【1-6】思い出は食べればいいのです!
「お茶会ですって?この地下で?」
紅茶は淑女の嗜みである。お茶会は相手をもてなし、時には政治的な面で有利に進むよう仕向ける場でもある。だが私もこんな場所に来てからは、娯楽というものはないに等しい状態が続いていた。
『私にとって久し振りの友人ができたのよ?"お茶会"しないなんて選択肢は無いでしょう。実際にやったことはないから、お姉様もちゃんと教えてね』
「いや……シエル、まずここにはティーセットも茶葉も、合わせるお菓子もないのよ」
いくら古代魔術でティーカップは作れても、食べ物の類で再現できるのは恐らく形までだろう。虚無から生まれた、イメージ上のクッキーやケーキなんて味がしなさそうだ。そんなこと、彼女が一番わかっているだろうに。
『ふっ、お姉様が今考えていることが手に取るように分かりますわ!食べ物の魔術なんて食べられないじゃ無いかと考えているのでしょうが、まだまだ甘いですわね』
「ええまあ、実際そうじゃないの」
私の話を聞いているのかいないのか、シエルは目の前で机や椅子を並べて、準備を着々とすすめていた。よほど浮かれているのだろうか、キラキラ輝く瞳は年相応の女の子のようだ。
床に丸く滑らせて椅子をこちらに向け、足を組んで座ると得意げになってペラペラと話し始めた。
『魔術とは、イメージと想いがものを言う世界よ。お姉様の蝶は、その純粋な想いが具現化されたもの。あれはもっと工夫すれば、触れた時に相手へ具体的な映像やメッセージを送れるの!!』
「つまり?」
『食べると思い出の味がするケーキを作ろうってわけよ!』
この場における思い出の味は、恐らく懐かしい母の味とは意味が違う。文字通り”思い出を味わう”のだろう。最も、そんなケーキ食べたことないので全く想像できないが。
『じゃあ私から行くわね、王宮にいたときに客が来るとよく食べていたの』
シエルは目を閉じると、手をお椀のように丸くして何やら笑いながら思い出話を語り出した。同時に、シエルの手の中にはキラキラとした光が集まり始める。
『料理人が焼いてくれたの美味しかったなぁ。お母様と一緒に食べていて、あぁ、ルシアンもよく来てくれたわね。メイドが運んでくるときに、良い香りがして……』
掌中の光に輪郭が見え始め、段々と形になっていく。粘土のように捏ねられた魔術は、最終的に茶色のパンのようなものに変わった。
『できたわよ』
「これが、お菓子?」
ゴトッと食べ物らしからぬ音を立て、魔法でできた皿に置かれたのは自分が知るものとはかけ離れた形状の物だった。
まず、鼻を突くのは、現代の厨房ではあり得ないほど濃厚なスパイスの香り。ケーキとは甘いもだという自分の固定観念のせいか、目の前の物がケーキには見えない。
色は茶色く、表面には蜂蜜が結晶化した鈍い光沢があり、表面にはシルヴレッタ家の紋章が彫られている。
「なんだか、私の知るケーキとは違うのだけれど……」
『何言ってんのよ。王族が食べられる最高級の嗜好品といえばこれよ!私のいた頃はこれは神への捧げ物であり、王の力を示すものでもあったのよ』
恐る恐る席に座ると、シエルが誇らしげに差し出したフォークを使い、私はその重厚な塊を一口切り取った。
「じゃあ、いただくわね」
『召し上がれ!』
大きく口を開け、思い切って私は得体の知れぬケーキを食べた。目を閉じて味わおうとしても、味は全くしない。咀嚼しても布でも食べさせられているかのようだ。
「ちょっとシエ、え?」
ぐにゃりと視界が歪む。今までに経験したことのないようなめまいと気持ちの悪さに思わず目をつむった。
水色の瞳に映ったのは、無数に広がる大量の本であった。
***
扉を開くと、そこに広がっていたのは大量の本であった。
「なんだこれっ」
息を少し吸っただけで、独特の埃の香りが肺をいっぱいにし、俺は思わず咳き込んだ。
『あぁ愛しい愚かな子、リンドヘルヴ。お前の探すものはこの知識の墓場の中に』
男の声からは、本当に心底嬉しいということがよく伝わった。何をそんなに喜ばれているのか、こっちとしてら全く分からないが。
カラン
一歩足を踏み出すと、近くに落ちていたランタンに足があたった。
(明かりもないし、丁度良いから借りていこう)
俺が手に持った瞬間、ランタンの中が青く、五月蝿く光り始めて、俺はやらかしたと思った。
『リンドヘルヴ!ねぇ皆起きて!リンドヘルヴが再び現れたわ!』
鼓膜が破けるような高い女の声がランタンから響き渡ると、さっきの男とは比にならないような声量が、狭い部屋に一気に落ちてきた。
『なんだって!もう400年近く来ていなかったのに?』
『最後に会ったのはもっと前さ!ねぇ僕らのこと覚えてる?』
『ねぇ、イゾルデにまた振り回されたりしてるの?駄目よ、あんな魔術にしか目がない女!』
俺は思いっきり息を吸うと、上に向けて声を上げた。
「もう、うるさーい!!!」
『あぁすまないね』
『そんなに怒らなくても良いじゃん!』
声の主達は注意されたことを気にも留めていないのか、またぺちゃくちゃと頭上で話し始めた。これはどうしたものかとため息を付くと、手元のランタンは静かに光りだし、よく見るとその青い光のなかに小さな女の顔が浮かんでいた。
『申し訳ないわ、彼らも悪気はないから許してあげてね』
「それはまぁ良いけど...リンドヘルヴって誰なの?さっきから俺、誰かと勘違いされてる気がして」
ランタンの中の女ーー青い光の顔は困ったように眉を下げた。
『まぁ、またすっとぼけたことを言うのね。リンドヘルヴとは貴方自身のことですよ?』
「だから、俺はリンドヘルヴじゃないんだってば!」
ランタンはうーんと迷うような、悩むような仕草をすると、思い出したように声に上へ向けて叫んだ。
『魔獣達!私たちのリンドヘルヴは全てを忘れてしまったみたいだわ』
『なら思い出させてあげましょう!』
『私と貴方とあの女の記憶』
『僕らが作り出した世界!』
刹那、俺の視界を覆い尽くしたのは無数の白い手。触れられたところから凍り付くような冷気が這い上がる。手は、既に血が通っていない死体のようだ。
声も出せぬまま、視界は一瞬にして漆黒に染められていた。
(何だ、これ……!目が熱い)
白い手は掴み、揉み、引っ張り、俺はパンか何かの生地にされてしまったかのような扱いだ。 手が触れるほど、何かに呼応するように俺の目は沸騰したように熱くなる。
血のような匂いがあたりを漂い始める。手が腕を掴むので、鼻を覆うこともできず顔をしかめていた。
囲う手と手の間が光り出す。
『全てを受け入れ思い出せ』
『己の罪とイゾルテに向き合うのです』
俺は後ろから押されてその隙間へと、頭を無理やり押し込まれた。
『お姉様のころのケーキは保存が利かなさそうね』
「保存するためにこんなガチガチなのね……」




