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「茶葉の分析結果が出た」


「もうですか?」


「結論から言おう」


ヘンリーが淡々と言った。


「ごく普通の茶葉だ」


「……」


「……本当ですか?」


「信じてない顔だな」


「当然でしょう」


私は眉をひそめた。


「一日でちゃんと調べたって、本当ですか?」


ヘンリーは呆れたように笑うと、指を一本ずつ折りながら言った。


「王都で一番大きい茶の商団。茶の製造職人。毒物鑑定。それぞれ別々に確認した」


「……え?」


「流通経路も追ったし、製造工程も確認したし、毒物反応も全部見た。結論は同じだ」


彼は少し言葉を止めた。


「この茶そのものには、異常がない」


私はしばらく言葉を失った。


「……それを一日で?」


「有能な新人が入ったんでな」


ヘンリーがくすっと笑った。


「これくらいはやってやらないとな」


私はヘンリーをあらためて見た。思ったよりずっと大物だ。


じゃあ……茶じゃないってこと?


いや。まだ諦めるには早い。


「もしかして」


「うん?」


「重金属反応は見ましたか?」


ヘンリーの表情が微妙に変わった。


「重金属?」


「……」


「それは何だ?」


一瞬、頭の中が止まった。


知らない。


メリーもそうだった。そして今、一日で王都の鑑定の専門家を三人も動員したこの男も知らない。


この世界には――重金属という概念そのものがない。


鉛がないのではない。鉛を「毒」に分類する知識がないのだ。毒物鑑定がどれだけ正確でも、検査項目にない毒は検出されない。


だから「異常なし」が出たんだ。


背筋がひやりとした。これは思っていたよりずっと厄介な問題だった。この世界の誰に訊いても答えの出ない毒。知っているのが私一人だけの毒。


「なんでそんな顔をしてる?」


「……なんでもありません」


ヘンリーはしばらく私を見ていたが、それ以上問い詰めず、話を続けた。


「流通経路のことだが」


「どうだったんですか?」


「大手の商団ではなかったな。民間の貿易商が一つ、扱っている品だった」


「誰なんですか?」


ヘンリーが私を見た。


「ブレア商団だ」


結局、巡り巡って男爵だ。


なのに茶葉には問題がない。そしてこの世界は重金属を知らない。


心証は積み上がるのに、物証への道が一つずつ断たれていく。茶でないなら、いったいどこから。表情をゆがめて眉間をぐっと押さえていると、ヘンリーが声をかけてきた。


「考えていることを話してくれれば、悩みは一緒に考えてやれるんだが」


「今日の任務でも教えてくださいよ」


私が断ると、ヘンリーは肩をすくめた。


「今日やることは巡回だ」


「楽ですね」


「特別な事件がなければ、この先も同じだ」


巡回は順調だった。


前々から思っていたが、夜の商店街は驚くほど栄えていた。


「治安がいいですね」


「だろう?」


「夜にこうやって、人が安心して出歩けるのは、そう簡単なことじゃないのに」


「王都の自慢でな」


ヘンリーは騎士団の一員として誇らしいのか、私の評価に気を良くしているようだった。


食堂が建物の中にある旅籠もあったが、いっそ路上にテーブルを出して酒を売る店が多かった。酔客たちのわはは、という笑い声があちこちから聞こえた。遠くのほうでは、ろれつの回らない声で酔っ払い二人が喧嘩を始めたが、治安隊の隊員が一人、すぐさま制止した。


大柄な傭兵たち、仕事を終えた中年たち、若い男女。みな性別の区別なく、夜の文化を楽しんでいた。


私は彼らを見た。


笑い、騒いでいるあの人たちは、ここで生まれ、ここにぴったり合うように育って、この世界が必要とする場所に、正確にはめ込まれている。


私とは、違って。


「巡回はこれで終わりだ」


ヘンリーの声に、物思いが途切れた。


「いいものを見せてもらいました」


「これからもこんな調子でやる」


私の肩をぽんぽんと叩く彼は、まったくもって、すっかり上司気取りだった。


*自分が何様のつもりで上司ぶってるのよ。*


ふと反発心が頭をもたげたが、


いい交渉のアイデアが浮かんだ。


「私を雇うんなら、給料は出ないんですか?」


ヘンリーが足を止めた。そして、意外にもあっさりした返事が返ってきた。


「ふむ。一理あるな。有能な人材を無給で使うわけにはいかんか」


内心で快哉を叫んだ。


「それで、いくら欲しい?」


「え?」


年俸交渉。しかし私はこの国の貨幣の単位を知らない。銀貨が何枚で大金なのか、食事一回がいくらなのか。何も。


金額を口にした瞬間、おかしな人間になる。安く言いすぎれば馬鹿だし、高く言いすぎれば怪しい。


「うーん……その……」


私は素早く頭を回してから、妙案をひねり出した。


「ごはん。ごはんを奢ってください」


「ごはん?」


ヘンリーが目をぱちくりさせた。


「たったそれっぽっちでいいのか?」


たったとは。これは給料であり命綱だ。この家の外で調達する安全な食事。これなら少なくとも、屋敷で口に入れる量を減らせる。


「始まりはそうだって話です。私が手柄を立てたら、新しい給料はそのとき交渉しましょう」


「……面白い交渉人だな。いい」


「あ、それと衣装はこのままでいいですか?」


「お前は正式な雇い人じゃないから、今みたいなお忍びの形でいい。たいていのことは騎士が先に片づけるから、どうしても必要な状況でなければ、出しゃばらなくていい」


そうして私は、給料としてごはんをもらう、騎士団の非公式な助手になった。


その後、真面目な日々が繰り返された。


昼のうちにできるだけ多く眠り、日が沈めば巡回に出て軽犯罪を報告し、任務の前後にはヘンリーが奢ってくれるごはんをしっかり食べた。仕事が終われば、明け方に体力訓練。走り込みとストレッチで基礎を固めたので、今度は腕立て伏せ、腹筋、スクワットといった筋力トレーニングも並行した。アンにばれたついでに、明け方の瞑想とマナの運用も欠かさず。


さあ、いよいよ本格的に力をつける番だった。

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