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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
月光宮編:邂逅

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頼もしい二人の助っ人と、月光宮を癒やす八宝安神湯

 翌朝。月光宮げっこうきゅうの回廊を歩く女官たちの顔には、隠しきれない疲労と深い隈が刻まれていた。

 

 すれ違う足取りは鉛のように重く、誰もが無言で俯きがちだ。


 いつまた恐ろしい事件が起きるか分からない疑心暗鬼。

 食事のたびに怯えなければならない重圧。


 それに加えて、恐怖で月光宮を去った者たちの分の仕事まで、残された者たちで背負わされているのだ。


 彼女たちの細い肩には、重すぎる負担がのしかかっていた。


(このままじゃ、みんな倒れちゃうわ……。過労で人が倒れるなんて大問題よ)


 状況の深刻さを感じ取った私は、芙蓉フヨウ様の私室へと向かい、侍女頭のシズカを通してある提案をすることにした。


「私がよく知っている、信頼できる下女を二人、こちらに呼んで紹介させていただけないでしょうか。二人とも仕事が早く、機転の利く働き者です」


 私がそう申し出ると、芙蓉様はふわりと微笑みを浮かべた。


凛花リンカがそこまで言うのなら、もちろん構わないわ。私からもぜひお願いするわね」


 芙蓉様は私の顔をじっと見つめ、不思議そうな声を漏らした。


「それにしても凛花は、普段は地味な衣で隠そうとしているけれど……ふとした瞬間の所作や、伏せた睫毛の奥にある瞳に、隠しきれない絶対的な美しさがあるわね。ただの薬師や下女ではない、惹きつける魅力が……」

「えっ、そ、そんなことありませんよ!私はただの平民上がりですから!」


 私は慌てて両手を振り、引きつった笑顔で誤魔化した。芙蓉妃の鋭い観察眼に冷や汗をかきつつ、話を本題に戻す。


「と、とにかく! すぐに手筈を整えますね!」


 その日の午後、私はさっそく明苺メイメイ桂花ケイカの二人を月光宮へと呼び寄せた。

 

 豪華絢爛な上級妃の宮という異世界に、明苺は完全に呑まれていた。


「ふ、芙蓉妃様……っ! ほ、本日はお招きいただき……誠に光栄の至りに存じます……っ!」


 ガチガチに緊張し、足まで震わせている明苺。その横で、桂花はパチンとウインクを一つ飛ばし、元気よく頭を下げた。


「桂花と申します! 体力と根性には自信があります! 一生懸命働きますので、よろしくお願いします!」


 物怖じしないその声が、重苦しかった部屋の空気を吹き飛ばす。

 

 対照的な二人の様子に、芙蓉様も静も、思わず優しく声を立てて笑った。


 こうして、二人は一時的な助っ人として芙蓉妃の侍女として働くことになった。


 最初は緊張からお盆を落としそうになっていた明苺だったが、持ち前の明るさと「まぁなんとかなるわよ!」という桂花の豪快な助け船で、徐々に本来の調子を取り戻していった。


 私が見守る中、三人の連携は完璧だった。


 明苺が丁寧な掃除を行い、桂花が水汲みや荷物運びといった体力仕事を引き受ける。

 

 そして私が毒味や薬膳の知識で厨房を手助けする。


 それぞれの得意分野を活かして立ち回ることで、滞っていた月光宮の仕事はみるみる片付いていった。


 数日後。


「凛花、本当にありがとう!明苺ちゃんと桂花ちゃんが来てくれてから、みんなの負担が減ったの。なんだか、月光宮にやっと活気が戻ってきたみたい!」


 回廊ですれ違った小蘭シャオランが、私の両手をぎゅっと握って明るい笑顔を見せた。

 目の下にあった隈も随分と薄くなっている。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。二人も毎日頑張ってくれているしね」


 張り詰めた糸のようだった月光宮の空気が、少しずつ解けてきているのを感じる。


 そして、その日の夕方。


 疲労困憊だった女官たちの労いと、精神を落ち着かせる「安神アンシン」の目的を兼ねて、厨房から特別な料理が振る舞われることになった。


 大鍋で煮込まれているのは『八宝安神湯はっぽうあんしんとう』。

 心を穏やかにし、滋養をつける食材が溶け込んだ薬膳スープだ。


 蓮の実、ナツメ、干し竜眼、クコの実、白キクラゲ……そして、薬効を高めるために加えられた薄緑色の銀杏。


 人手不足の厨房の隙間を縫って、何人かの女官が分担して下処理し、煮込んだ力作である。

 甘く優しい生薬の香りが厨房から庭園にまで漂い始めている。


「さぁさぁ、温かいうちに食べてね!」

「おかわりはまだあるから、無理しないで言ってくださいねー!」


 明苺と桂花も厨房に立ち、次々と女官たちの器にスープをよそっていく。

 

 そのテキパキとした働きぶりと笑顔に、警戒していた女官たちもすっかり心を許していた。


「ありがとう、桂花ちゃん。少し多めにもらってもいい?」

「もちろんです! いっぱい食べて元気出してくださいね!」


 温かいスープを飲んだ女官たちの顔から強張りが消え、自然と笑みがこぼれる。


 あちこちから「美味しい」「温まるわ」という安堵の声が聞こえてきた。


 仕事が一段落した頃、私たち三人も厨房の隅の席でどんぶりを手に取り、ふーふーと息を吹きかけながらスープを飲んだ。


「美味しいね、凛花ちゃん!」

「うん、色々な出汁が出てるわ。疲れた胃腸にも優しく染み渡る感じがする」


 私が頷くと、明苺が大きくため息をつきながら肩をすくめた。


「いやー、初日は上級妃様の宮なんて緊張で死ぬかと思ったけど……桂花が全く空気を読まずに堂々としてるから、逆に助かったわ」

「ちょっと明苺! それどういう意味よー! 私だって最初はドキドキしてたんだからね!」

「嘘よ、初日からご飯おかわりしてたじゃない!」


 わちゃわちゃと口喧嘩を始める二人を見ながら、私は声を出して笑った。


 張り詰めていた後宮での生活の中で、久しぶりに心からくつろげる、温かくて幸せな食事の時間だった。

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