特別な師弟と、旅立ちの朝
心地よい風が吹き抜ける山の斜面で、凛花と秋英は背中に小さな籠を背負い、並んで薬草を摘んでいた。
「ねえ凛花、これってどんな効果があるお薬になるの?」
秋英が、少し丸みを帯びた緑の葉を指差して尋ねる。
「これは白檀の葉っぱだよ。こうやって指ですり潰すと、すごくいい香りが引き立つでしょ? それに、お肌の熱を取って炎症を抑える効果もあるの」
凛花が葉を一枚ちぎって軽く揉み、秋英の鼻先に近づけると、甘く清涼感のある香りがふわりと漂った。
「へー! お肌にいいんだ!」
『お肌にいい』と聞いて飛びついた秋英は目を輝かせ、さっそく夢中で頬にこすりつけ始めた。
その無邪気な姿に、凛花は思わずくすくすと笑い声を漏らす。
「凛花って、本当に薬とか薬草のこと詳しいよね。尊敬しちゃう」
「ふふっ、ありがとう。でも秋英だって、最近は薬草の見分けがつくようになってきたじゃない」
「えへへ、でしょ? おかげで私も、けっこう薬に詳しくなったかも!」
秋英は腰に手を当てて、得意げに胸を張って見せた。
その明るい笑顔を見つめながら、凛花は少しだけ目を伏せ、手元の薬草をそっと撫でた。
「……私が薬の知識を持ってるのはね、小さい頃、薬師だったお母様から色々と教わっていたからなんだ」
懐かしさと、今はもう会えない寂しさが入り混じった表情をする凛花を見て、秋英はハッとしたように表情を和らげた。
「そっか……。お母様とお父様のこと、探してるんだったよね」
秋英は凛花の手を両手でぎゅっと包み込み、力強く頷いた。
「後宮に行けば、きっと手がかりが見つかるよ! 凛花のお母様とお父様だもん、絶対どこかで元気にしているはずだよ!」
秋英のまっすぐな励ましの言葉に、凛花の胸の奥に灯った寂しさが、温かいものへと変わっていく。
「……うん、ありがとう。きっと見つけるよ」
凛花は笑顔を取り戻し、「さあ、薬草も十分集まったから帰ろうか」と立ち上がった。
山を下りながら、二人はこれまでの日々を振り返っていた。
「気づけば、あの村に来てからもう数ヶ月も経っているんだね」
「本当だねー。毎日忙しかったけど、すごく楽しかったな」
薬屋での働きぶりは村人たちにも大好評で、二人の手元には馬車で後宮まで行くには十分すぎるほどのお金が貯まっていた。
それはつまり、この村での生活と、長い旅の終わりが近づいていることを意味していた。
薬屋に戻ると、紫苑さんがいつものように優しい笑顔で「おかえりなさい」と出迎えてくれ、二人の籠から薬草を受け取った。
この数ヶ月間、凛花は紫苑から、村人たちの日常的な怪我や病気に寄り添う「町の薬師」としての実践的な知識を数多く学んだ。
一方で紫苑も、凛花から「陽炎花」のような特殊な毒に対する解毒方法や、高度な薬草の知識を学んでいた。
年齢も立場も超えて、互いに教え、教えられる。
二人は他にはない特別な師弟関係を築いていたのだ。
そして秋英もまた、難しいものは無理でも、風邪薬などの簡単な調合なら一人でこなせるほどに成長していた。
「紫苑さん……」
その日の夕方、店じまいを終えた後、凛花は意を決して口を開いた。
「私たち、そろそろ次の場所へ……後宮へと続く町へ、向かおうと思います」
手ぬぐいを畳んでいた紫苑の手がピタリと止まった。
「……そう。もう、そんなに経っていたのね」
寂しそうに目を伏せた紫苑だったが、すぐに顔を上げ、二人を慈しむように見つめた。
「なんだか、二人のことは本当の妹や家族みたいに思っていたから……すごく寂しくなるわね」
「紫苑さん……」
「いつ向かうの?」
「色々と準備があるので、三日後に出発しようと思っています」
それからの三日間、二人はこれまで以上に精一杯、薬屋としての務めを果たした。
そして最後の夜、紫苑は腕によりをかけて、机に乗り切らないほどのごちそうを振る舞ってくれた。
三人で遅くまで語り合い、笑い、そして少しだけ泣いた。
出発の日の朝。
村の外には、次の大きな町まで二人を運ぶための立派な馬車が用意されていた。
そして驚いたことに、村の入り口には、二人の旅立ちを聞きつけた村人たちが大勢集まっていたのだ。
「凛花ちゃん、秋英ちゃん! 本当に世話になったねぇ!」
「元気でね! いつでも遊びにきなよ!」
数ヶ月の間に、二人はすっかり村の人々にとって欠かせない、愛される存在になっていたのだ。
次々と手渡される餞別の品や温かい言葉に、凛花も秋英も大粒の涙をこぼした。
「凛花、秋英」
最後に歩み寄ってきた紫苑が、二人をまとめて強く、優しく抱きしめた。
「……もし、何か辛いことがあったり、行き場がなくなったりしたら、いつでもここに帰っておいで。ここは、あなたたちの家なんだからね」
「はい……っ、ありがとうございます……紫苑さん、大好きです!」
村人たちの「元気でなー!」という声を背に受けながら、二人は馬車に乗り込んだ。
車窓から顔を出し、見えなくなるまで手を振る。
遠ざかる第二の故郷への感謝を胸に抱きながら、凛花と秋英を乗せた馬車は、いよいよ最終目的地である後宮の町へと向かって走り出したのだった。




