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魔女の氷庭  作者: 澄玲なの
第一章 幽閉編
13/17

【1-13】幸福の終わり

 いつもは静かな王宮の朝も、最近はずっと騒がしい。侍女達がバタバタと走り回り、寸法だとか発注が遅れてるだとか騒ぐ声が廊下越しに聞こえてくる。冬の終わりを感じる温かい日差しが差し込み、僕もいつもより気分が良かった。


「もうすぐ建国祭だね」


 建国祭、それは我が国の一大イベントだ。その起源は数百年遡らなければならない。

 シルヴレッタは元々、とある国の上流貴族一家が支配していた地域だ。各国の王に娘と婚姻を結ばせることで力を強めていき、他国の王であっても彼らを無下に扱うことができないような家系となっていた。権力を振りかざす貴族一家に嫌気がさし、国民は次々と反乱を起こしていく。まとまらない国民を束ねるため現シルヴレッタ王家の初代国王は立ち上がり、独立を果たした、なんて歴史がある。


「レト様達王族にとっても、国民にとっても誇り高き日、お祭りですからね。来週に差し迫っていますし」


 カツカツとヒールの音を立てて歩いてきたマドライナは、普段は無表情だが最近は少し浮かれている。窓を開けると春の風と共に、近くの飛ばされたガーランドが吹き込んでくる。紐がパタパタと靡く音よりも先に、パンっという激突音が耳元でなった。


「へぶっ」


 クスッと笑ったマドライナが僕の顔に直撃した布を剥がし、二人で笑い合った。料理の準備や飾られていく街を眺めてマドライナも少し、口角がいつもより上がっていた。


「レト様、少し浮かれておられますね?」

「それを言うならマドライナが、だろ?」


 春の風が窓辺におく植木鉢の花の香りを運んだ。こんな時間がずっと続けば良いのに、と心の底から思う。政治なんて興味ないし、大切な人達とのんびり暮らせたらそれで良い。


(最も、母様がそんなこと許さないだろうけど)


 自分の人生は自分のものだ、何てあんな夢みたいな文章をいつか言ってみたいものだ。働いて、好きな人と恋愛して、結婚して、子供を愛で育てたい。そんな願望は僕が王族である限り、叶わないのだから。

 風に当たって目を瞑る横の彼女を見た。気持ちよさそうに窓に寄りかかり、上でまとめられた髪の毛の飛び出た毛先が揺れている。小さいときは自分よりずっと背が高い女の子だった。今も男であるはずの自分と同じくらい高い身長のせいで、いつも揶揄われている。「あんな可愛げが無い背高のっぽの女となんか、誰も結婚してくれない」と。


(なら僕と……)


 半歩空いた彼女との距離を詰める勇気は無かった。ハァ、とため息を付いて窓辺に肘を置きながら後ろを振り返り、天井を見上げた。


「建国祭では男性から女性に花束を贈るそうですね!」

「ローザ!レト様に向かってその態度は止めなさい」


 ローザは最近侍女に加わった子だ。実家は田舎の辺境伯爵で、父親のその愛人の子だったから外に出されたしまったと不幸な身の上話を聞かされた。おさげの髪に、そばかすがあって元気の概念を具現化したような人だ。


「いやー女の子の夢ですよね!私も花束とか貰って玉の輿したいです〜!」

「いや、君は十分できる立場だろう」

「こういうのはやはり平民じゃないとドラマチックにはならないですよね!」


 俺はこの子が少し苦手だ。苦手というか扱い方に困る。マドライナはため息を付くと、手元の新聞紙でポンと彼女の頭を叩いた。


「貴方は王族に仕えているということの自覚はないのですか?」

「ありますよ!超あります!レト様優しくて大好きですから〜!」

「……本当勘弁してよね」


 ローザが来てからマドライナは少し元気になった。姉貴肌というか、本職が侍女なのもあってか面倒を見るのは得意らしい。ローザに向かって怒るマドライナは完全に顔から表情が抜け落ちていて人形のようだ。少し怖い。


