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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
過去編:旅立ち

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凛花の推理と、頼れる相棒

 翌朝、ひんやりとした薄暗い空気を切り裂くように、二人の乗った馬車は次の村へと向かって走り出した。


 いつもより少し早い出発だったため、ガタガタと単調に揺れる狭い車内で、二人は示し合わせたかのように同時に大きなあくびをしてしまった。


 ふと視線がぶつかり、どちらからともなく「ふふっ」と笑い声が漏れる。


 秋英の屈託のない笑顔を見ていると、凛花の中にあったこれからの旅への僅かな不安も、朝靄のようにスッと晴れていく気がした。


 馬車に揺られること数時間。昼前に到着したその村は、前に立ち寄った活気あふれる大きな村と比べると随分とこぢんまりとした規模だった。


 しかし、村の入り口付近には妙に人通りが多く、どこか落ち着かない、ざわざわとした不穏な空気が漂っていた。


 村の入り口で馬車から降りると、これまで長旅の護衛と御者を務めてくれた屈強な男が、申し訳なさそうに深く頭を下げる。


「お嬢様方、我々がお送りできるのはここまでとなります。この先はお供できず、お役に立てなくて申し訳ありません」


「とんでもないです!」凛花は慌てて首を振った。


「ここまで長い間、私たちを安全に運んでいただいて、本当にありがとうございました。道中、とても心強かったです」


 凛花が深くお辞儀をすると、男は少し照れくさそうに顔を綻ばせた。


 馬車がゆっくりと弧を描いてきびすを返し、来た道を戻り始める。


「気をつけてねー! 里のみんなにも、よろしく伝えといてー!」


 秋英が両手を大きく振って叫び、凛花も隣で感謝を込めて手を振って見送った。


 馬車が土埃の向こうに見えなくなるまで見届けると、秋英は「ふぅ」と一つ大きく息をつき、凛花へと向き直った。


「さてさて。泊まるのにももちろんお金がかかるし、これから先、もしまた馬車に乗るならもっとお金を稼がないとね! 私たちの手持ち、あとどれくらいだったっけ?」

「うーん……節約すればしばらくは大丈夫だけど、余裕があるとは言えないかも。まずは宿を取って、今後の計画と、どうやって路銀を稼ぐか話し合いましょうか」


 凛花がそう言い終えると、秋英から一つ提案があった。


「一ついいかな? ここからは二人旅だし、遠慮もやめない?」

 

 秋英が、少しだけ首を傾げていたずらっぽく笑う。


「道中で呼び捨てで敬語もなくなったのに、凛花はまだ少し遠慮気味なんだもん。これからもっと大変なこともあるかもしれないし、もっと遠慮なく話してほしいな」


 その真っ直ぐで温かい言葉に、凛花は少し目を丸くした後、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。


「……わかった。じゃあ、これからは遠慮なしで。……よろしくね、秋英」

「うん! よろしく、凛花!」


 互いに笑い合いながら村の中心部へと歩き出した二人の足が、ふと、ある建物の前でピタリと止まった。


 村の集会所として使われているのだろうか、ひときわ大きな平屋の建物の扉が全開になっていた。


 そして、その薄暗い部屋の奥に、大人や子供が何人も茣蓙ござの上に横たわっているのが見えたのだ。


 村の女性たちが水盆と手ぬぐいを手に、血相を変えて慌ただしく看病に走り回っている。


「……あれは」


 顔を見合わせた二人は、すぐさまその建物へと足を踏み入れた。


 中は重苦しい熱気と、汗の匂いに包まれていた。


 横たわっている患者たちは皆、ひどい高熱にうなされており、荒い息を吐いている。

 

 看病している家族が悲痛な顔で名前を呼んでも、虚ろな反応しか返ってこない。


 凛花は迷うことなく、入り口近くで苦しそうにしている一人の患者のそばにしゃがみ込み、その状態を観察し始めた。


(……ひどい高熱。発汗も異常だわ。それに……)


