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魔女の氷庭  作者: 澄玲なの
第一章 幽閉編
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【1-3】私達の世界へようこそ

 そのカーテシーは、あまりに完璧で、あまりに残酷だった。王族として華やかな一生を過ごすはずが、数百年前、この国が最初の犠牲として捧げた部品。歴史から塗り潰されたシエル。

 彼女が纏う空気は、魔石から溢れ出す熱を一切寄せ付けないほどに冷え切っている。


『貴方は?』


 シエルにそう言われて、私はハッとし、慌ててドレスの裾を摘まみ上げた。


「シルヴレッタ王国第一王女、アンネリーゼ・シルヴレッタ……これからよろしくお願いいたします、シエル様」


 シエルは満足そうに頷くと、軽々と魔石の上から軽々飛び降りる。重力を感じない動きに、やはり目の前で笑う彼女は死んでいるのだと思い知らされた。


『シエルで良いわ。よろしくね"お姉様"』


 私は、顔にかかる髪を指先で払い、シエルを真っ向から見据える。

 分かりやすく皮肉を込めた呼び方をされたのは分かっていたものの、敢えて何も言い返さずにいた。

彼女が己より遥か格上だということを肌で感じていたから。


(何故私を助けたのかしら……それに元王女とはいえ、王族である私の味方とは限らない。一刻も地下から早く脱出しないと)


 シエルは私の前から動こうとしない。関節一つ一つに視線が刺さり、下手な真似はできなかった。


『あらぁお姉様、魔女相手に魔術を隠して発動させようだなんて馬鹿な真似はしないで?』

「……!」


 私は肩をピクリと揺らした。


 私は正確にはまだ魔術を発動させていない。指の先端に、目に見えないほど少し小さな魔法陣を一瞬出した、ただそれだけだ。

 一般的な魔術師の魔力探知でも引っかからないような微細な魔力量だったはずなのに、シエルは瞬時に反応した。


『貴女たちが使う魔術は、一線を引くごとにカチカチ嫌な音が鳴るの。設計図を空中に広げようとした瞬間の、その魔力の軋みと熱が、私には耐えられないほど煩いのよ』


 呆れたように肩をすくめると、彼女が私の周りをクルクルと回る。その黒髪が私の頬をかすっていく。

 私はドレスの裾を強く握りしめ、白銀の髪を揺らして彼女を睨みつけた。


「貴方は、私のこの18年を騒音だと言うのかしら」

『えぇ。今の魔術は風の一吹き、氷のつぶて一つ作るのに、世界に言い訳を並べている。設計図なんか、魔術には必要ないし、いらないの……特に貴方の場合はね』


 澄ました顔をした彼女を見ながら、今度は堂々と魔法陣を出した。私だって貶されたプライドがある。


「何百年も閉じこもってる方にはわからないかもしれないけど、私は早くここを出ないといけないのよ」

 

 両手の間から魔法陣が二枚、三枚、と増える毎に消費魔力は増えていった。手順を踏む毎に私の指先は熱を持っていく。

 私はチリチリとした痛みに耐え、着々と魔法陣は出来上がっていった。


(これ以上は指が持たないわね……)

『……ちっ』


 バチンと大きな音がして、回路が千切られる感覚がした。青い光線はの粉となってサラサラと舞っていく。


 私は最初、氷が腕に触れたのかと思った。腕についていたのは白く細い少女のもの。

掴まれた手首から、心臓まで凍りつくような冷気が流れ込んで来る。


「何をっ」

『氷魔術で火傷できる馬鹿なんて早々いないわよ』


 シエルは苛立ちを隠せぬ顔で、指先を覆うように氷を出現させた。


(火傷の治療……?)


 流れ込む冷気は、私の沸騰するよいな血液を強引に静め、暴走しかけていた魔力を瞬時に無へと還す。

 空中に浮かんでいた魔法陣が、ひび割れた鏡のように砕け散り、後に残ったのは地下室特有の、どこまでも不気味な静寂だけだった。


「……っ、離して」


 私は長い髪を揺らし、不遜に微笑むシエルを睨みつけた。


『お姉様、そんなに唇を噛まないで。折角の綺麗な顔が台無しよ』


 シエルは私の手を掴んだまま、至近距離で瞳を細めた。


『ねぇ、こんな非効率な方法辞めましょう……好きな人に手紙を送るために傷付く乙女なんて見てられないわ』

「好きな人!?」

『貴方、あの少年に氷でゴーレムを作ってメッセージを送りたかったのでしょう?』

「なっ……」


 心臓を射抜かれたような衝撃に、私は息を呑んだ。

 ルカの名こそ出なかったが、私の胸の奥に仕舞い込んだ、最も柔らかい場所を土足で踏み荒らされた気分だった。


『あらあら図星かしら? 健気ね、お姉様。でも、あんな鈍重な氷の塊を外に出せば魔力探知に引っかかるか、魔力すら扱わない、ただの見張り兵に見つかるわよ』


 シエルは私の指先から手を離すと、 小さな粒を手のひらに浮かべた。ほわほわと光る雪のようで、今にも溶けて無くなりそうである。


『良い?外に送るドールに込める魔力はこんな小さい量で良いの。"何百年もここに閉じこもって"ドールを作っている私の話なんだから間違い無いわよ』

「さっきの発言は取り消すわ。火傷も治してくれたし、悪かったわ……」


 この少女は思いの外、発言に根を持つタイプだった。

 人間が味わうには長すぎる歳月は、彼女の魂を成熟させるのではなく、純粋な狂気として煮詰めただけなのかもしれない。


「でも、そんな量で外に行ってしまえばすぐに魔力を消費しきって消えてしまうわよ?」

『その時はまた、その有り余る魔力で作れば良いじゃない。とにかく、これ以上の魔力量は厳禁よ!』


 ビシッと人差し指をこちらに向けて堂々と話す姿は、さながら先生のようだった。

 

『それから、本当に届けたいのは何?ゴーレムが目的ではないわ、貴方の無事を知らせるのが目的なのでしょう?』

「えぇ」

『ならば重要なのは機能性よりその想いよ……いい、お姉様。言葉に熱を込めすぎてはダメ。本当の想いは、もっと静かに、雪が降り積もるように届けなさいな』


 確かに、私が編もうとしていた通信用のゴーレムは、確実性を重視するがゆえに複雑な術式を何層も重ねていた。

 それが彼女の言う「騒音」だというのなら――

 私はふっと目を閉じた。思い返すのはルカのこと。


(今どうしてるかしら、私が居ない王宮はどうなってるのかしら。ルカや私の従者達の扱いが酷くないと良いけれど)


 シエルが私の目の前でぴたりと止まり、空をなぞる。

 

 音が消えた。

 

 私の魔法陣が立てていた、あんなに耳障りだった軋み音が嘘のように引いていく。私の指先から生まれたのは、ゴーレムのような無骨な兵士ではない。

 

 掌の上で、羽音すら立てずに静止する、透き通った青い翅を持つ3羽の蝶。


「……何、これ」

『それが貴方の意思よ。貴方が届けたいものを、一番届きやすい形にしたの』


 シエルは満足げな薄い笑みを浮かべ、ドール達は再びカチカチと関節を鳴らせて踊り出す。まるで何かを祝福するように。

 亡霊の彼女は両手を合わせると、嬉しくて堪らないという顔でこちらに微笑んだ。


『おめでとうアンネリーゼ。そしてようこそ、私達の魔術の世界へ』

シエルは152cmで、アンネリーゼは160cmなので身長差がありますが、実際はシエルは浮いてるのでほぼ目線は同じです。


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