三つの飾り紐と、華やかなる園遊会の幕開け
園遊会へと向かう直前。
芙蓉様が私たち侍女五人を前にして、美しい絹の飾り紐を取り出した。
「わぁ……綺麗な飾り紐ですね」
私が素直な感想をこぼすと、芙蓉様はふわりと微笑んで首を振った。
「これはただの飾り紐ではないのよ。私があなたたちを『庇護下』に置いているという、大切な証拠なの。園遊会には様々な身分の、様々な思惑を持った人が集まるわ。だから、必ずこれを身に着けて頂戴。……これを付けている者に危害を加えることは、私への危害と見なすということだから」
その言葉の重みに、私たちは静かに頷いた。
私は編み込んだ髪の結び目に、明苺は白い首元に首飾りのように結びつけて、桂花は静や小蘭と同じように手首に、それぞれ芙蓉妃様から賜った飾り紐をしっかりと結びつけた。
準備を整え、一行は会場となる大庭園へ向けてゆっくりと歩みを進める。
その途中、少し離れた回廊の向こうから、見慣れた二つの影がこちらへ近づいてくるのに気づいた。
執政官の叡明様と、高星様だ。
「芙蓉妃、本日はお日柄も良く。……侍女のみなも、見違えるほど綺麗だな」
叡明様は立ち止まり、優雅に挨拶を交わしながら私たちを見渡した。
だが、その視線がわずかに彷徨い、ふと眉をひそめる。
「……凛花は、今日は来ていないんだな?」
「はい?お呼びでしょうか、叡明様」
列の最後尾で石ころのように気配を消していた私が、少しだけ前に出て振り返る。
その瞬間。
叡明様の動きが、ピタリと完全に停止した。
普段はどんな不測の事態にも冷徹な顔を崩さない彼の瞳が、限界まで見開かれている。
以前、皇帝陛下のお茶会で一度だけ私の素顔を見せたことはあった。
だが、あの時は泥と汗にまみれた状態だった。今日の私は、静たちによって完璧な化粧と豪奢な衣装を施されている。
それに加え、以前よりも彼の中で私に対する『感情』が強くなっているせいか、叡明様は呼吸をすることすら忘れたように、私を凝視して固まっていた。
「……っ」
ハッと我に返った叡明様は、自身の懐を乱暴に探ると、一本の真紅の飾り紐を取り出した。
そして、ズンズンと大股で私に歩み寄る。
「こ、これを付けておくんだ」
「え?でも、飾り紐ならさっき芙蓉妃様からいただいて、髪に結んでいるんですが……」
「いいから!これも持っておけ!」
叡明様は有無を言わさぬ強い力で私の手に飾り紐を握らせると、耳まで真っ赤にして、逃げるように足早に去っていった。
取り残された高星様が、慌てて深く頭を下げてその後を追っていく。
「あらあら、ふふっ。……さぁ、参りましょうか」
一部始終を見ていた芙蓉様が、扇で口元を隠して楽しそうに笑った。
私は手の中に残された二本目の飾り紐に首を傾げながら、とりあえず帯の間にそっと挟み込んだ。
園遊会の会場に到着すると、そこはすでにむせ返るような百花繚乱の熱気に包まれていた。
上位妃たちが集まる独特の緊張感の中、芙蓉妃様のもとへ、不器用な和解を果たした麗様が歩み寄ってくる。
二人が言葉を交わす姿は、まさに一幅の絵画のように美しい。
「……凛花。ちょっと来なさい」
ふと、麗妃様が私を呼び止めた。
彼女は私の肩にポンと手を置くと、私の手の中にそっと何かを押し付けた。
「この前の、私の肌に合わせた薬水のお礼よ。また近いうちに、瑞蓮宮へ来なさい」
そう言って優雅に去っていく麗妃様の後ろで、彼女の侍女たちが「なぜあの下女が麗妃様から直々に……」と、射抜くような鋭い視線を私に向けている。
ひどく気まずくなった私は、そっと手の中を開いた。
そこには、金糸が織り込まれた三本目の飾り紐があった。
(……私、いつから飾り紐の回収係になったんだろう。石ころのように気配を消していたいのに、これでは誰の庇護下にあるのか大渋滞だわ)
いたたまれず、そそくさと静たちの背後へ駆け寄る。
静が「色々と大変ね」と呆れたように笑い、小蘭が労うように冷たい果実水を渡してくれた。
小さいため息をつきながら喉を潤し、ふと会場の中央に視線を向ける。
すると、一段高い玉座に座る皇帝陛下が、こちらをじっと見つめているのに気づいた。
何か私に言いたいことでもあるのだろうか、と身構えたが、よく見ると陛下の視線は私ではなく、少し離れた場所にいる明苺と桂花へ向けられていた。
視線の先を追うと、華麗に変身した明苺と桂花の周りに、屈強な武官たちが群がり、嬉しそうに談笑している。
どうやら、普段は裏方にいる美しい花々の登場に、武官たちが見惚れて集まってしまったらしい。
皇帝陛下は何か気にしている様子だったが、私は「明苺の念願が叶ってよかったな」と軽く流すことにした。
さらに視線を遠くへ巡らせる。
そこには、私がまだ言葉を交わしたことのない二人の上級妃の姿があった。
一人は、ひどく幼い顔立ちをした瑠璃妃様。
そしてもう一人は、静かに盤面を見つめるような知的な瞳を持った雪華妃様。
華やかな園遊会の幕開け。
様々な人々の思惑と、甘い毒の香りが交差する宴が、いよいよ始まろうとしていた。




