感動の再会?愛娘に蹴り飛ばされる討伐隊の頂点
一方その頃。
月光宮でのヒリヒリとしたお茶会の一部始終を、遠くから息を潜めて監視していた影が、主の元へ帰還していた。
後宮の外れに位置する、質実剛健を絵に描いたような討伐隊の詰め所。
その奥にある薄暗い執務室で、報告を受けた梟仙は、組んだ手の上に顎を乗せ、静かに目を細めた。
「……ほう。ただの女官ではない、と?」
「はっ。間違いありません。巧妙に隠された茶会の仕掛けの数々――風上に置かれた香炉の微かな細工、特定の組み合わせで毒性を発揮する花の配置、座る位置によって体調を崩させる計算された席次」
「それらを瞬時に見抜き、しかも誰にも悟られることなく、すべて無力化してみせました」
部下は興奮を抑えきれない様子で語る。
「さらに、麗妃が勧めてきた食べ合わせの悪い菓子や強いお茶に対しても、即座に解毒効果のある香草を添え、温度を調整することで、芙蓉妃を完璧に守り抜いておりました」
「あれは、並の知識と観察眼ではありません。まるで、裏の裏まで知り尽くしているかのような……」
部下の報告を聞くにつれ、梟仙の纏う空気がわずかに、だが確実に変わっていく。
梟仙の脳裏に浮かぶのは、長年行方不明になっている最愛の妻と娘の面影。
懐にはいつも、幼い娘が拙い筆致で描いてくれた「家族の絵」が大切にしまってある。
そして先日、執政官である叡明が、どこか誇らしげに、しかし少し呆れたように語っていた言葉。
『私の優秀な女官が解決してくれました』
後宮に渦巻く毒や薬の知識。卓越した観察眼。
それらが梟仙の頭の中で、散らばっていた符合が、頭の中で一本の線に繋がっていく。
「……なるほど。そういうことか」
低く響く声には、普段の飄々とした掴みどころのない態度は欠片もなかった。
その双眸には、獲物を確実に見据えた猛禽類のような、鋭く危険な光が宿っていた。
「……自ら確かめる必要がありそうだな」
誰に言うともなく呟いたその声は、静かな執務室に重く響いた。
それから数日後。
月光宮の裏庭では、凛花、明苺、桂花の三人が、鬱蒼と茂る草むらをかき分けながら必死に何かを探していた。
「もう、桂花! だから後宮で勝手に生き物を飼っちゃ駄目だって言ったじゃない! 見つかったらどうするのよ!」
「ご、ごめんなさい〜! でも、お腹すかせててすっごく可哀想だったんだもん……! おこげー! どこー!? でておいでー!」
半泣きになりながら茂みを探る桂花を、明苺が小言を言いながらも手伝っている。
話を聞けば、この前の猫にどうやら桂花がこっそり餌付けしていたようだ。
名前は『おこげ』
ふとした拍子に部屋から逃げ出してしまったらしい。
「仕方ない……。怒るのは後にして、早く見つけよう。このあたりは人気もなく、隠れる場所はたくさんあるから」
やれやれとため息をつきつつも、友人たちのためにさらに奥の、普段は誰も寄り付かないような薄暗い茂みへと足を踏み入れた。
ガサガサと草を掻き分ける音が響く中、凛花の耳が微かな音を捉えた。
「……にゃあ」
そっと枯れ木を避けると、そこには日の光が差し込む僅かな僅かな隙間で、茶色いトラ猫――おこげがゴロゴロと喉を鳴らして寝転がっていた。
「見つけた。おこげ。ほら、おいで。皆心配してるよ」
凛花がホッと安堵してしゃがみ込み、おこげをそっと抱き上げようと手を伸ばした、その瞬間だった。
――ぞわり。
首筋を氷で撫でられたような、強烈な悪寒が走った。
背筋を凍らせるような、異様な気配。
いや、違う。正確には『気配がない』のだ。
背後の至近距離に『何か』が存在している圧迫感はあるのに、足音はおろか、衣擦れの音、呼吸の気配すら全く感じない。
幼い頃から叩き込まれた暗殺や毒の知識、そして幾度となく死線を潜り抜けてきた凛花の本能が、最大級の警鐘をけたたましく鳴らした。
(危険……! 誰かに背後を取られた!? いつからそこに!?)
凛花は抱き上げたおこげを咄嗟に庇うようにして、弾かれたようにバッと振り返った。
目の前に見上げるほど長身の男が立ってる。
質の良い、しかし動きやすさを重視した武官の服。
整った、彫りの深い顔立ち。
だが、その目はどこか常軌を逸した光を宿しており、凄まじい威圧感を放ちながら、凛花を真っ直ぐに見下ろして、静かに、そしてひどく嬉しそうに微笑んでいた。
(誰……!? この尋常じゃない気配の消し方……ただの武官じゃない!)
凛花が息を呑み、警戒を最大限にまで引き上げ、ジリッと後ずさろうとした次の瞬間。
男の表情がパァァッと太陽のように明るく輝き、先ほどの凄みや殺気など微塵もない、素っ頓狂な大声が裏庭に響き渡った。
「りんかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「……えっ?」
「おおおお! 私の愛しい娘よ! こんなに大きくなって! 会いたかったぞぉぉぉ!」
ドスッ!!
「ひっ!?」
男――梟仙は、文字通り感動の涙を滝のように流さんばかりの勢いで、凛花に思いきり抱きついてきた。
突然の大音量と力強い抱擁に驚いたおこげが「に゛ゃあっ!」と悲鳴のような鳴き声を上げ、凛花の腕から蹴りを入れるようにして逃げ出した。
残された凛花は、見知らぬ大男に骨が軋むほど力いっぱい抱きしめられ、完全に思考が停止し、頭の中が真っ白になった。
(な、な、何!? 誰!? 娘!? 苦しい!!)
「ああ、夢にまで見た我が娘……! 父は、父は感動で前が見えんぞ!」
「ひ、人違いです!! 離れてください!!」
むさ苦しい大男がすりすりと頬擦りしてくるという、地獄のような状況に対し、ついに堪忍袋の緒が弾け飛んだ。
凛花はもがいて僅かに確保した空間を利用し、渾身の力を込め、容赦なく男のすねに鋭い蹴りを叩き込んだ。
「ぐはぁっ!?」
鈍い音が響き、さしもの梟仙もたじろぐ。
「きゃあああ! 凛花が不埒者に襲われてるぅぅぅ!?」
ちょうど駆けつけてきた明苺と桂花が、その惨状を目撃して鼓膜を破らんばかりの悲鳴を上げた。
「だ、誰かー! 武官様ー!! 早く来てー!!」
明苺は血相を変えて助けを呼びに弾丸のように走り出し、桂花は半狂乱になりながら梟仙の背中に飛びかかった。
「離れなさーい! 凛花から離れろ、この痴れ者ー!」
「むぐっ!? ま、待て、誤解だ! 私は変態ではない! 凛花! 父だ! 父だぞ!」
「知りません! 馴れ馴れしく呼ばないで! 離して!!」
さらに追撃の蹴りを入れようとする凛花と、背中でポカポカと叩き続ける桂花。
数分後。
明苺のけたたましい叫び声を聞きつけて慌てて飛んできた数人の武官たちは、そこで一生忘れることのできない信じられない光景を目にすることになる。
「きょ、梟仙様!? 一体何をされているのですか!!」
後宮の裏庭で、激怒する下女二人に容赦なく殴られ、蹴られ、罵倒されながらも、なぜか至福の表情を浮かべて嬉し泣きしている、討伐隊の頂点にして最強の武官の姿を。




