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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
過去編:黒蓮の日常

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完璧な道具たちと、暗闇の血族

 初めての暗殺任務から、さらに数ヶ月の月日が流れた。


 私と小鈴シャオリンの二人組は、黒蓮こくれんに集められた子供たちの中で、ずば抜けて高い『成果』を上げていた。


 標的の懐に入り込み、花街仕込みの完璧な笑顔と舞で警戒心を完全に解きほぐす『光』の小鈴。


 そして、誰にも気づかれずに致死の毒を料理に忍ばせ、その直後に「胃薬」や「酔い覚まし」と称して完璧な解毒剤を飲ませる『影』の私。


 標的は一時的に血を吐いて倒れるか、深い昏睡状態に陥る。


 黒蓮の監視役はそれを見て「任務完了」と判断し、私たちは屋敷を離脱する。


 その後、標的が奇跡的に息を吹き返したとしても、黒蓮の幹部たちには「まだ子供ゆえに毒の調合が甘かった」と報告し、やり過ごす。


 綱渡りのような『目眩めくらまし』を繰り返し、私たちは『誰も殺さない暗殺者』として、黒蓮の中で確固たる地位を築き上げつつあった。


「凛花。お前たちの働きは目覚ましい。何か、褒美に望むものはあるか?」


 ある日の任務後、幹部の男が満足げに私に尋ねた。


 圧倒的な成果を上げ続ける私たちには、組織の中でほんの少しだけ「要求」を通す特権が与えられ始めていたのだ。


「ありがとうございます。……では、任務のための料理の香りをより引き立たせるために、南方の市場でしか手に入らない『香辛料』と、いくつかの珍しい『薬草』を取り寄せていただけないでしょうか」

「ほう、さらに料理の腕を磨くか。感心な心がけだ。よかろう、手配してやる」


 私は、無邪気な優等生の仮面を被って深く頭を下げた。


 幹部たちは気づいていない。

 

 私が要求したそれらの薬草の組み合わせが、人を殺すためのものではなく、自らの心臓の鼓動を極限まで遅くし、呼吸を止める『仮死の毒』を調合するための、絶対に欠かせない材料であるということに。


 優秀な手駒を演じながら、私は着実に、この地獄から私とお母様、そして小鈴の三人で抜け出すための『牙』を研ぎ澄ませていた。


 だが、私たちが特権を得ていく裏側で、この飼育箱の現実は残酷なまでにその牙を剥いていた。


「……いやだ、許してっ! 次は、次は絶対にうまくやるからっ……!」


 深夜の廊下で、悲鳴が響く。


 任務の席で手が震えて酒をこぼしてしまった子。

 あるいは、標的の前で恐怖に耐えきれず、作り笑いを引きつらせてしまった子。


 黒蓮の求める『完璧な道具』になりきれなかった子供たちは、容赦なく黒装束の男たちに引きずられていき――二度と、私たちの前に姿を現すことはなかった。


 失敗すれば、消される。


 それが、裏の別棟(毒の実験場)へ送られることを意味しているのか、それとも文字通り命を奪われるのかは分からない。


 小鈴は、夜になるたびに恐怖で私にすがりつき、私は震える彼女の背中を、朝が来るまでさすり続けるしかなかった。


 ――そんな、張り詰めた糸のような日々の中でのことだった。


 ある夜、私たちは王都の有力者が集まる大規模な宴に潜入していた。


 私と小鈴の担当は、離れの茶室にいる標的だったが、この日は黒蓮にとっても重要な任務らしく、屋敷のあちこちに他の『手駒』たちも配置されていた。


 任務を終え、屋敷の裏口の暗がりで合流の合図を待っていた時のことだ。


「……お前が、最近子供たちの中で一番成果を上げているという、凛花か」


 ふいに、闇の奥から声がした。

 声変わりする前の、まだ高い少年の声。


 その響きには、私たちのような誘拐されてきた子供たちが必死に隠している「恐怖」や「絶望」といった感情が、一切含まれていなかった。


 まるで、最初から心臓の代わりに氷の塊が埋め込まれているような、底冷えのする声。


 ハッとして顔を上げると、月明かりの中に一人の少年が立っていた。


 私より少しだけ背が高い。


 黒装束に身を包んでいるが、その布地は私たちのような下っ端の道具が着るものとは違い、明らかに上等な絹だった。


 そして何より、その瞳。


 漆黒の髪の間から覗く彼の目は、光を一切反射しない泥のような暗黒でありながら、刃物のように研ぎ澄まされた鋭い殺気を纏っていた。


「……はい。あなたは?」


 私は、本能的な悪寒を悟られないように、あえて感情のない人形の顔を作って問い返した。

 

 少年は、音もなく私の目の前まで歩み寄ると、見下ろすようにして冷たく告げた。


「俺は、蓮夜レンヤだ」


 蓮夜。


 一人称に『俺』を使うその少年からは、私たちとは根本的に違う匂いがした。


 誘拐されてきて、無理やり道具に仕立て上げられた人間ではない。

 

 この狂った暗殺一族の教えを産み落とされた瞬間から骨の髄まで叩き込まれ、人を殺すことを呼吸と同じように行う、純血の『暗闇の血族』。


「……別の標的の始末で来ていたが、通りがかったついでだ。優秀な『道具』の顔を見ておこうと思ってな」


 蓮夜は、私と、私の背後に隠れる小鈴を一瞥した。


「見事な手際だった。……だが、少し刃の匂いを隠すのが甘い。次は、白檀びゃくだんの香をもっと強く炊き込め。さもなければ、いつか犬死にするぞ」


 それは、忠告というよりも、自分の所有する道具の『手入れ』を指示するような、徹底して無機質な響きだった。


 蓮夜はそれだけ言い残すと、私が返事をする間も与えず、夜の闇に溶けるようにして姿を消した。


「……凛花ちゃん。今の人……すごく、冷たくて怖い目をしてた……」


 小鈴が、私の袖を強く握りしめながら震える声で呟いた。

 私も、密かに冷や汗で濡れた手のひらを強く握り込んだ。


(蓮夜……。黒蓮の、本物の血筋……)


 彼が纏っていた、あの息が詰まるほどの深い闇。

 

 彼のような人間が組織の中核にいる限り、私たちがここから逃げ出すことは、想像を絶するほど困難になるだろう。

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