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夜の港は講義で聞いたとおりだった。


税関の旗が下ろされ、灯りが一つ、また一つと消え、昼の規則正しかった掛け声が消えた場所に、別の音

が滲み込んできた。低い話し声。布で包まれた車輪の音。櫂を漕いでいるのに、奇妙なほど静かな水の

音。


私たちは昼と同じ場所、ロープの束の物陰にまた身を潜めていた。夕食に硬いパンを分け合って凌いだと

ころだった。アンは不平ひとつ言わなかった。ただ、闇が濃くなるほど目がどんどん静かに沈んでいっ

て、隣にいるのが猫なのか人なのか分からなくなるほどだった。


真夜中が近づく頃、船が入ってきた。


帆を半分下ろした小さな貨物船だった。灯りも最小限だけ点けたまま、ブレア商団の倉庫前の埠頭に滑る

ように着けた。どこからか人夫たちが現れた。昼の人夫たちとは歩き方から違った。急いでいるのに音の

ない歩き方。


倉庫の扉が開き、荷降ろしが始まった。


「……木箱」


アンが囁いた。


「昼と同じ」


当たりだった。大きさの揃った、藁のはみ出た木箱。昼に男爵が満足げに数えていたものと同じ種類だっ

た。違う点は一つ。昼の木箱は倉庫から出てきて、今のこれは倉庫へ入っていっている。


入ってきたものを洗って出す。商売の構造が半分ほど見えた。


残りの半分は、人夫たちの口が埋めてくれた。


「……またあれかよ」


木箱を受け取ろうとしていた若い人夫が、ためらうのが見えた。隣の年老いた人夫が低く応じた。


「あれだな」


「あー、ほんとに。俺これ触りたくないんだって。縁起でもねえ」


「手袋してるだろ」


「手袋の問題じゃなくて――」


「口を動かしたら賃金はないぞ」


作業長らしき大男が唸り、若い人夫は口をつぐんだ。だが木箱の一つが傾いて角が地面を打ったとき、木

の隙間から藁と一緒にこぼれ落ちたものが、灯りの下で一瞬あらわになった。


白い磁器だった。


ティーポット。カップ。受け皿。傷ひとつなく滑らかで、釉薬が灯りを受けて脂のように照る――茶器だ

った。


「無事じゃないか」


若い人夫が拾おうとして、手を引っ込めた。


「作業長が拾ってくださいよ。俺は呪われた器には手を出しません」


「呪いだの何だの、くだらん」


作業長は唾を吐いて、自分で茶器を拾い集めた。


「東方から出た品が二束三文で入ってきて、十倍で出ていくんだ。これほどの福の神がどこにある」


「福なもんですか。うちの従姉がその茶器を使う家で女中奉公してたんですけど。その家の連中がみんな

揃ってじわじわと――」


「ああ、また始まった」


「本当ですって。手足が痺れて、腹がねじれて、顔が青ざめて。しまいには歯茎にうっすらと――」


『歯茎に。うっすらと』


その瞬間から、人夫たちの声が水の中で聞くように遠のいた。


鏡の前の朝が浮かんだ。唇をめくって覗き込んだ歯茎。その上に引かれていた青みがかった線。この体が

何年もかけて少しずつ、少しずつ飲んできたものの痕跡。


呪われた茶器。


東方のどこかの窯。釉薬に何かが誤って入ったのだろう。いや、誤りではなく、もともとそう焼く場所な

のだろう。つやつやと、安く、綺麗に。その器に熱い茶を注げば、釉薬の中のそれがほんの少しずつ茶に

溶け出す。使う人間はじわじわと患う。医者は病名を見つけられない。鑑定所は毒を見つけられない。こ

の世界にはそれの名前がないから。


だから人はそれを呪いと呼ぶ。


私は名前を知っている。


鉛だ。


呪いの噂がついた窯の品は二束三文になる。ブレア商団はそれを掻き集める。夜に運び入れて、商標を付

け替え、包装を変えて、十倍の値で出す。買う貴族たちは知らない。噂は窯についたものであって、この

