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一年目

◆ 2XX2年 3月 第3土曜日


 

 野崎は約束の時間に、再び歳月銀行を訪れた。

 

 今日通された部屋もやはり白いが、先日のような張り詰めた空気は無い。

 掃き出しの高さまで大きく取られた窓の外には新緑が生い茂り、きらきらと揺れる木漏れ日が部屋の奥まで届いていた。


 ――金のかかっていそうな建物だ。一般顧客向けの「歳月預かり」が好調だとは聞いていたが、さぞ儲かっているのだろう。

 

 野崎は、中央に置かれた机に南と向かい合うように座らされ、今は行員から機械の説明を受けている。


「面会時間の間は、こちらのバンドを手首におつけ下さい。装置を介してお二人の歳月が同期し、譲渡が行われます」

 

「……これ、キツくした方が良いですか?」


「内側が肌と接していれば良いので、圧迫する必要はございません」


 バンドは白い化学繊維の布で出来ていて、マジックテープで留めるタイプだ。

 扱いに戸惑う野崎とは対照的に、南は慣れた手つきで自分のバンドを巻いている。


「……はい。問題なく同期されました。

 面会終了時間になりましたら、また改めてお声がけいたします。ご不明点などありましたら、フロントにいる係の者にお伝えください」


 行員はそう言って会議室から出ていった。

 

 部屋には野崎と南の二人だけが残される。ほぼ初対面の子供とここから約2時間……一体どんな方法で時間を潰せというのか。


「えっと……南くん、って呼んだら良いですかね。これからよろしくお願いします」


 野崎が恐る恐る南に話しかける。

 実をいうと、先日の面談で南はほとんど発言をしなかった。彼がどんな性格で、どんな心境で今この部屋にいるのか、野崎には一つのヒントも無い。


「あ……えっと、何とでも呼んでください。と、敬語じゃ無くて大丈夫です」


 南はそう答えて、控えめに笑った。

 落ち着いていた様子の南に、野崎は素直に感心した。

 

「今どきの15歳ってみんなこんなに大人っぽいのかなぁ。俺が高1のときなんて、ただのクソガキだったけど」


 これから毎月、2時間はこうして顔を突き合わせることになるのだ。仲良くなるに越したことはない。

 そんな情けない話をすれば多少ウケるかと思ったが、南は少し困ったような笑顔になる。

 

月喰い(つきくい)は大人から歳月を貰うので、移っちゃうっていうか……やっぱり落ち着いた人が多いかもです」


 "月喰い"というのは、日月発育不全症を持つ患者の俗称だ。どちらかといえば差別用語に近いが、まぁ本人が言うのだから問題ないんだろうか。


「俺の前にも他の大人が出資してたんだもんね。南くんしっかりしてるし……なんか、本当に俺なんかの歳月で良いのかなって思っちゃうよ」


「そんな……。本当にずっと出資してくれる人見つからなくて……ありがたいと思ってるんです」


 こんな子供に気を使わせてしまった。息をするように出てきてしまう自虐に、少し反省する。

 南は少し言いづらそうに視線を外すと、一呼吸おいて静かに続けた。


「……小さい頃は、結構簡単に見つかるんです。庇護欲っていうのかな、やっぱり助けなきゃって思うんでしょうね。

 でも15歳にもなると可愛げも無いし、自己責任だろって空気出てきて」

 

「大人げなさ過ぎる」


「出資するにもリスクがありますから……文句は言えないです」


 

◆ 2XX2年 4月 第3土曜日



 その日面会に現れた南は、いつものパーカー姿ではなかった。

 

 真新しい制服。

 

 紺のブレザーとえんじ色のネクタイ、チェック模様のグレーのスラックス。南の体格よりも一回りサイズが大きいようで、"着られている感"があるのが正に新一年生という感じだ。


「入学おめでとう。制服、今どきっぽくてカッコいいじゃん」


「ありがとうございます。母さんが野崎さんにも見せろって……学校帰りでもないのに恥ずかしいんですけど……」


「はは、良いね。若いパワー貰ってる感じする」


 制服披露というイベントのせいか、南は若干居心地の悪そうな顔をしている。年相応の姿がほほえましく、野崎の口角が自然と上がる。

 

「若いパワーって……野崎さん25歳でしたよね?そんなおじさんみたいな」


「高1と比べたら十分おじさんだよ」


 少なくとも自分が学生の頃はそう思っていたけれど。

 

 野崎は先日の南の言葉を思い出し、「彼にとってはそうではないんだな」とぼんやりと思い至る。

 奇病を患い、出資を受け……きっと普通よりも大人と過ごす時間の多い人生だっただろう。


「念願の高校生活はどう?友達できた?」


「そうですね……できた、と思います。放課後に買い食いしたり、身長競ったり。楽しいです」


「身長競うのは中学生男子なんだよなぁ」


 月喰いは、歳月の出資が途絶えている間、肉体的な成長が止まり、記憶の定着も難しくなる……らしい。

 

