絶世の毒味役と、宴に潜む甘い罠
遠くの席に座る二人の上級妃を、私はこっそりと観察していた。
まだ一度も言葉を交わしたことのない、瑠璃様と雪華様だ。
瑠璃様は、遠目から見てもひどく幼い顔立ちをしていた。おそらく私よりもいくつか年下であることは間違いない。
小動物のように愛らしく、きらきらとした衣装に身を包んでちょこんと座っている。
(あんな小さな子が上級妃だなんて……皇帝陛下って、もしかしてそういう趣味なのかな……)
などと、口に出せば不敬罪で首が飛びそうなことをこっそり思いながら、私は隣の席へと視線を移した。
対照的に、雪華様はひどく大人びた、凛とした氷のような印象を受ける女性だった。
装飾を抑えた冷たい青の衣を纏い、背筋をピンと伸ばして座るその佇まいとは裏腹に、年齢はおそらく私と同じくらいだろう。
彼女は象棋――盤上遊戯がひどく得意らしく、その並外れた頭脳を買われて、時には軍師たちと協力して政に意見することもあるという噂だ。
どちらの妃様とも直接話したことはないけれど、こうして後宮の頂点に立つ四人の妃が揃い踏みする姿を見られただけでも、このお茶会に参加した価値はあったと思う。
普段の下働きや執務室の往復では、絶対に見られない光景だからだ。
「うんうん、眼福だわ」
私は一人で深く頷き、すっかり満足していた。
やがて、楽師たちが奏でる華やかな音楽が高らかに鳴り響き、いよいよ園遊会が正式に幕を開けた。
会場の空気が一段と華やぐ中、私たち毒味役に出番が回ってくる。
各妃様方の前に並べられた豪華絢爛な料理の安全を確かめるため、毒味役たちが次々と舞台や配膳台の前に進み出た。
私も、芙蓉様の侍女として、そして専属の毒味役として前へと進み出る。
その瞬間だった。
会場にいた周囲の人々の視線が、一斉に私へと突き刺さったのは。
「……おぉ……っ」
「あれは、どこの宮の女官だ……?」
「いや、天女か……?」
静たちの手によって完璧な化粧と豪奢な衣装を施され、隠していた本来の美貌を完全に解放している私の姿に、周囲の貴族や文官たちが息を呑む音が聞こえてきた。
とりわけ、会場の警備に当たっている屈強な武官たちの反応は露骨だった。
彼らは手にした槍を落としかけ、私の姿を見るなり「ごくり」と喉を大きく鳴らして、完全に目を奪われている。
(……そんなに見つめられたら、毒味しにくいんだけど。……あ、もしかして皆お腹が空いてるのかな?)
私は彼らの熱烈な視線の意味をまったく理解せず、ただ「豪華な料理を前にしてお預けを食らっている可哀想な人たち」と解釈して、目の前の仕事に集中することにした。
宴の最中、各国や各地方から献上された、見たこともない珍しい料理が次々と運ばれてくる。
ツバメの巣の極上スープ、香草をふんだんに使った仔羊の炙り焼き、東の海から届いたという珍しい魚の姿煮。
他の毒味役たちは、万が一の毒を恐れて、箸の先でほんの少しだけ口に含み、顔を強張らせながら慎重に毒味を行っている。
だが、どんな猛毒だろうが「美味しく」平らげてしまう特異体質の私にとって、ここは命懸けの戦場ではなく、ただの極上の食べ放題会場だった。
「んん〜っ! この仔羊、香辛料の効き具合が最高……!」
私は、他の毒味役の緊張感などどこ吹く風で、出された料理を次々と嬉しそうに頬張っていった。もはや毒味というより、ただの食事である。
控えの席から私のその様子を見ていた明苺と桂花が、呆れを通り越して「凛花、食べすぎ!」「お腹ぽっこり出ちゃうよ!」とお腹を抱えてくすくすと笑っているのが見えた。
芙蓉様も、そんな私の旺盛な食欲を見て「ふふっ、凛花が美味しそうに食べる料理なら、間違いなく安全ね」と、楽しそうに微笑んでくださっている。
そして、宴もたけなわに差し掛かった頃。
煌びやかな細工が施された皿に乗って、色鮮やかな練り切りのお菓子が運ばれてきた。
美しい花の形を模した、食べるのがもったいないほど繊細な一品だ。
私はいつものように目を輝かせ、そのお菓子を手に取って、迷うことなくパクリと一口かじった。
口の中に、上品な小豆の甘さが広がる。
――だが、次の瞬間。
私の舌の奥にある、毒を感知する特殊な味覚が、ビリッと微かな『痺れ』を捉えた。
甘さの奥に隠された、無味無臭の痺れ薬。
発作を起こさせるような即効性の劇薬ではないが、確実に人間の胃腸を荒らし、一時的に体調を崩させる類の遅効性の毒だ。
(……あら)
私は、口の中のものをゆっくりと飲み込み、手に持っていた食べかけのお菓子を皿に戻した。
そして、宴の楽しげな空気を切り裂くことなど全く躊躇せず、スッと右手を高く真っ直ぐに挙げた。
周囲の視線が、再び私に集まる。
私は、傍らに控えていた静に向かって、ごく平坦な、業務報告と何ら変わらない冷静な声で一言、言い放った。
「――これは、毒です」