滑らかな新品についたものではないのだから。


見事な商売だ。感嘆が出るほどに。そしてあの人間は――


あの人間は、その二束三文の木箱を開けて、いちばん綺麗なやつを一つ選んで、娘の部屋に置いたのだ。


良い器で飲んでこそ、薬もよく効くというものだ。


「——ヴァン」


体が熱かった。


頭では分かっていた。これは新しい情報ではない。仮説はとっくに立てていて、今日は確認しに来ただけ

だ。驚くことじゃない。それなのに体が言うことをきかなかった。心臓が耳の裏で打ち、目の奥が熱く、

喉に熱いものがせり上がってきて――思春期の体はまたしても、魂の許可を取らずに先に動いた。


我に返ってみると、私はロープの束から半分ほど身を起こしていた。


何をしようと? 分からない。行ってあの木箱を全部ひっくり返そうと? 倉庫に火をつけようと? 計画な

し。計算なし。ただ体があっちへ行くと言って――


「エヴァン」


アンが私の腕を掴んで引き下ろした。だが一歩遅かった。


「そこ、誰だ!」


灯りがこちらへ向き直った。


光の円がロープの束を舐めた。私たちは木箱の裏へ転がり込んだが、砂利の転がる音までは隠せなかっ

た。


「鼠か?」


「鼠があんなにでかいか? 見てこい」


足音が近づいてきた。一つ。重たい一つ。


息を殺した。認識歪曲を張るには遅い。魔法は準備が要るのに相手は五歩先で、跳躍で飛べばこの闇でも

方向は割れる。くそ。私のせいだ。何百年生きても体ひとつ抑えられなくて――


大男が木箱の角を回った。灯りが私を正面から照らした。


「捕まえ――」


伸びてくる手を見たところまでは覚えている。


次の瞬間、その手首がおかしな角度に折れ曲がっていた。


アンだった。いつ私の前に出たのかも見えなかった。彼は大男の伸ばした腕を両手で受け、手首を外へ捻

りながら肘を下から打ち上げた。無駄が一つもない動作だった。大男がぐっ、と声を漏らして前のめりに

崩れると、アンはその膝裏を正確に踏んで座り込ませ、灯りを蹴って消した。


闇。そして静寂。


「走って」


アンが言い、私たちは走った。


背後で怒鳴り声が上がった。呼子の音。だが闇はもう私たちの味方だった。路地の地図は私の頭の中にあ

り、アンは昼のうちに三方向の逃走路を見ておいた。私たちはそのうちの二つ目、魚市場のほうへ折れ

た。馴染みの匂いが出迎えてくれた。


空の魚箱の山の裏に潜り込んで、追跡の足音が見当違いの方向へ遠ざかっていくのを全部聞き終えてか

ら、私は息を切らしながら隣を見た。


「……あんた」


「うん」


「今のあれ何」


「……護身術」


「護身術じゃなくて制圧術だったけど。それも本で読んだの?」


「……うん」


「何の本」


「……分厚い本」


嘘が上達しないやつだった。あれは本からじゃなく人から、それもよほど良い師から、幼い頃に体に刻み

込まれた動きだ。何度かの生で見たことがある。武家の子どもが歩き方の次に習うもの。


だが詮索しなかった。決まりだから。それに――


「……ありがと。さっき」


「うん」


「私が失敗した。体が先に出た」


アンはしばらく私を見てから、首を振った。


「失敗じゃない」


「……」


「怒るのが、普通だよ」


とぎれとぎれに、けれどきっぱりと。アンはそう言ってフードをかぶり直した。私は何か言い返そうとし

て、やめた。喉の熱いものがまだ下りていなくて、口を開けたら変な声が出そうだった。


私は大丈夫になるまで気持ちを整えて、アンは静かに私の隣を守ってくれた。


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