【1-2】ドールハウス
湿った石畳にカツンカツンと、見張りの騎士達の足音が重く反響する。どこまでも下へと伸びる螺旋階段は、日の光も小鳥のさえずりも聞こえない。
巨大な鉄の扉が、耳障りな音を立てて開かれた。
中央に鎮座するのは、動脈し、青く光る巨大な魔石。そして、それを囲むように張り巡らされた無数の魔導回路の銀線。
「これが、魔石の間……」
私は騎士達に促され部屋に入る。ここは私の墓か玉座か、どちらになるのだろうか。
「大結界が貴女の魔力を求めております。アンネリーゼ様、どうか我が国の礎となって下さい」
言葉とは裏腹に、背後で扉が閉まる音は、檻の鍵を閉める音と同じだった。騎士たちの足音が遠のき、後には不気味な魔石の脈動音だけが残される。
魔導回路が白く発火した。私の腕に光の糸が勢いよく絡みつき、それは皮膚を焼き切るような熱を持って食い込む。
私の意思とは無関係に、血管の奥から魔力を引きずり出される感覚。
大した魔力量を吸われていないはずなのに、どうしてこんなに辛いのか。
「っ……、ぁ……!」
立っていられず、私は湿った床に膝をついた。
だが、これは魔力が枯渇したための悲鳴ではない。むしろ逆だ。
私の内側に眠る莫大な魔力が、抽出システムの「細すぎる回路」へと強引に引きずり出されることで、凄まじい摩擦を発生させていた。
周囲には焦げるような匂いが立ちこめている。
(……くっ、私の魔力はほとんど細すぎる回路の摩擦で消えてしまっている。なんて効率が悪いのかしら)
身体の血管が沸騰しているような気がする。視界が白く明滅する。それでも、私は意識をギリギリのところで手放さない。
ここで眠れば、私はただの「部品」として焼き潰される。
――その時だった。
『拷問に耐えかねて意識喪失かと思っていたけど……その抽出圧に文句を言えるほどの余裕はあるのね』
少女の鈴のような声が狭い部屋に響く。カサカサと生き物が這う音がし、私は重たい瞼を細く開けた。
(何あれ、ネズミ?)
だが、近寄ってきたそれは、生き物ではなかった。針金や魔石を組み合わせてできた、精巧なガラクタと表現しようか。
『あぁ、触らないで壊れてしまうわ。ネズミ型偵察機試作216号ちゃんよ……はぁ、貴方の声がうるさくて宰相の密談が聞き取れなくなっちゃったじゃないの』
ネズミの形をした「それ」が、カチカチと顎を鳴らして喋った。
呆然とその様を眺めていると、奥の暗闇から少女の姿が浮かび上がる。
透けるような白い肌、黒い髪。そして、すべてを見透かすような、キリリと意志の強い瞳。
私より少し年下に見えるその少女は、幽霊のように足を浮かせ、重力を無視して私を見下ろしていた。
「……あなた、誰?」
石畳の上にポタポタと水滴が垂れる音が聞こえる。彼女は頭を横に振ると、呆れた顔を浮かべた。
『自分から名も名乗らずに尋ねるなんて、失礼ね……それにしても、我が国の結界もずいぶんと燃費の悪いガラクタを生体核に選ぶようになったものねぇ』
少女は冷たく笑うと、私の腕に食い込む光の糸を、汚いものを見るような目で見つめた。私は、焼けるような痛みに耐え、脂汗を流しながらも、彼女を真っ向から睨み返した。
「……ガラクタ、ですって? これでも、外では最強の魔女と呼ばれていたのだけれど」
『最強? 冗談はやめて。18年も生きてきて、その程度の魔力制御しか組めないなんて。私の時代の赤子の方が、まだマシな魔力操作をしたわよ』
私は悔しさに歯を食いしばった。こんな私より小さな子に何が分かるというのか。
少女は、私の腕で弾ける魔力の火花を指差し、鼻で笑った。
『ねえ、どうしてその糸を切らないの?』
「切る? 馬鹿なことを。これは結界のシステムそのものよ。物理的な実体を持たない術式を切断する術なんて、この国のどこにも」
『ハサミくらい、自分で作りなさいよ』
少女はさも当然のように言い放った。
「……は、ハサミ?」
