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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
香霞の里編:結末

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冷徹なる責任、志願の足跡

 凄まじい決戦の一夜が明け、香霞こうかの里には、生き残った人々による葬礼の準備が慌ただしく進められていた。


 悲鳴や慟哭がそこら中で響くなかで、私――凛花リンカは、昨夜から一睡もすることなく、淡々と自分にできる作業をこなしていた。


 傷ついた人々のための調薬、亡くなった里の者たちの名簿の整理、そして葬儀に必要な手配。


「凛花、もういい。そのあたりにして、少しは横になりなさい。お前は昨夜からずっと動き通しだ」

「いいえ、叡明エイメイ様。これが私の責任ですから。私は薬師として、まだやるべきことは山ほど残っています」


 声をかけてきた叡明様に対し、私は視線すら向けず、手元の薬草を刻む手を動かし続けた。


 その声には抑揚がなく、まるで機械のようだった。


 駆けつけてくれたお父様(梟仙)も、そんな私の様子を痛ましげに見つめている。


 私のなかに、桂花ケイカの死に対する涙や感傷は一切存在しなかった。


 ただ、目の前にある役目を「合理的な事実」として処理していくだけだった。


 その不自然なまでの冷徹さが、かえって周囲の悲痛を深めていることにも、私は気づかないフリをしていた。


 しばらくして、作業が一段落したところで、私は手元の道具を置き、ようやく叡明様の方を振り返った。


「叡明様、ちょっとよろしいですか?」

「どうした、凛花」

「あの……手紙に書いた、私の願い事をのことで……」

「ああ、覚えている。お前が望むことなら、問題ない。すでに準備を進めているところだ」


 叡明様は真摯な目で頷いてくれた。


 私はその目を真っ直ぐに見つめ返し、静かな口調で告げた。


「ありがとうございます。……白英ハクエイさんのお墓に、桂花も一緒に入れてあげてくれませんか?」

「桂花も、か?」


 叡明様が微かに目を見開く。


「はい。何も……何も不条理なことがなければ、あの二人は一緒に、この里を仲睦まじく治めていたはずなんです。それが、桂花の、たった一つのささやかな願いでしたから。だからせめて……眠る場所だけでも、一緒にしてあげたくて」


「――私からも、その件は頼みたい、執政官殿」


 そこへ、大きな足音を響かせてお父様がやってきた。


 お父様は私の隣に立つと、神妙な顔つきで叡明様を見据えた。


「今、我が家族を救ってくれた恩人に対して、私にできる限りのことをしたいのだ。むろん、桂花の両親の遺体は、今、禁軍の兵と共に全力で探させている。見つかり次第、二人はこの里のしかるべき墓所に埋葬するつもりだ」


 お父様の力強い言葉に、叡明様は深く深く頷いた。


「分かった。凛花、お前の願いを聞き届けよう。ならば、桂花の遺体は一度、後宮こうきゅうの外廷の医局がいていのいきょくへ運ぶよう手配する。そこで綺麗に清めてから、白英の元へ送るのが良かろう」

「……ありがとうございます」


 私は淡々と頭を下げた。

 

 お父様はそんな私の細い肩に、その大きな、温かい掌をそっと置いた。


「凛花。お前は叡明様と共に、一足先に後宮へ戻ってなさい。……ここの後片付けや葬礼のことは、パパと明霞メイカに任せておくといい」


 不器用ながらも、父親としての深い慈愛が込められた「パパ」という言葉。


 けれど、私の心に宿る氷は、その温もりすら拒絶するように硬く閉ざされていた。


「お父様……分かりました。お願いします。……叡明様、それでは私、出発の準備をしてきますね」

「ああ、頼んだ」


 私がその場を離れると、お父様は叡明様に深く頭を下げた。


「執政官殿……どうか、娘のことを頼んだぞ。あの様子は、あまりにも危うい」

「分かっている。そちらも、この里の戦後処理のことは頼んだ」


 二人が言葉を交わしていると、向こうからバタバタと騒がしい足音が近づいてきた。


「叡明様ーーっ! あーしも一緒に行くっす!」


 息を切らせて走ってきたのは、兎のお面を腰にぶら下げたハナだった。


 叡明様は眉をひそめ、


「お前は……華、だったな。なぜついてくる」

「桂花様に頼まれたんすよ!『何かあったら凛花様についていって、あの子を守ってほしい』って!だから、あーしの行く場所は凛花様の隣って決まってるんす!」

「だが、里の片付けや、お前自身の生活はどうするのだ」

「里の人達にはもう話してあるんで、全然大丈夫っす!そもそも、賈鴆カチンが死んだ後のこの里の管理って、これからは後宮の方になるんすよね?」

「おそらく、そうなるだろうな」

「じゃあ何の問題もないじゃないっすか!とりあえず、あーしの身分を叡明様の臨時の女官とか、そんな感じにしてくださいよ!」


 華はふんす、と鼻を鳴らして胸を張る。


 叡明様は、やれやれと言わんばかりに顔に手を当てて溜め息をついた。


「……まったく、調子のいい奴だ。だが、凛花の側にいてくれるというなら、考えておかなくもない」

「よし!交渉成立っすね!荷物まとめてくるっす!」


 華は嬉しそうに拳を突き上げると、弾かれたように走り去っていった。


 一方、私が自分の荷物をまとめて部屋を出ようとしたとき、扉の前に、お母様が静かに佇んでいた。


「凛花。一足先に、後宮へ戻るそうね」

「はい。あちらに戻って、留守中の準備や仕事もありますので。……泰恒タイコウ様と菊花キッカ様のこと、お母様、よろしくお願いしますね」

「ええ、分かっているわ。……あ、そうだ、これを持っていって頂戴」


 お母様は、優しく微笑みながら、丁寧に布で包まれた小さなお弁当の包みを私に差し出した。


「馬車での長旅になるでしょう? 途中でお腹が空くと思って、私が作ったのよ。少しだけでも食べなさいね」

「――ありがとうございます、お母様。後で、車内でいただきますね」


 私はそれを受け取り、完璧な、いつも通りの穏やかな笑顔を作って見せた。


「凛花、準備はできたか?」


 少し離れた廊下から、叡明様の落ち着いた声が響く。


「ええ、今行きます。……お母様、行ってきますね」

「ええ、行ってらっしゃい。無理をするんじゃないわよ」


 お母様に見送られながら廊下へ出ると、すぐに華が猛烈な勢いで駆け寄ってきて、私の手をぎゅっと掴んだ。


「凛花様!遅れるっすよ、一気に行くっす!」

「あ、ちょっと、華……っ。あなたも本当に行くの?」

「当然じゃないっすか!あーしがバリバリ支えるんで、覚悟してくださいよ!」


 華に半ば強引に手を引かれながら、私は歩き出した。


 屋敷の入り口では、お母様の隣にお父様がそっと寄り添い、二人が並んで私たちの出発を静かに、いつまでも見送っていた。


 家族が揃った。


 その温かい光景を背に受けながらも、私の足取りはどこまでも冷たく、ただ前方だけを見つめていた。

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