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約束の場所は、この前と同じ路地の入り口だった。フードを目深にかぶって近づくと、ヘンリーが壁にもたれて立っていた。


「来たな。」


「来なきゃ指が飛ぶんですから、来ないわけにいかないでしょう。」


「もっともだ。」


ヘンリーがふっと笑って、体を起こした。それから、ふと思い出したように訊いた。


「そういえば、お前の名前もまだ聞いていなかったな。」


「偽名でもよければ。」


「構わない。」


しばらく考えるふりをしてから、口を開いた。


「エヴァン。」


「エヴァン。」


ヘンリーはその名を一度、噛みしめるように口にしてから、頷いた。


「いい。」


「今日の仕事は何ですか。」


私が話題を変えると、ヘンリーが通りの一方を、顎で指し示した。行き交う人の中に、ごく普通に紛れて歩く男が見えた。


「あいつを捕まえろ。」


「なぜ?」


「理由は訊くな。」


「……。」


『大した信頼関係だ。』私はため息を飲み込んで、歩き出した。


男に近づくと、彼がちらりと後ろを振り返った。


目が合った瞬間、足が速まった。


『逃げる。』


私はすぐに後を追った。


路地を一つ、また一つ。


男が角を曲がるなり、距離を一気に詰めた。


足をかけて均衡を崩し、そのまま腕をひねり上げた。


「うわっ!」


男は少しもがいたが、力が、妙なほどすぐに抜けた。


「……?」


あまりに簡単に捕まる。


私は腕を掴んだまま、男を見下ろした。


狼狽した表情、だが、切迫感はなかった。


そこでようやく、勘が働いた。


『演技だな。』


私は男をそのまま連れて、ヘンリーのところへ戻った。


ヘンリーは腕を組んだまま、興味深そうに見ていた。


「捕まえたな。」


「これ、テストですよね。」


「……」


「最初から、捕まるつもりだったみたいですけど。」


しばし沈黙していたヘンリーが、ふっと笑った。


「勘が鋭いな。」


「こんなことで人を試さないでください。」


「確認は、しておかなきゃならなかったんでな。」


「時間の無駄じゃないですか。」


「それは認めよう。」


ヘンリーが、意外なほど早く認めた。


私はそれ以上追及せず、ひとまず流すことにした。


「次は、本物の仕事だ。」


「……今度は、信じていいんですか?」


「『若く弱い』女の子には、似合わない仕事なのは確かだ。」


ヘンリーはもっと奥まった路地のほうへ歩いていき、私もぴったり後を追った。


「……『弱い』とは、言ってないんですけど。」


前に言ったことを持ち出して皮肉るとは、本当に、いい性格して……


「そもそも、こういう仕事が得意だと分かって雇ったんじゃないんですか?」


「ここまで有能だとは思わなかったがな。お前、なんと言ってたか? 『行くあてもない』?」


にやにや笑いながら挑発してくるので、応じないわけにいかなかった。


「『頼れる者もいない』! 『若い女』! 私は事実だけを言いました。」


「そうそう、それだ。『頼れる者が一人もいない』。」


私は、聞こえよがしに、ため息をついた。


「……この議論、意味あります?」


「一つ、追加の提案だ。」


「え?」


「俺を信じろ。」


ヘンリーがにっこり笑った。


「……は?」


思いがけない言葉に、訊き返そうとした矢先、ヘンリーはさっと先へ進んで、目の前の人影に挨拶をした。待っていた騎士団員のようだった。


トントン。


ヘンリーは、相手が口を開く前に、自分の騎士団の紋章を叩いた。


「はい、隊長。ターゲットは予想ルートどおり移動中です。監視下にあります。」


「案内しろ。」


そうして騎士の案内を受け、静かについていくと、空の廃屋の二階へ案内された。ぽっかり空いた窓の向こうに、ターゲットだという人物を確認できた。


今度は、荷物を抱えた、ごく普通の男だった。


風呂敷包みを脇に抱え、速足でどこかへ向かっていた。


「あの男を捕まえろ、エヴァン。」


私はヘンリーを、一度、睨んだ。


