠した財産を掻き集めてくるだろう。爵位と商団を失った人間に残された最後の機会だと信じながら。
嘘はついていない。
組合は実在する。検問に引っかからない船路も、官に届く手もある。三割の利も、おそらく本当だろう。
言わなかったことが一つあるだけだ。
とある詰所の机の上で、その組合の名が記された書類の束が日に日に厚くなっているということ。
夜は爵位を見ない。
夜は誰にも容赦しない。
それが夜の計算法だ。
取り立ては、始まった。




