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「依頼、俺が代わりに調べてやると言ってるんだ。」
「……それ、可能なんですか?」
「騎士団の情報網は、その辺の裏路地の依頼所よりはマシだからな。」
ちらっと聞いたときは、心が動いた。だが、私が知りたいのは、人の裏を探ること——ベスと男爵の身辺調査だった。
なのに、ヘンリーに頼む?
『だめ。これは、別の問題だ。』
依頼所は匿名だった。誰が依頼したか、どこの家門の話か、気にしない。金さえ受け取れば、それで終わり。
だが、ヘンリーは違った。騎士団、それも、直属の部下を使う立場。私が特定の人物の情報を調べていけば、自然と、私の正体に行き着くだろう。そして、私が情報を探っているという事実そのものからも、私と相手の間に何らかの事情がある、という前提を得るだろうし、状況によっては、さらに多くの推理へとつながっていくはずだ。
私は、この人間が誰かも知らない。
貴族社会で、どんな立場にいるのか。どの家門と近く、どの家門と対立しているのか。皇室のほうへの伝手は、また、どれほど届いているのか。何も知らないまま、ほいほい任せるというのは——
弱みを、握らせるのと同じだ。
かといって、このまま手を引けば、私が依頼しようとしたものが、不純な目的だったのかもしれない、と疑われるだろう。それに、私にとっても、あまりに惜しい損失でもあった。依頼所も失い、信任も失うのは。
だから、私が任せるのにちょうどいい依頼を、一つ。
「……ダメ元ですが、お願いを一つ。」
「言え。」
「お茶です。」
ヘンリーの眉が、わずかに上がった。
「茶?」
「誰かが送ってくる茶葉なんですけど、成分が疑わしくて。何が入っているかだけ、調べてください。」
わざと、誰から受け取った茶かは言わなかった。ヘンリーも、それ以上は問い詰めなかった。意外だった。
「それだけか?」
「はい。」
「ビールを一杯頼むより、味気ないな。」
「何を期待してたんですか。」
「殺人、呪い、反逆——そんなところだ。」
「……違いますってば。」
たぶん。
……どうか、違ってくれ。
「持ってこい。」
「今ですか?」
「持っているんだろう。」
家に帰って、取ってこなければならなかった。メリーが集めておいた、小さな瓶。幸い、よく保存された分量が、少しは溜まった茶だった。
「明日、同じ時間に。」
「そうしよう。」
ヘンリーは、それ以上何も言わず、身を翻した。路地の奥へ遠ざかる背中を見ながら、私は思った。
うまく進めば、むしろ、いい機会になるだろう、と。
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翌日の朝。
「お嬢様、洗顔用のお水をお持ちしました。」
メリーが水盤を鏡台に置いた。私は眠い目をこすりながら、水に手を浸して顔をこすった。
冷たい感覚に、少し頭が冴えた。手拭いで水気を拭いながら、鏡台の前で顔を確かめていると、鏡に映った自分の口元が、目に入った。
「……?」
唇を少し開いて、鏡に顔を近づけた。
歯茎。正確には、歯茎と歯が接する線。
かすかな青灰色の線が、すっと引かれていた。
心臓が、一拍遅れて打った。
これ……鉛線じゃないか。
前世のどこかの記憶が、割り込んできた。医学書だったか、誰かの講義だったかは分からないが——確かに、見たことのある症状だ。慢性の重金属中毒、その中でも、鉛。歯茎と歯の境界に生じる、青みがかった線。
確信が持てると、背筋が冷たくなった。
「……メリー。」
「はい?」
私はずかずかと歩いていって、わけが分からないという顔のメリーの前に、向かい合って立った。
そして、笑った。
「にぃ〜」
「??」
「にぃ〜!」
たらたらと、メリーは汗を流した。
「にぃ!!」
私がだんだん大げさに表情をつくると、メリーも仕方なく、笑い返してくれた。
「にぃ……?」
「そこ!!」
メリーが歯を見せた瞬間を逃さず、目をかっと見開いた。
「な……何事ですか?」
「メリー、歯! 歯!」
「はい?」
メリーは私が急かすと、仕方なく「いー」と歯を見せてくれた。
見間違いではなかった。メリーには、鉛線がなかった。
「メリー、私の歯、見てくれる? 歯茎と歯が接するところ。」
今度は、メリーに、私が歯を見せた。
「あら? 灰白色の線みたいなのが、ありますね? 私も、そうなんでしょうか?」
「いや、あなたにはない。これは、重金属が体内に溜まって現れる、中毒の症状なの。」
「え? それは、どういう意味ですか……」
「中毒。毒が、じわじわ溜まった印よ。」
メリーの顔が、真っ青になった。
「そ、それじゃあ……」
そうだ。一緒に生活する使用人は何ともないのに、私だけこの症状が発症するのは、本当に、おかしな現象だった。
じわじわ摂取している重金属、これが単なる不運なのか、意図された悪意なのか、もっと見守る必要があった。
「使用人じゃなくて、私だけが摂取しているもの。それが、何か。」
どう考えても、茶が有力だった。
……だが、確信はできない。食事をしないわけにはいかないし。口にするものすら、私にはどうする術もない。無力感を覚えた。
私には、一人で生きられる力が、切実に必要だった。それまでは、私を助けてくれる人手が。
今の私は、あまりにも
無力だった。




