【1-14】私の心から敬愛する御主人様へ
「王宮内の人が増えたわね。行事ごとかしら?もうしばらく外の様子を見てないから何の時期かすら分からないわ」
私は魔導回路を通じて王宮内の人の動きを感知していた。外に出るなら、まずは行く先である外の状況を調べなければならない。
『お姉様が来てからどれくらい経ったの?』
「さぁ……ご飯を届けに来てくれる子供に聞いてみても良いけど教えてくれるかしら」
地下で暮らし始めてかなり時間が経っている。長らく日の光を浴びてないせいで時間感覚がおかしくなり始めている自覚はあった。一日の間に二回ご飯が運ばれてくるが、来る時間が早く感じたり、時計が無いせいで頭がおかしくなりそうなほど待つこともあった。
魔石の間の扉は完全に締め切られ、鍵を外からかけられていて内側から開けることはできない。排気口みたいな適当な穴が扉に空いていて、そこから水と干し肉や乾パンを投げ入れられたりしている。
今もさっき入れられた乾パンを片手に魔導回路へ魔力を流していた。
『お姉様ったら本当やつれてきたわね』
ぎりぎり生命を保てているが、流石に痩せてきた。そろそろまともなご飯にありつきたい。
「ご飯は最低限しか貰えないから仕方ないわ。私だって外の豪華なご飯が食べたいわよ……美味しいものといえばやっぱりチーズ、あー、チーズフォンデュが食べたいわ!」
『出れたらいくらでも食べられるわよ』
「この硬くて歯が折れそうな乾パンも、チーズさえあれば美味しくなるのよ!食べ物のこと考えたら外が恋しくなってきちゃったじゃない」
シエルは騒ぐ私に呆れて肩をすくめた。冷静に考えて欲しいのだが、数ヶ月間保存食のような同じ味のものを与えられ続けて外の時間も分からないとなると、どんな屈強な騎士でも途中で音を上げるだろう。まともな会話を続けられる自分を褒め称えたいものだ。
『もうお姉様が何食べたいかとかは本当どうでもいいわ……人が増えてる理由のが大事、そうでしょ?警備が厳重化していたら困るわ』
「はーー、いつもの数倍の数の足があるのを感じるわ。城下町の人間も王宮内に入ってるんじゃないかしら」
こすれる布の音から察するに、そこまで分厚い服を着ているわけではなさそうだ。では、冬はそろそろ開けた頃だろうか。城壁がワラワラと集まってくる人々の足音で揺れている。これだけの数の城下町の人間もいるとなると、自ずと出てくるのは一つの答えだ。
「『建国祭』」
二人で揃ってその言葉が飛び出してきて、私達はチラっとお互い目を合わせてしまい、少し笑ってしまった。
『ふふっ、まあ建国祭は大事だもの。そりゃ王族だし、二人ともすぐ出てくるわ』
「もうこんな時期になっているのね。あとどれくらい期間があるのかしら。魔導回路越しだと小さいし、話し声も多くてよく聞こえないわ」
『前に庭園に隠しておいたドールがあるの。盗聴させてみましょう』
王宮内にはいくつか庭園があり、一番広い大庭園を中心に囲うように建物は建てられている。シエルの言う庭園はここのことだろう。季節の花や、大きな彫刻が飾られてそれは美しい、が、私が最後に見たのはかなり幼い頃だ。どんな見た目だったかあまり覚えてはいない。
ふとシエルは立ち上がると、少し伸びて準備運動をしてから私に手を差し出した。
「どうかしたの?」
『お姉様、私と手を繋いで。ドールの目と耳を共有するわ』
「共有もできるなんて便利な魔術ね」
『私達の身体を魔力は通れるからそれくらい楽勝よ。何より、彼らは私が作ったんだもの』
前からドールの視界で外を見るシエルの姿は見てきた。なんでも、片目を閉じると閉じた目は向こうの視界、両目を閉じると完全に見えるようになるんだとか。耳は強く手を押しつけて閉じるほど聞きやすいそうだが、今は片耳しか無理そうだ。