『貴方のその白い髪色、得意なのは氷の魔術でしょ? 糸はハサミで切るものよ。氷でも作れるわ』
彼女の言葉は、私が18年間積み上げてきた魔術の常識を、根本から叩き潰すものだった。
魔術は、理論と構築の積み重ねだ。そんな子供の夢想のように、自由自在に振るえるものではないはずなのに。
『ハァ、仕方ないわね』
少女は、氷の刃で私に絡みつく糸をいとも簡単に切り裂いた。光の糸は力を失い、ゆらゆらと陽炎のように消滅していく。
「本当に……切れた」
『いや、魔術はこういうものでしょ? 考えたものを具現化する力よ』
全身を焼いていた摩擦熱が引き、代わりに氷のようなシエルの魔力が肌を撫でる。
「理論も、何も無しにこんなことを……今の魔術体系ではないわね。貴女、一体いつの時代の人間なのよ」
『さぁいつかしらね。三百年くらい前までは数えていたけれど、途中で飽きちゃったわ』
くるくると宙を回り、目すら合わせない態度は、私の困惑など取るに足りないと体現しているようだった。
『理論、理論って、本当に頭のお堅い人ね。貴女が「最強」なんて呼ばれていたのは、単にこの時代の魔術が退化して、出力の大きさだけで勝負する野蛮なものになったからよ……見てなさいな』
彼女は指を弾くと、部屋の隅に転がる鉄屑が歪な音を立てながら組み合わさっていく。
気がつくと鉄屑は不格好な騎士のような形になり、カシャカシャと金属がこすれる音を立てながらこちらに一礼した。
『この甲冑には命が宿っているわ。まあ魔力が尽きれば、またただの塵になるけどね』
思考が停止した。理論を積み重ねた先にしか存在しないはずの術式が、彼女の手の中ではただの『遊び』のように命を宿している。
見たことが無い魔術に、ただただ私は目の前の光景が信じられなかった。
少女は私に向かって手を伸ばすと、両手で私の頬を包み込み、強引に視線を合わせる。
『貴方も捨てられた王族なんでしょう?なら、もう王族ですらない。哀れなゴミ同士仲良くしましょうね』
少女はにこりと笑うが、そのあどけない笑みの奥に、遙か昔から蓄積されてきた暗闇と、底知れない狂気が凝縮されているのを見て、私は息を呑んだ。
「ゴミ、そう、そうね。否定はしないわ。この暗がりに放り込まれた時点で、私も国を支えるためのただの部品。使い捨ての消耗品ですもの。でも……」
私は少女の目をしっかりと見据える。どこまでも黒い目の奥に吸い込まれていくよう気がした。
すると、少女は我慢できないと言わんばかりにクスクスと笑い始めた。
「……何がおかしいの」
『だって、可笑しいじゃない。最強だなんて持て囃された挙句、たったこれだけの糸に雁字搦めにされて、焼かれて、死にかけてる……あー滑稽。ねえ、貴女の十八年は、意味も無い魔術理論の構築だけなの?』
私の頬を包む少女の手は、氷よりも冷たい。けれど、不思議と心臓を鷲掴みにされるような威圧感があった。
私は脂汗を流しながら、彼女の手を無理やり振り払おうとした。だが、指先一つ動かせない。
「名乗りなさいよ。亡霊に馬鹿にされて、のこのことくたばるつもりはないわ」
『あはっ、いいね。死に損ないのくせに、まだそんなに傲慢なんだ』
少女は楽しそうに身を翻し、高い天井の暗闇に混ざっていく。人形がカタカタと音を鳴らしながら彼女の降臨を祝福するように踊り始めた。
『あぁ、本当に久し振りに名乗るわね。噛まずに言えるかしら』
少女は、中央に置かれた青い魔石の上に、音もなく足を下ろした。
慣れた動作でドレスの裾を摘まみ、王族だけが許された完璧なカーテシーを披露する。
『私の名前は、シエル・シルヴレッタ。貴女たち王族が、歴史から消し去り、その上に胡坐をかいている初代生体核の名前よ……貴方はまず、年上に対する態度から身につけましょうね』
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