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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
過去編:旅立ち

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風が運んだ花と、第二の師匠

 翌朝、凛花リンカ秋英シュウエイ、そして村の大人たちは、案内役の子供を先頭に山道を登っていた。


「この先だよ!」


 子供が指差した先、木々が開けた場所にたどり着いた瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。


「わぁ……すっごーい! たくさんあると、すっごく綺麗だね!」


 秋英が目を輝かせて歓声を上げる。


 そこには、視界を埋め尽くすほどの陽炎花あだゆめが一面に咲き誇っていた。


 風に揺れる青い花びらが、まるで山の上に広がる海の波のように美しい。


 これほど群生している陽炎花は、薬や毒に詳しい凛花でさえ見たことがなかった。


「この場所、本当に誰も知らなかったんですか?」


 凛花が村の大人たちに尋ねると、猟師の一人が首を傾げた。


「あぁ。昔は来たことがあったんだが、ここは木が生えていないただの広い原っぱで、獲物も薬草も何もない場所だったんだ。だから、わざわざ立ち入る者もいなくて、いつの間にか忘れられた場所になっていた。一体いつからこんなに花が咲いていたのやら……」


 その言葉を聞いて、秋英が不思議そうに首をひねる。


「それなら、なんでこんなにたくさんの陽炎花が咲いてるんだろうね? 誰かがわざわざ植えたのかな? あんなに危ないお花なのに……」


 ぶつぶつと呟く秋英の横で、凛花は周囲の地形を見渡し、深く頷いていた。


「何か分かったの、凛花?」

「うん、簡単なことだよ」


 凛花は吹き抜ける強い風に髪を揺らしながら、遠くの空を指差した。


「ここは山の上でもかなり高い位置よね。そして、山の上は強い風が吹き抜ける。……陽炎花は、風に運ばれてきたのよ」

「飛ばされてきた……あ! 陽炎花の種ね!」

「そう。遠く離れた別の山から、風に乗って種が飛ばされてきたんだと思う。あんなに小さな種が、そんなに遠くまで飛ばないだろうと思っても、風の力や自然の力は侮れないから」


 一面の青い花畑を見つめながら、凛花はぽつりとこぼした。


「どんなに遠く離れていても、陽炎花は諦めなかったから、ここまで辿り着いたんじゃないかしら。もちろん、この山の環境と合っていたっていうのもあるけれど」


 凛花は、自分の両手を見つめる。


「……人も同じよ。遠くに行こうと思えば、どこまででも歩んでいけるもの。どんなに無謀に思えても、辿り着ける。今の私がそうだから」


 両親を探すため、たった一人で危険な旅に出て、後宮を目指している自分自身。


 その姿を陽炎花の種に重ね合わせた凛花の言葉に、秋英はハッとしたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。


「……凛花。そうだね」


 美しい花畑を燃やして処理することも考えたが、あまりにも数が多く、むやみに刺激して毒のトゲが飛散するのも危険だった。


 何より、遠目に見る分にはこれ以上ない絶景だ。


「それなら、ここは村の『立ち入り禁止の絶景』にするのがいいんじゃないかな?」


 秋英の提案に村人たちも賛同し、この場所は遠くから眺めるだけの美しい禁足地として残されることになった。


 山を下りて薬屋に戻ると、奥の部屋から紫苑シオンが出てきて、ふらつきながら片付けをしようとしていた。


「紫苑さん! まだ本調子じゃないんですから、寝ていてください!」


 凛花と秋英が慌てて駆け寄り、手分けして片付けを終わらせる。


 紫苑は二人に感謝し、山での陽炎花の話を聞くと「そうだったのね。それなら安心して……またしばらく休ませてもらうわ」と微笑み、本格的に店番を二人に任せて奥へと戻っていった。


 まだお昼前だというのに、店番を始めると次から次へと患者がやってきた。


 昨日倒れていた人々が回復したという噂が広まり、他の不調を抱えていた村人たちもこぞってやってきたのだ。


「先生、お腹の調子が悪くて……」

「あ、それならこちらの胃腸を整えるお薬ですね。食後に飲んでください」


 凛花は患者から聞いた症状や様子に合わせて、的確に調合済みの薬を提供していく。


 時には自ら薬草をすり潰して新たな薬を調合することもあったが、その際「これ、いくらにすればいいんだろう……」と金額を決めかねて戸惑っていると、すかさず秋英が助け舟を出した。


「はい、特別調合のお薬だから銅貨三枚ね! 順番待ちの人はこっちに一列に並んでくださーい!」


 秋英は並んだお客さんを手際よく整列させ、凛花が調合に集中している間は、代わりにお客さんの世間話の相手をして場を和ませていた。


 二人は事前に細かい打ち合わせをしたわけでもないのに、まるで長年の相棒のように息ピッタリだった。


 成り行きとはいえ、自分の知識を活かして薬屋として活躍できていることに、凛花の顔には自然と生き生きとした笑みがあふれていた。


 そんな凛花の楽しそうな姿を見て、秋英もまた心から嬉しそうに笑っていた。


 その日の夜。


 様子を見に来た紫苑から「二人とも、すごく上手に店番ができていたわね。本当に助かるわ」と褒められ、二人は顔を見合わせて喜んだ。


 お店の切り盛りだけでなく、食事の支度や掃除などの家のことも、凛花と秋英は協力し合い、毎日を楽しく充実して過ごしていた。


 凛花の的確な見立てと薬の効き目、そして秋英の明るい接客もあってか、薬屋には日に日にお客さんが多く来るようになった。


 数日後、すっかり体調を取り戻して店に出てきた紫苑が、あまりの繁盛ぶりに目を丸くして驚いたほどだ。


 紫苑が復帰してからは、三人で分担しながらお店を回すようになった。


 凛花は、紫苑が薬師として村人たちを診察し、薬を調合する姿を隣で真剣に見つめ、手元の紙に細かく筆を走らせていた。


「紫苑さん、今の薬草の組み合わせですが、こちらを入れたのは熱を散らすためですか?」

「ええ、よく分かったわね。ただ熱を下げるだけじゃなくて、体力を奪わないように少し甘草を足しているのよ」

「なるほど……!」


 凛花にとって、薬師としての基礎を教えてくれた「師匠」と言えるのは、お母様だった。


 しかし今、目の前で実践的な知識と村人への寄り添い方を教えてくれる紫苑は、凛花にとって間違いなく「第二の師匠」と呼べる存在になっていた。


 後宮へ向かう道の途中で見つけた、温かく、学びの多い居場所。


 ここで過ごす日々が、凛花を薬師として、そして一人の人間として、さらに大きく成長させていくのだった。

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