【1-12】今回の喧嘩は私の勝ち
勢いに任せて、額をコツンと合わされて、「ゴミ同士仲良くしましょう」なんて言われた直後だ。二人とも妙に黙っていて少し気まずい。照れ隠しのようにそっぽを向いたシエルに促されて、私は初めて資料室へと足を踏み入れた。
今まで、なんとなく入るべきではないだろうと思っていたからなのか、私は少しわくわくしていた。入って良いと言われたときに友達の家に行くってこんな感じなのかもしれない、と気がついて少し嬉しかった
シエルが私の身体分しか扉を開けなかった、いや、開けれなかった理由はその先の景色を見て納得した。
「これは……足の踏み場もないわね」
『仕方ないじゃない。色々仮説立てたり本を読んだりしてたら、机じゃ足りなくって』
石で作られた部屋の筈なのに、石の部分を天井以外見ることができない。部屋中紙で真っ白だった。
私は踏んでも良さそうなところを選びながらそっと足を降ろした。ちらりとシエルの反応を見ると、こちらを見向きもせずに当然のように紙束を踏んで行く。私はなんだか勝手に損した気分だ。
奥の古い木のイスに座ると、シエルは何やら書類を持ってきた。
「これだけ調べるって私の白い手のことよね」
『えぇ、何故突然やって来たのかについて考えてみたの』
シエルが立てた仮説を要約すると、『私がここに来る前にトチ狂って契約してたか、あるいはあの化け物が気まぐれでお姉様の魔力に釣られてやってきたか』とのことだった。どちらにしても、私は強い違和感を覚えた。
「地上にいた頃にそんな化け物と出会った覚えは無いわね」
『まあ魔獣話を記憶を食べるから、忘れてる可能性だって十分にあるわ』
「2つ目の仮説だと、興味で地下室に?どうしてかしら」
『お姉様の魔力に反応して、だとか……?契約の覚えがないなら自主的に来た以外ないのよね。ただ、この場合でもお姉様が一度は魔獣と接触しておかないといけないわ。わざわざ彼奴らも人がいるかも分からない地下に来ないと思うのよ』
仮説を立てても矛盾が生じて、これといって良い理由が出てこない。訳の分からない古代の魔獣を無意識に呼び寄せてしまうかもしれないなんて怖すぎる
「うーん、なんだかまとまらないわね」
『だってここには資料が全然足りないし…… 』
シエルは持っていた紙を天井に向かって投げた。古い紙はひらひらと大きな花片のように降ってくる。ヤケクソになった亡霊の少女は、後ろには本があることもお構いなしに倒れ込んだ。
(本当に元王女なのかしら)
ボフッと音を立てて周りの紙は、また上へ舞い上がる。ここにある資料も大事なものなのに、それがどうでも良くなるくらい彼女は悩んでいるようだった。
『あぁ、書庫』
ロウソクの光が、水色の瞳を反射している。ほんのり明るくなった彼女の光は、私には見えない遙か遠くを照らしていた。小さなロウソクの炎はゆらゆらと不安定に揺れている。
「書庫?」
『魔術書庫に行けたら、何か分かるかもしれないわ』
「それって……」
シエルは私見ること無く、勢いを付けて起き上がるとニコリと笑って天井を指さした。上を見てもどこまであるのか分からない、高い天井が続いている。
『外に出るわよ!』
シエルの声は部屋を反響した。大きく聞こえたのは、きっとそれだけのせいじゃない。心臓がバクバクとうるさくて、真っ先に思い浮かんだのはルカの顔だった。
(また、会えるかもしれない)
この期待が私の胸を踊らせた。でも、ルカの次には現実という大きな壁が私に迫ってきていた。
「私達出られるの?」
そもそもなぜ私もシエルもここに閉じ込められているのか。その理由を忘れてはならないだろう。国の防衛、結界の維持をするためだ。大きな隣国がこの国に攻め込まずに済んでいるいるのは、これのお陰なのだ。魔力をできるだけ絶えず供給し続けることで、より結界の表面の強度に差をつけることなく均等に分担できる。だから、システムとして生体核自体は結界強度を上げる面では一番効率的だ。
「私が出て行けば結界はどうなるのよ」
『数日後には崩壊するわね。今まで王族が魔力供給できないときは、代わりに小さな魔石を持ってきてくれる人がいたんだけど』
