表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の氷庭  作者: 澄玲なの
第一章 幽閉編
5/11

【1-5】共依存二人組による友達作り

第五話 友達


 前略、天国のお母様とお兄様、それから地上にいるルカ。私、アンネリーゼは元気です。

 地下での暮らしが始まって数日が経ちました。ここではご飯が冷たいし、お風呂もないから魔術で水を出すしかないし、ベッドがないので申し訳程度の草を魔術で出して上に寝ています。フカフカの王宮のベッドが懐かしいです。


 それから、人生初めての対等なお友達もできました。


『いい?この魔導回路はこの城中どころか、国の至る所まで繋がっているわ。つまり、私達は魔力を辿ればどこへでもいけるってことよ!』


 ビシッと言い切って満足そうなのは、亡霊のシエルだ。この私より小さな女の子は、一体何を力説しているのか、それはこの国のシステムのことだ。


「どこへでも、とはどういうこと?」


 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに彼女はにんまりと笑うと、ネズミのドール試作品216号を魔導回路の上に乗せた。


『お姉様、この魔導回路に魔力を流してみて』


 少し離れた位置に置かれたドールのいる方向に向かって魔力を流す。これといって変わった点はない。


『ほら、よーく意識を集中させて。ドールに向かって微量の魔力が流れてないかしら』


 目を閉じ、魔力の流れに意識を集中させる。確かに、ドールの近くで、血を吸う虫のような小さな針で少しずつ吸い上げられるような感覚がする。触れているドールの四本の歪な足の形、流れていった魔力がどう動いているのか、核はどこか。魔力から情報は逆流して入ってくる。


「……確かに流れてるわね、本当に注意しないと気がつけないレベルだわ」

『でもそこに、ドールの存在は感じられるでしょう?私がさっき言っていた『どこにでも行ける』というのは、『この部屋から国の全てを感知できる』ということよ!』


 満足げに笑った彼女は、ドールを回収した。ドールは掴まれた途端に、カタカタと歯ぎしりのような鳴き声を上げる。

 その細い指先がドールに触れた瞬間、周囲の空気が凍りついたような錯覚に陥った。


ーーグシャ、ガリッ


 カランカラン、と地面にパーツが落ちる音がした。手の中のドールは魔力を失い、バラバラになって原形を留められない。


「……っえ?」


 彼女の手に体温はないはずなのに、そこには鉄を飴細工のように捻り切る、残酷で、重い沈黙の力が宿っていた。


『あぁ、もうこの子は役割が終わったの。いずれ尽きる魔力の命だし、痛みなんてないから安心してね』


 目を細めて手の中の残骸見つめる彼女は、ひどく寂しそうに見えた。しかし私は、数百年この世に繋ぎとめられた人の、こんな壮大な孤独に対してなんて声をかければ良いのか分からなかった。


「シエル、なんで今ドールを潰したの」


 シエルは振り返ると、以前は鼠の頭であっただろう部品を心底愛おしそうにーーあるいは、吐き気を催すような蔑みを込めて見つめている。

 彼女の深い青の目はどこまでも奥が見えなくて、落ちてしまいそうだと思った。本物の私は化け物にでも遭遇した気分だった。


『お姉様、このドールはもう不必要なのよ。要らないものは捨てないと、捨てなきゃ駄目なの』


 その声には怒りも悲しみもなく、ただ、使い古した紙を丸めて捨てるような、恐ろしいほど平坦な『正論』だけが宿っていた。

 一瞬だけひどく幼い、泣きそうな顔をしたのだ。なのにすぐシエルはいつものように笑うと、手をパッとこちらに向けて開いて部品を全て地面に落とした。

 私は彼女が何を言いたいのか、その全てをくみ取れずにいる。


「シエル、あなた……」


 私の目の前で開いて閉じた手は、彼女の手を握れない。


 ただ、この部屋の魔導回路からカチカチという音が、誰かの泣き声のような音が聞こえた気がして私は何も出来ない手を握りしめる。

 床の魔導回路に触れた指先には、今も血を吸う虫に噛まれたような、チリチリとした不快な熱を纏った。


『さぁ、お姉様。次はもっと面白いことを教えてあげるわ』


 本当に対等な友達なら、私はこのときの彼女になんて声をかけただろうか。


***


 生体核というのは、この国で最も名誉な終身刑であり、人としても王族としてもほぼ死を意味する仕事だ。


 有事の際に選ばれ、民はこの国を支えるために頑張ってくれるんだなぁ、程度の感情しか持っていない。何故そんなにも事実と認識の齟齬があるのか、それは生体核は地下深くに見えないよう隠されているからだ。


「まずはアンネの居場所を探らなければ」


 俺の目下の目標はこれだった。しかし、如何せん情報が足りない。何をすればいいのか、どこを探せばいいのかさえ、俺にはさっぱりだった。

 アンネから少しだけ教わった魔術の理屈を思い出そうとしても、役に立つようなものが分からないし、頭に浮かぶのは彼女の困ったような笑顔ばかりで、肝心の呪文や知識は霧の中だ。