 そっと患者の手首に触れて脈を確認しようとした凛花の視線が、ある一点で止まった。


 患者の右手、人差し指と中指の第一関節付近の皮膚が、不自然に赤く腫れ上がっているのだ。


 虫刺されや火傷とは違う、特有の炎症の痕。


 他の患者たちの手元にも目を向けると、程度の差こそあれ、皆同じように指先の一部が赤く変色していた。


「あの、すみません! 少しお話を聞かせてください。この症状は、いつ頃から発生したんですか?」


 看病のために水を運んできた女性を呼び止め、凛花は真剣な眼差しで問い詰める。


「心当たりのある食べ物や、皆さんが共通して触れたものはありませんか? 例えば、山や森の中で見慣れないものを採ってきたとか……」


 的確で淀みない凛花の質問の数々に、後ろで黙って見ていた秋英は「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。


 普段の控えめな凛花とはまるで違う、堂々とした「薬師」としての顔がそこにあった。


 女性は疲れ切った表情で、ぽつりぽつりと話し始めた。


「数日前……うちの子供が、山で珍しい植物を拾ってきたんです。この村の、山へ頻繁に入る猟師たちですら見たことがないような花で……。それを持ち帰ったうちの子が最初に高熱を出して倒れて、それから、その花を見に来た人たちが次々と……」


「その植物、まだ残っていますか? 見せてもらえませんか」


 凛花の真剣な声に押され、女性は部屋の隅に置かれていた木箱を指差した。

 

 そこに無造作に入れられていたのは、目が覚めるような、恐ろしいほどに美しい青い花だった。


 花びらは透き通るようで、じっと見ていると吸い込まれそうな魅力がある。


 凛花はそれを見た瞬間、ハッと息を呑んだ。


「これは……『陽炎花あだゆめ』ね」


「あだゆめ?」と、秋英が不思議そうに首を傾げる。


「うん。見た目は青くてとても綺麗だけど……茎や葉に細かいトゲがあって、そこに触れると高熱を発してうなされる強い毒を持っているの」


 珍しくて美しいからこそ、山で見たことのない村人たちが「なんだこれは」と次々と素手で触れてしまい、あっという間に被害が拡大したのだろう。


 指先が赤く腫れていたのは、まさにその毒のトゲが刺さった痕だったのだ。


「わぁ、すごく綺麗なお花だねー! ちょっと触って……」と無邪気に顔を近づけ、手を伸ばそうとしていた秋英は、凛花の「毒があるの」という言葉を聞いた瞬間、「えっ!」と短い悲鳴を上げて、弾かれたようにサッと凛花の背後に隠れた。


「大丈夫、安心して。この毒なら、私、解毒の薬を作れるから」


 凛花が振り返って力強く宣言すると、秋英は尊敬と驚きの入り混じった、きらきらとした目で凛花を見つめた。


「すごーい……! さすが凛花! じゃあ、すぐに村の薬屋さんに場所を借りて薬を作らなきゃ! すみません、この村の薬師さんはどこにいらっしゃいますか?」


 秋英が看病中の女性に勢いよく尋ねると、女性は困ったように眉をハの字に下げ、部屋の一番奥で横たわっている一人の人物を指差した。


「薬師の先生なら……あそこで寝ているわ。先生も、あの花を調べているうちに倒れてしまって……」


 なんと、村の頼みの綱であるはずの薬師自身も、陽炎花の毒に当てられて倒れてしまっていたのだ。


 その事実を聞いて、周りにいた数人の村人たちが絶望的なため息を漏らす。


 しかし、一瞬の静寂の後、秋英がパンッと大きく手を叩いて空気を変えた。


「凛花、すぐに薬屋に向かって! 私はここに残って、みんなの様子を見ているから。熱を下げるために冷たいお水で体を拭いたりしておくね。あとで薬師さんが起きたら、私たちが勝手にお薬の調合をしましたって、ちゃんと事情を説明するから安心して!」

「秋英……!」


 迷うことのない秋英の頼もしい言葉と、自分を完全に信頼しきってくれているその笑顔に背中を押され、凛花の心に熱い火が灯る。


「……わかった! 任せて!」


 凛花は力強く頷くと、立ち上がり、村人から教えられた薬屋の方向へと向かって、一目散に駆け出していった。

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