「文官かしら?」
『いいえ、あれはもっと高貴な身分の人だと思うわ。身なり的に』
影で王族を支えてくれていた人がいたなんて、王女なのに知らないことが恥ずかしい。今まではいて、もういないなんて、ご高齢だったのだろうか。
「魔石を手に入れたとしても、どちらにせよそれを替えに来ないと行けないわ」
外から魔力を供給できればいいのだが、魔石の間はそんな便利なことができるならそもそも必要ないだろう。
替えに来ると普通に言ってしまったが、魔石だって小さくてもかなり高価な代物なのだ。特産地域である隣国の峻険な山々、そこを越える際にかかる莫大な関税。昔、シルヴレッタには魔石に魔法陣を描くことで何度も使えるようにした偉大な人がいたそうだ。それがここにある大きな青い魔石のことなんだとか。
『お姉様、国のことなんて守らなくていいじゃない』
「はぁ?」
色々考え込んでいると、シエルが言ったことが最初は咄嗟に理解できなかった。信じたくないが、腐っても王女だろうに、そんな簡単に祖国を見捨ててしまうのか。
「あなたは自分を殺した国を恨んでいるかもしれないし、私だってお兄様を殺したことは許せないわよ。でも、崩壊させるなんて、私の目標はそれじゃないもの」
『じゃあ何?実兄を殺した奴が、ぬくぬくと息子で傀儡政治を行う国を手助けしたいのかしら?そんな考えが合わない邪魔者はね、みんな死んじゃえば自分が楽なのよ』
前々から思っていたが、シエルは普通に人を殺そうとする。レトお兄様も止めなければ暗殺しようとしていたし、彼女が邪魔だと思えば何があっても排除しようとしてしまう傾向がある。その考え方が私には到底理解できなかった。
「本当、なんでそんなこと言えるのよっ!結界の崩壊してしまえば不安から治安だって悪くなる。民間人もきっと色んなことに巻き込まれる。犠牲になるの王族だけじゃないのよ!」
『死んだっていくらでも国民は生まれるじゃないの!今の犠牲は諦めなさい』
眉に皺を寄せるシエルは、納得がいかないという不満そうな顔をしていた。私とシエルの決定的な違いだ。数百年違う倫理観を持つ人間同士は、どこまで話し合っても根本では分かり合えない。彼女が言うことも完全な間違いだとは言い切れなかった。
私達はしばらく睨み合った。
私はルカに何を誓った? 復讐、いや、もっと大切なことだ。
手元にあった紙を巻き、片手に持って立ち上がると、シエルに向かって振りかぶった。シエルはハッとしたような顔をして、咄嗟に手元のドールを盾にする。
ーーパンッ
部品が吹っ飛んでいく。それを見たシエルは立ち上がって手を伸ばそうとした。私はその手を掴んでこちらを向かせる。
揺れる水面のような瞳はようやく私を映してくれた。
「私の玉座はこの国にしかないのよ。この手で王位を奪い返すと決めているの。貴方だって自分の大切なものを傷つけられたら嫌でしょ?私にとっての民の命は、あなたにとってのドールと同じよ」
ポカンと口を開け、今までで一番馬鹿みたいな顔をした高慢な元王女様は、私に掴まれた手を見てから落ちたドールの腕を横目に見た。
沈黙が部屋を満たす。私も一発殴られてもおかしくないような状況だったのに、シエルは肩を揺らして笑い出した。
『あははっ!最悪な例えねお姉様!それって民は所詮、玉座を守るために必要な存在でしかないってことじゃないの……あー、貴方はそんなにこの国にまだ期待しているのね』
笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、シエルは顔を上げて今までで1番の笑顔を作っていた。
『いいわ、結界を壊さずに外に出る術を探しましょう』
もちろん、私達も所詮、この国を維持する王族でしかないのだ。
お母様、お兄様へ
私友達と喧嘩して、仲直りして、口喧嘩もしました。王女として生き続ければ、こんな体験できなかったかと思うと地下での暮らしも悪くないかもしれません。仲直りすると前より仲良くなれるという話は、嘘じゃなかったのですね。