『行くわよ!せーの!』
ーーパシッ
目を瞑って手を勢いよく掴むと、視界は真緑に染まった。
「うわなにこれっ」
『草ね。この前隠した場所から動いてないといいんだけど……あーー、移動しちゃってるわね』
動く範囲に関してはある程度指示は出せるそうだが、シエルが見てる間にどこに彼らがいるかは分からない。ドールだって魔力は命とする生き物だからだ。草をかき分けて出ていくと、目の前には白い壁と優美な庭が現れた。なんだか懐かしい視界に、少し息を吐いた。
『一旦近くの建物とかに入ってみる?』
「待って、右から誰か来てるわ」
コツコツと音を立てて歩くヒールの音。この早足なのにどこか優雅な歩き方には見覚えがある。ドールが上を見上げると、透けるようなブロンドのお団子と同じ色の瞳。
「マドライナ!」
『誰?』
「レトお兄様の従者よ。無口で無表情でレトお兄様にしか心開いてない問題児」
『まぁ……』
レトお兄様とマドライナが特別な絆で結ばれているのは見ていて分かっていた。レトお兄様も彼女を信頼しているし、明らかに惚れていた。でもお兄様も絶対そのことを口に出さないから、幼い私はやきもきしながらその様子を眺めていたものだ。今になれば従者に恋する主人なんて確実に引き剥がされるから当然とも言えるが。
『問題児さんの後を付けて見ましょうか。なんだか急いでるみたいよ』
ーーキッキュッ
予想でしかないが、恐らくこのドールはリスだと思う。シルヴレッタではありふれた生き物なので馴染みやすいだろう。
シエルが指示を出しながらお利口にマドライナの後を付けていった。庭園で対照になるように作られた階段を登ると、どうやら上に誰かいるらしい。階段の柱にこそっと隠れて下から見上げてみた。スカートの裾の色を見るにレトの従者であることに間違いは無い。
〈ーーザ、あなた分かってたでしょ?〉
〈なんのことですか〉
「最初なんて?というか誰なの?」
『五月蝿いお姉様、聞こえないじゃない』
「ザ」で終わる侍女なんかいたかしら、と一人考えていると、彼らの話はどんどん進んでいく。
「シエル、相手の顔を見たいわ」
『これ以上上向いたらドールの首もげちゃうわよ!』
〈レト様のこと庇ったじゃない〉
〈まあ良いじゃ無いですか!あの花は私のものということにすれば万事解決〉
レトお兄様を庇うような仲の良い侍女がいるなんて知らない。こんな短い期間で中々心を開かないお兄様と打ち解けるなんて、普通無理だ。マドライナは違和感を抱いて問い詰めている、という風に見える。何があったか知らないが、女同士の険悪な雰囲気はいつまで経っても好きになれない。
そういえばあの子はかなり疑り深い性格だった。納得がいくまで聞いたし、レトを守るために怪しい人物には全てを吐かせていた。コンラッドお兄様がレトお兄様にいたずらした日には、相手が貴人とは思えぬ殺気を飛ばしていたのは今じゃ笑い話だ。
〈レト様とヒルデガルド王妃の関係を知らないとあんな行動には出られないはずよ。何者なの〉
警戒して距離を置いていた侍女はマドライナに近寄ると、肩にぽんと手を置いた、ように見える。
〈私は、大好きなご主人様に幸せになって欲しいのですよ。そのためなら犠牲になっても良いし、だから今ここにいるんです〉
侍女は本当に主人を愛している、というのは言葉の節々から伝わっていてそれに間違いはない。ただ、何か違う気がする。きっと彼女は嘘をついている。
突然、侍女は膝を曲げるとこちらに向かってゆっくりと指を刺して笑いかけた。目は光がなく、宇宙のような理解できない恐怖を感じて、私の心臓はドッと音を立てた。彼女は何かに似ている。
〈……ところで、そこのお人形はなんですか?〉




