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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
月光宮編:園遊会

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崩れたお茶会と、甘い毒の痕跡

「――これは、毒です」


 華やかな音楽と談笑に包まれていた園遊会の空気が、私のその一言で一瞬にして凍りついた。

 

 静寂はほんの数秒。直後、私の周囲に控えていた他の毒味役たちが、弾かれたように悲鳴を上げ、手にしていた美しい小皿やお菓子を床に放り出した。


 ガチャン、パリンと陶器が砕ける不快な音が連鎖し、会場は一気に大混乱へと陥る。


「毒だと!?陛下をお守りしろ!」

「料理を作った者を捕らえよ!!」


 近衛兵たちの怒号が飛び交う中、私は騒ぎの中心にいながら、極めて冷静に視線を巡らせた。

 

 私の視線が、会場の隅で顔面を蒼白にしている一人の料理人とぶつかる。


 彼は私と目が合った瞬間、びくりと肩を震わせ、脱兎のごとく背を向けて逃げ出した。


「あいつだ!追え!!」


 すぐさま数人の武官たちがその背中を追って駆け出していく。


 後宮の厳重な警備網の中で、あの逃げ腰の料理人が逃げ切れるはずがない。


 捕まるのは時間の問題だろう。

 

 私は逃げる料理人から視線を外し、混乱の極みにある会場をそっと抜け出すと、足早に調理場へと向かった。


 調理場の中も、表の騒ぎを聞きつけた料理人たちが右往左往しており、ひどく慌ただしい空気に包まれていた。

 

 私は誰にも咎められることなく奥へと進み、先ほど私が口にしたのと同じ、色鮮やかな練り切りのお菓子が整然と並べられている配膳台を見つけた。


「あの、すみません。少しお聞きしたいのですが」

「ひっ!な、なんでしょうか……っ」


 近くで震えていた若い配膳係の肩を叩くと、彼は幽霊でも見たように飛び上がった。


「このお菓子、ずいぶんとたくさん用意されているんですね。先ほど会場に出されたもの以外にも配る予定だったのですか?」

「は、はい……っ!これは、上級妃様方と一緒にいらしている、侍女の皆様にもお配りするためのものでして……。実は、最初にお出しする段階で、並べていたお菓子の一部をうっかり崩してしまいまして、急いで並べ直したんです」

「……なるほど。崩れたから、並べ直したんですね」


 私は配膳係に礼を言い、配膳台の周りをゆっくりと歩きながら、鼻を微かに動かして周囲の空気を探った。

 

 砂糖の甘い匂い、小豆の香り、果実の酸味。

 だが、それだけだ。

 

 どれだけ深く息を吸い込んでも、私の鼻は『毒の匂い』を一切感知しなかった。


 熱気と蒸気が籠もるこの空間で毒草をすり潰した時の青臭さも、煮詰めた時の鉄のような匂いも、この調理場には微塵も残っていない。


(……この調理場で、毒を入れたわけじゃないわね)


 もし調理の最終段階で毒を混入したなら、必ずどこかに痕跡や匂いが残る。


 それがないということは、このお菓子に仕込まれた毒は、調理場に持ち込まれるよりずっと前、別の場所で前もって準備され、すり替えられたか混入された可能性が高い。


「――凛花リンカ!」


 私が思考の海に沈みかけていたその時。背後から、低く切羽詰まった声が響いた。

 

 振り返ると、息をわずかに切らせた叡明エイメイ様が、高星コウセイ様を従えて足早にこちらへ向かってくるところだった。


 その顔には、いつもの冷徹な余裕はなく、明らかな焦燥が浮かんでいる。


「叡明様」

「無事か!お前、また毒を口にしたそうだな。具合は……」

「ご心配には及びません。あの程度の毒、私にとっては全くの無害です。……まあ、他の毒味役の方々が口にしていれば、少しばかり体調を崩して寝込んでいたかもしれませんが」


 私が平然と答えると、叡明様は深い、本当に深いため息を吐き出し、乱れた前髪をかき上げた。


「……そうか。お前が無事ならそれでいい」

「それより叡明様。これではもう、園遊会は中止ですよね?」

「ああ、当然だ。皇帝陛下と妃様方はすでに安全な宮へと避難されている。……私はこの後、事後処理と情報の統制に当たらねばならん」

芙蓉妃フヨウヒには私から事情を話しておくゆえ、お前は先に私の執務室しつむしつへ行っておいてくれ。詳しい話を、そこで聞かせてもらおう」


 叡明様の言葉に、私は静かに頷いた。


「分かりました。……あ、そうだ。叡明様、お願いがあるんですが」

「なんだ?」

「あの会場で、他の毒味役の方々が手放して床に落としたお菓子……あれを、一つだけ確保しておいていただけませんか?」


 私が真剣な顔で頼むと、叡明様の動きがピタリと止まった。

 

 彼はスッと目を細め、ひどく疑り深い、ジトッとした視線を私に向けてくる。


「……お前。まさか、それを食べるつもりじゃないだろうな?」


 図星、いや、半分図星を突かれた私は、思わず肩をビクッと跳ねさせた。

 

 だって、毒が仕込まれているとはいえ、各国の極上素材を使った園遊会の特別なお菓子なのだ。


 もったいないではないか。


「ち、違いますっ!食べたい……じゃなくて!後で叡明様とお話しするための、大事な証拠品として必要なだけです!」


 私が慌てて両手を振り回して否定すると、叡明様は呆れたように肩を揺らし、少しくすりと笑いを零した。


「……分かった。高星、後で執務室に持ってこさせろ」

「はっ。承知いたしました」


 高星様が深く頭を下げるのを確認すると、叡明様は「大人しく待っていろよ」と言い残し、再び事後処理の修羅場へと足早に去っていった。

 

 取り残された私は、手に入れたわずかな手がかりを頭の中で組み立てながら、指定された執務室へと歩き出す。


(配膳の乱れ、侍女へ配られるはずだったお菓子、そして……あの調理場の不自然なまでの『毒の痕跡のなさ』)


 この毒物騒ぎは、ただの単発の暗殺未遂ではない。

 

 もっと深く、もっと陰湿な『意図』が隠されている。


 私はその答えを引きずり出すべく、思考の螺旋を深く潜っていった。

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