「ちょっと赤目、窓ふきが終わったなら離れの書庫に行って頂戴。掃除、頼んだわよね?」


 顔も見ないで押しつけられた箒と雑巾を持ち、俺は王宮のありとあらゆる場所を巡らされた。皆自分の管轄にいて欲しくないからと、たらい回しにされ続けたが、俺としてはかえって好都合だ。


「ここが書庫か」


 王宮の裏にある森の中にひっそりとたたずむ四角い建物。見た目こそ荘厳だが、ツタが貼りついて長らく避けられてきたことがよく分かる。

 嫌なものを封印するかのように、鍵が厳重にかけられていた。


-ーギィ


「おぉ……!」


 ほこりっぽい空気が肺にすっと忍び込んだ。忌み嫌われる書庫の中は、窓から差し込む月の光が埃と反射して中はキラキラと輝いて見える。目の前にはどこまでも続く、人間の英知の結晶達。

 この暗闇のどこかに、アンネを救い出すためのヒントはきっと眠っている。そんな期待が淡く灯り始めた。

 俺は掃除も忘れ、片っ端から本の背表紙を指でなぞっていた。


「高等飛行魔術の禁忌、魔方陣構成学、ツェール論における再現性……全然分かるものがないな」


 俺は次々と棚を巡っていく。そうこう歩くうちに、一番奥まで来てしまったようだった。


「なんだこれ」


 月の光さえ当たらない書庫の暗闇に沈んでいたのは、大きな石の扉。表面にはなにやら細かい文様のような突起が多くあり、暗くてよく見えないが自分の身長二つ分はある高さだった。俺はそっと扉の取っ手を握りしめた。


「っん!?」


 目に見えない力が働いた、というのは説明されなくても分かる。この大きな扉に、俺の血管が引きずり出されるような、気持ちの悪い感覚がして急いで手を離した。

 次の瞬間、扉の凹凸が赤く光り始め魔法陣のようなものを浮かび上がらせた。


『リンドヘルヴじゃないか!あぁ、君のことを何百年も待ったんだぞ!』

「誰だ!」

『久しい友との再会にその態度は些か酷いではないか!』


 空から降るのは貫禄のある男の声。俺の友だと言って、何やら存在しない思い出を懐かしんでいるようだが俺に友達は居ない。大切なのはアンネリーゼだけだ。


「俺はお前のことを知らない!悪いが人違いだ!」

『ムッ、私が間違えるわけが無かろう。その魔力、何よりお前自身が、私との関係を証明しているぞ』

「俺自身が証明……?」

『その赤い瞳が何よりの証拠だろう?』


 聞き覚えのない言葉に、俺は思わず自分の目に触れた。

 この赤い瞳が、何かを証明している?差別され、蔑まれるための印ではなく、この化け物との繋がりを示す証だというのか。


『そうだ。その瞳に宿る熱こそが、私が交わした契約の残照……あぁ、いい匂いだ。リンドヘルヴの血が、ようやく私の元へ帰ってきた』


 俺は大きなため息を一つ付くと、扉に向かい合った。暗闇の中で赤く光る線は、よく見ると大きな絵を描いているように見えた。


「俺はリンドヘルヴではない。ルカ・シュタイナーだ。お前が何者かは知らない、以上」


 俺は、吸い寄せられるように張り付いていた右手を、もう片方の手で力任せに引き剥がした。

 その瞬間感じたのは、味わったこと無いような、身体の内側から感じる嫌な感触。心臓が早鐘を打ち、全身が「ここから逃げろ」と警告を発している。


『シュタイナー? くく、ははは!笑わせるなよ、リンドヘルヴ。泥を被り名前を変えれば、その血に刻まれた罪まで消えるとでも思ったか?』


 嘲笑うような地響き。俺は無視して掃除道具を掴み直し、踵を返した。

 こんな気味の悪い扉、もう二度と来ないでおこう。俺は真っ当な方法でアンネを見つけるんだ。


『アンネリーゼ・シルヴレッタ……か。お前はまだシルヴレッタの一族に惑わされているのだな』

「お前何故その名前をっ!」


 箒を剣のように持ち、その扉に切っ先を向けた。


(なんなんだこいつは。アンネリーゼと何の関わりがあるんだ

『彼女のことを知りたいか?』

「……」

『あーあ、大切な主君が今、どうなってるのか知りたくないのか?』

「貴様!」

『答えはこの扉の奥にある。どうするリンドヘルヴ。是非とも、数百年ぶりに魔力を通わせようではないか』


 扉の魔法陣から漏れ出す赤い光が、霧のように俺の足元を這い回る。燃えていないはずの赤から、チリチリとした不快な熱を感じた。


 俺には、魔術の知識もない。王宮を動かす力もない。ただ、この目の前にある「禍々しい何か」だけが、今の俺にアンネを救い出すための唯一の道を示している。

 俺は、震える手で再び石の扉の取っ手を握りしめた。


 どうせ友達を作るなら、こんな奴じゃなくてもっとまともな奴が良い。そんな毒を吐いてみた。

アンネの趣味は手紙と日記を書くことです。ルカは絵を描くのが得意です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