 南の身長は、野崎が事前面談ではじめて会った時から変わっていないように思う。きっと、これから年相応に伸びていくはずだ。


 

◆ 2XX2年 7月 第3土曜日



 月一の面会も5回目となり、だいぶ勝手が分かってきた。

 共通の話題が無いので会話は途切れがちではあるけれど、大きな窓のおかげでそれほど気まずくはない。


「……野崎さん、その……困ってたりしないですか?」


 会話が途切れたタイミングで、南がおずおずとそんなことを言った。

 どういう文脈か分からないし、子供に気を遣わせるくらい酷い顔をしていたのだろうかと、野崎は少し慌てる。


「え?あ~っと、困るっていうのは……?」


「物忘れとか……」


「ああ。たしかにリスク説明のとこにあったね。今のとこは気にならないけど」


 野崎の言葉に、南が分かりやすくほっとした表情をつくる。


 歳月の出資にあたって、出資者にはいくつかのリスクがある。正確にはリスクというよりも副作用と呼んだ方が適当だろう。


 ひとつは、出資期間中の物忘れの増加だ。

 直近の記憶が断片的に欠落することがある、らしい。何を忘れるかの予想は難しいが、頻度は低く、"少し物忘れが多い人"になる程度だ。

 

「仕事とかに影響あるんじゃないかって思ってたので。よかった……」


「まぁ、いま仕事は少し休んでるし、大丈夫だよ」


「そうなんですか?」


「うん。ちょっと頑張りすぎちゃったから、バカンスみたいなね」

 

 もうひとつ。大きなものとして、出資した歳月分の『成長』が消失するという副作用がある。その『成長(歳月)』を譲渡するのがこの出資の主旨なので、当然といえば当然だ。

 

 こちらは出資期間中のものではなく、出資開始前から遡った期間――野崎でいえば22歳~25歳までの3年分の成長を消失することになる。

 エピソード記憶自体は残るようだが、その期間で得た感情や経験値、老いの類も失われる。


「……家族とか、恋人とかは」


「おっと、興味あるお年頃ってやつだ」


「真面目に聞いてます」


「ごめんなさい」


 野崎があまりに素直に謝るので、怒っていたはずの南も思わず噴き出してしまう。


 野崎は座ったまま一度伸びをすると、窓の外の緑に視線を移した。夏の日差しに熱せられて、空気がゆらゆらと揺れている。


「家族とは疎遠だし、恋人も結婚も俺には縁がないから、いいんだよ」


「……なんでですか?」

 

 疑問をぶつける南の瞳は純粋で、言葉以上の余計な感情が乗っていないことが分かる。


「なんでもだよ。南くんも、大人になれば分かるかもね」



◆ 2XX2年 12月 第3土曜日



「なんか……最近明らかにデカいよね……?」


 窓の外の木々はとうにその葉を失い、今は網目のような細枝が窓の外を覆っている。

 焼きそばパンにかじりつく南を呆れた表情で眺めながら、野崎はしみじみとそう言った。


「最近、すごくお腹がすいちゃって」


「そりゃそうでしょうよ」


「成長痛も結構ヤバいです」


「え~……俺の歳月喰ってるのに、そんなすくすく大きくなるもん?」


 野崎のセリフに南がケラケラと笑う。

 実際のところ、それでもまだいくらかは野崎の方が背が高いだろう。急に背が伸びたこともあってか、厚みは薄いし、まだ子供の体ではある。


「身長は遺伝子依存ですから。父さんは180以上あったらしいし、多分もっとデカくなりますよ」


「うわ~うらやまし~」


 何気なしに南から発せられる"父さん"という言葉に、どきりとする。

 野崎が覚えている限り、彼が父親のことを口にするのは初めてだ。


「……お父さんのこと、あんまり覚えてない感じ?」

 

「そんなこと無いですよ。でも子供から見た父親なんてただただデカくて、身長とかはピンとこないだけです」

 

 そう言う南の表情に、苦痛や寂しさのようなものは感じられない。

 この年頃の子が、6年前に死んだ親のことをどんな風に思っているかなんて、野崎には到底想像がつかなかった。


「昔、誕生日に遊園地へ行ったんです。それで、人込みで父さんが肩車してくれたんですよね。

 ……他にも肩車の親子はいっぱいいたけど、父さんが一番高くて。俺は鼻高々です」


「最高だね」

 

「最高です」


 はじめのころに比べて、南は本当によく笑うようになった。

 慣れてきたという部分もあるのだろうが、それ以上に、今の生活が楽しい証拠だと思う。


「そういえば、誕生日っていつなの?書類に書いてあったんだろうけど、全然覚えてないや」


「11月です」


「うっわ過ぎてるじゃん……。お祝いしてない」


「別に良いですよ。母さんも友達も祝ってくれたんで」


「最高だね」


「最高です」

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