表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
過去編:黒蓮の日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/96

暗闇の純血と、偽りのトドメ

 蓮夜レンヤとの出会いから数日後。

 

 私と小鈴シャオリンは、王都の裏路地にひっそりと佇む、さる高官の隠れ家に潜入していた。


 今回の任務は、黒蓮こくれんにとっても絶対に失敗の許されない大規模な粛清だった。

 

 そのため、私たちのような『使い捨ての道具(子供たち)』だけでなく、黒蓮の血を引く本物の暗殺者たちも同時に屋敷に放たれていた。


 そしてその中には、あの夜に出会った少年――蓮夜の姿もあった。


「……旦那様。夜風が冷えてまいりました。温かいお茶をお持ちしましたわ」


 離れの寝所。

 小鈴が、色気と無邪気さを完璧に織り交ぜた声で、標的である高官に近づく。


 男が小鈴の愛らしい笑顔に気を取られている隙に、私は音もなく背後に回り、卓の上の酒器に『毒』を滑り込ませた。


 今回の毒は、じわじわと内臓の機能を停止させる遅効性のものだ。


「おお、気が利くな。……ん? ぐっ……!?」


 男は酒器を干した直後、突然胸を掻き毟り、激しく咳き込んで畳の上に崩れ落ちた。

 

 口の端から、黒い血が滴り落ちる。


 ここまでは、いつも通りの私たちの「任務」だ。


 あとは、この男が気を失ったところで、私がこっそりと解毒薬を飲ませて逃亡すればいい。


 だが、その時だった。


「……手際が悪いな」


 音もなく。

 本当に、障子が風に揺れるほどの気配すらなく、暗闇から一人の少年が姿を現した。


「ひっ……!」

 

 小鈴が短く悲鳴を上げ、私の背中に隠れる。


 月明かりに照らし出されたのは、漆黒の装束に身を包んだ蓮夜だった。


 彼の手には、薄く、刃こぼれ一つない冷たい短刀が握られている。

 

 刃先からは、別の部屋で始末してきたであろう標的の血が、ポタ、ポタと畳に落ちていた。


「毒の回りが遅い。……確実に殺すなら、急所を突くのが一番だ」


 蓮夜は、もがき苦しむ男を見下ろし、まるで道端の石ころをどかすような無感情な手つきで、短刀を振り上げた。

 

 彼の目には、他者の痛みを憐れむ感情も、殺しに対する躊躇いも、あるいは快楽すらも存在しない。

 

 ただ「任務を遂行する」という、機械のような冷酷な意思だけがそこにあった。


(……これが、黒蓮の『純血』)


 本物の暗殺一族の血筋が持つ、圧倒的なまでの『死』の気配。


 ここで彼に短刀を振り下ろされては、私がこの男の命を救うことができなくなってしまう。


 誰も殺さないと誓った、私の決意が。


「――お待ちください、蓮夜様」


 私は、震えそうになる膝を必死に押さえ込み、蓮夜と標的の男の間にスッと割って入った。


「……なんだ、お前は。俺の邪魔をする気か」


 蓮夜の氷のような視線が、私を射抜く。

 殺される。


 少しでも不審な素振りを見せれば、彼の手の短刀は躊躇なく私の喉笛を掻き切るだろう。

 

 私は、極限の恐怖の中で『完璧な優等生』の仮面を顔に張り付け、冷たく論理的な声を作った。


「邪魔など滅相もございません。ただ、ここで刃物を使えば、大量の血が畳や障子に飛び散ります。この毒は『急な発作』に偽装するためのもの。刃傷にんじょうを残せば、黒蓮の関与を疑われるすきになりかねません」


 蓮夜の目が、わずかに細められた。私の言葉のすじが通っているかを測っているのだ。


「私に、確実なトドメの『劇薬』がございます。……お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。ここは、私どもにお任せください」


 私は深く頭を下げ、懐から小さな陶器の小瓶を取り出してみせた。

 

 沈黙が降りた。蓮夜の短刀から、血の雫が落ちる音がやけに大きく聞こえる。


「……俺は、手際が悪いのは嫌いだ。二度手間をかけさせるな」


 蓮夜は、短くそれだけを言い捨てると、チャキッと短刀を鞘に収めた。


「終わったら、さっさと帰還しろ」

「はい。御意に」


 振り返ることもなく、蓮夜は再び夜の闇へと溶けるように消えていった。

 

 彼が完全に屋敷から離れたことを気配で確認した瞬間、私はへたり込みそうになる足に鞭を打ち、倒れている男の口に、小瓶の液体――『解毒剤』を流し込んだ。


「……ごほっ、がはっ……!」

「静かに。……これを飲めば、三日は高熱が出ますが、命は助かります。

夜が明けたら、ありったけの金を持って王都から逃げなさい。二度と、戻ってきてはダメ」


 男は、荒い息を吐きながら、信じられないものを見るような目で私を見つめ、震える手で何度も頷いた。

 

 私は、彼が裏口から転がるように逃げていくのを見届け、ようやくその場にへたり込んだ。


 ――屋敷に帰還し、与えられた冷たい部屋の布団に潜り込んだ後も、小鈴の震えは止まらなかった。


「……凛花ちゃん。あの人、人間じゃないよ。……目が、真っ暗だった。本当に、息をするみたいに人を殺すんだね……」


 小鈴は、私の腕にしがみつきながら、怯えた小鳥のように囁いた。


「……うん。怖いね、小鈴ちゃん」


 私は、彼女の背中を優しくさすりながら、暗闇の天井を見つめた。

 

 蓮夜は、確かに恐ろしい。

 彼の中には、私たちが知っているような「温かい感情」は微塵も存在しないように見えた。


 私の頭の片隅には、どうしても拭い去れない一つの『違和感』がこびりついていたのだ。


(……あの人は、人を殺すことを『楽しんで』はいなかった)


 あの時、彼が放っていたのは、狂気や残酷さではない。

 ただの「虚無」だった。


 まるで、自分の意志など最初から存在せず、誰かの命令を忠実にこなすだけの、精巧なからくり人形のような。


 純血の暗殺者として育てられ、親の期待に応えるためだけに、心を殺して生きている少年。


(……もしそうなら、あの人も、私たちと同じ『黒蓮の犠牲者』なんじゃないの……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