「また演技なら、今度こそ本当に帰りますよ。」


「……今のこれが、偽物に見えるか?」


「……確認してみただけです。」


「あの……隊長、本気ですか? こんな幼い平民の女の子に……」


思いがけないところから反論が入ったが、私は無視して、窓からひらりと飛び降りた。自分の部下の管理は、勝手にするだろう。


私は、ターゲットの男の動線の予想地点に、静かに忍び込んだ。男はこの仕事に慣れているのか、猫のように音もなく、素早く動いた。


彼は、私が隠れている場所へ、だんだん近づいてくるかと思いきや、人の気配を察したように、別の方向へ走り出した。


『ちっ、まだ未熟か。』


こんな雑魚にも気づかれるとは、と自分を責めながら、私はすぐさま彼を追跡した。


息が喉まで上がるほど全力で走ったが、一ブロック、二ブロック過ぎるたびに、だんだん距離が開いた。


『やっぱり、まだ先は長いな。』


たった一か月あまり鍛えた体力で、裏路地を何年も駆け回ってきた人間に追いつけるはずがなかった。


仕方なく、魔法を使わなければならなかった。


『上から見ているんだろうな……』


ヘンリーが気になったが、どうせ魔法の使用は知られている手前、失敗する姿を見せるほうが、もっと嫌だった。


足の裏に集中して、爆発的に空気を膨張させた。タイミングを合わせ、空気が弾ける地点に足を踏み込んで、ひらりと跳び上がった。


『あそこだ。』


空中でターゲットの位置を確認し、同じやり方で、爆発する空気を踏んで、目標地点へ直線に、体を撃ち出した。


ドンッ!


速い速度で体をぶつけて男を倒したあと、素早く腕を極めた。


「離せ! この、いかれ……」


今度は、本物だった。


罵声も、あがきも、全力で抜け出そうとする、もがきも。


私はかろうじて制圧したまま、息を整えた。


しばらくして、ヘンリーが騎士団を数人引き連れて近づいてきた。


彼は、ターゲットが落として地面に散らばった風呂敷包みを、解き広げた。


そして、現れた荷物を漁ってから、小さく笑った。


「当たりだ。」


「何なんですか?」


「裏社会の依頼所の、配達係だ。」


「……!」


心臓が、どきりと落ちた。


私がヘンリーに捕まったあの日、向かおうとしていた場所。


まさに、その依頼所だった。


荷物を漁っていたヘンリーが、書類を数枚、取り上げた。


ざっと目を通した彼の表情が、わずかにこわばった。


「思ったより、大きな案件になりそうだ。」


そばにいた部下に、書類を渡した。


「騎士団へ持っていけ。」


「はい。」


前に見た「ロビン卿」を先頭に、部下たちが速やかに証拠品と男を引きずって消えた。


路地には、私とヘンリーだけが残った。


私は腕を組んで、斜に構えて言った。


「今回も、テストだったんですね。でしょう?」


私があの日、探し回っていた依頼所の件を、直接処理させて、その反応を見たんだろう。私が本当に、この違法な依頼所と関わりがないか、テストをしてみたのだ。


「信頼関係のために、必要なことだった。」


「結局、あなたに都合のいいことばかりしてやったわけですね。私は依頼所を失ったのに。」


「その逆だ。」


私は、さあ言ってみろ、という態度で、彼を睨みつけた。


「あの日、俺たちが監視していた道筋に、お前が現れた。怪しいお前を牢に入れることもできたが、今こうして、一緒にいるじゃないか?」


ああ、つまり——私が依頼所を訪ねたあの日、騎士団はすでにそこを監視していて、関係者を捕らえる準備をしていたのに、折悪しく私がそこを通りかかり、関係者として牢に入れる代わりに助手にした、だから今日こうして、先送りになっていた掃討を一緒にやった。そういうことか?


「ああ。」


……腹は立つが、納得してしまった。


「それに、今回は報酬もあるぞ。」


「報酬?」


「依頼しようとしていたものが、あったんじゃないか?」


「……」


しばし、沈黙が流れた。すると、ヘンリーが肩をすくめた。


「代わりに、俺がやってやろう。」


……え?

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