「レト様は誰かに花束を送る予定はありますか?」

「えぇっと……」


 僕はチラリと植木鉢を見た。しばらく日光に当てていたのでもうかなり元気になっただろう。青いリンドウが、もう少しで花開きそうになっていた。


(この花をマドライナにあげるためにこっそり育ててるとか言えないしなぁ)


ーーコンコン


「っは、はい!」

「レト様、ヒルデガルド様がお見えです」

「母様が?マドライナ」


 マドライナに声をかけるため後ろを振り返ると、彼女は真横を通り過ぎていった。近くの他の侍女を呼び寄せて連れて、こちらを見向きもせずに行く。先程までの年頃の女の子のような姿が思い出せないほど、ピンと背筋を伸ばしており、髪もいつの間にか綺麗に整っていた。

 

ーーガチャ


 並んだ僕の侍女達が頭を下げた。扉を開くと両側に文官と侍女を連れた母様がゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。部屋に満ちた春の陽気など過ぎ去り、真冬でもやってきたかのように僕の身体は震えていた。

 母様と僕は似ているが、ぱっと見親子には見えない。昔は僕と同じ赤毛だったのに今は暗い色に染め直されており、明るい若葉のような色の僕と比べて深く暗い色をした緑の目。射殺されてしまうかのような圧を感じる鋭い目つき。


「母様、どうかされたのですか」


 僕はわたわたと髪を直しながら近づくと、母様は上から下まで僕を眺めた。


「最低限の身なりはなっているようで結構。もう庭いじりで泥なんて、はなしたないことしないようになったようで」

「母様に言われてからは庭園には近づいておりません」


 まずい、さっきの植木鉢をまだ隠せていない。幸い真後ろにあるから、母様の視界にはギリギリ入っていないだろう。


「あら素敵な花の香りね」

「え、あ」

「こんな花を、間違えて庭師が植木鉢のまま持ってきたのかしら?」


 母様が指をさす方向へ、バッと振り向くと母様の侍女が、植木鉢を無言で抱えている。いつの間にか僕の後ろに立っていた。

 呼吸が荒くなる。母様が怒り始めたことで喉が締め付けられるような圧迫感と、気分の悪さを感じ始めた。まただ、また情けない姿を好きな人の前で晒すことになる。目の前に見える自分の手足は青く、現実味のない色に染まっていった。


「あ、あ、あの」

「ヒルデガルド様、私です!」


 この明るい声の主は誰かなんてすぐにわかる。僕はすぐに顔を上げて、マドライナの横を見た。おさげの小柄な女の子は真っ直ぐ手を上げていた。


「部屋が質素でしたから、お花を飾ったら如何かと思いまして置かせていただきました!田舎者が出しゃばった真似をして、申し訳ございません。この"ローザ・ド・フォールネージュ"どんな罰でも受けます!」

「……ド・フォールネージュ、ね」

 

 母様は顎に指を置いてとんとんと叩き、少し考えた後、ローザに一週間の給料減額を伝えた。ローザはガーン、と分かりやすく落ち込んでいた。僕は全てに違和感を覚えた。怒った母様がこの程度で済ますはずがない。首が飛んでも仕方が無い、と思われるようなことだ。


(フォールネージュ家って一体……)

 

 そもそもただの辺境伯爵の愛人の子で、王子の侍女というこの待遇は不自然なほど良すぎる。色々思うところはあるものの、とりあえず間一髪のところで何故か助けて貰えたので、後でお礼をしなくては。


「か、母様は何の用で来られたのですか?」

「あぁ、本題に戻しましょうか。建国祭の舞踏会に参加する際、ローゼンベルク公爵家のフェリシア嬢をエスコートしなさい」

「それって……」

「お前の婚約者候補ですよ」

「え」


 世界は真っ暗になってしまった気がする。いや、元から暗かったのかもしれない。

 僕は王族としての立場と権力よりも、普通の幸せだけ欲しかった。

【背の高さについて】

コンラッド>レト=マドライナ>ヒルデガルド>アンネリーゼ>ルカ>ローザ=シエル


という順になっています。ちなみにシエルとローザは153cm、コンラッドは190cmあります。

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