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魔女の氷庭  作者: 澄玲なの
第一章 幽閉編
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【1-7】私と「私」の神隠し

(ここは、図書室かしら)


 シエルの思い出の地であろう光景は、私の知らない場所だった。上を見上げるとどこまでも続く無数の書庫。天井から日の光が差し込み、部屋とありとあらゆる所に金の飾りが施されている。


「こんな豪華な場所が、シエルの時代にはあったなんてね」


 手を握りしめると感触があり、床にあった本に触れると古い本特有の、粉っぽさが伝わった。この古代魔術で作られた空間にも五感はあるようだ。


「扉は……開かないか」


 後ろにあった大きく無機質な白い扉は、押しても動く気配はない。

 静かすぎる室内に、何だか嫌な予感がする。この部屋から脱出方法を早く探さなければ。


「こんなことになるならシエルも事前に教えてほしいものね」


 私は立ち上がり書庫の適当な本を開くと、中は真っ白だった。よく見ると、表紙の文字もでたらめで、読めたものではない。

 いくつか別の本を読んでみたが、始まりから途中まで書かれている本、そもそも本棚から取れない物など、状態は様々だ。


「読める物と読めない物の差は一体何……?」


 円柱形の本棚を中心に、放射線状に広がる棚は、まるで大きな迷路のようだ。正直、自分が今どこまで歩いてきたのかよく分からなくなり始めていた。変わらない景色、どこまで行っても終わらない本の山。


 ある区画に来たとき、私は違和感を感じた。

 本棚の装飾に差がありすぎるのだ。今までどの見たものより、細かく掘られており明らかに古かった。


「ここの本、全部読めるわ」


 表紙もページもどこを見ても抜けが全くない。ここに出るためのヒントがあるかもしれない、そう確信した。


 私は全ての本を一つずつ読むことにした。現実の時間の流れがどうなっているか分からないが、いつまで経っても日が傾かないことから時が止まっている可能性がある。


「高度魔術構成学、創造力の育て方、ツェール論における再現性……古代魔術の本質を深く探究していたのかしら」

 

 何百年も前のものだから、表現が古風でやや難しい。でも、スルスルと読めている。文字を追うたびに、脳の裏側に直接熱いコテを押し当てられるような既視感がある。


 おかしい。


 私はこの理論を知らない、けれど言葉も頭に入ってくる。古代魔術に関する書物は今じゃない言葉も多くて、全容は分からないはずなのに。


 ふと自分の手元に目を落とすと、そこにあるはずの小さな傷跡――かつて魔術の訓練で付けた火傷の跡が、消えていた。陶器のように滑らかで、苦労を知らない肌。これは、私の手じゃない。服も、知っているものよりずっと古めかしい意匠だ。


 私はどうして違和感を感じられなかった?


「『思い出の味がするケーキ』って記憶に入れるって意味だったのよね」


 そう、ここはシエルの記憶の中。なら何かおかしいのだ。記憶ならば、その中に存在しないはず私は何故動けている? 記憶を好きにいじれる訳がない。


 私が動けるということは、今の「私」はアンネリーゼではない誰かなのではないか。


「鏡はっ」


 本を置いて下を見ると、示し合わされたかのように手鏡が真下に落ちていた。表面にヒビが入った鏡は、動くことのない日の光をキラキラと反射させている。

 「私」は私では無いかもしれない、底知れぬ感じたこの無い恐怖が、私の真下に広がっていた。


 手にとって目を開けた先で、そっと覗き飲んだ鏡に映ったのは、私ではない。


 人ではない。


 大きな白い手の間から、目がこちらを覗いている。


「ぁ」


 鏡から出てきた白い手は私を掴むと、そのまま引きずり込んできた。古い紙が擦れるような音が中に響く。


『イゾルテ、イゾルテ、呪われた子イゾルテ』


 頭の中で響いているのか、声が聞こえているのか分からない。頭の中で反射する声は、徐々に大きくなっていた。


(……溶ける。私が、指先からインクになって零れていく)

 

 冷たく、どんどん滲んでいく。溶けたインクが垂れると、白い手は群がってムシャムシャ食べるように手を咀嚼させていた。気味が悪くて、直視できなかった。


『これは間違い』

『"イゾルテ"にしなきゃ』


 伸びてくる白い手が私の肌に触れるたび、そこから「アンネリーゼ」という要素がなくなっていくような感覚。頭が割れそうだが、これに流されたら私は私じゃなくなってしまう気がする。

 キィィンと耳鳴りが五月蝿くて、私は頭を振り、その隙間から見る目を直視した。


「黙りなさい……私はシルヴレッタ王国第一王女、アンネリーゼ・シルヴレッタよ!」

『じゃあイゾルテは?』

『どこ?』

『探さなきゃ、どこにも行けないようにしなきゃ』


 白い手は突然、統率を失ったようにザワザワと動き回り始める。手が身体から離れて、私は下の見えぬ底に向かって落ちていく。


「ひぃぁぁぁ!!」


 手と手の隙間から赤い目と黒い髪をした男と目が合ったような。そんなことを考える間もなく、私は意識が途絶えた。

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