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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
香霞の里編:再会

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狂った算段と、迫る時間

 松明の赤い炎が山肌を不気味に這い、影を長く引き伸ばしていく。


 私と桂花ケイカは、岩陰に身体をこれ以上ないほど密着させ、下を走る武器の列を凝視していた。


 お面の下で流れる冷や汗が、首筋を伝って襟元を濡らしていく。


 静まり返った夜の空気は、思いのほか鮮明に奴らの私語をこちらへと運んできた。


「おい、遅れるな!賈鴆カチン様が屋敷でお待ちだ。夜明けまでに全て運び終えねば、首が飛ぶぞ」


「わかっている。黒蓮こくれんの奴らも間もなく合流する手筈だ。里の馬鹿どもが星霞祭せいかさいで完全に浮かれている今こそ、これらを運び込む絶好の機会だからな。誰一人として気づいちゃいねえよ、ひゃはは!」


 手下たちの小声の嘲笑が耳に届いた瞬間、私の背筋に凍りつくような戦慄が走った。


 黒蓮が、もう間もなくここに合流する――。


 その異変の核心、あまりにも規模の大きすぎる『敵の狙い』に脳裏が引き裂かれそうになった、まさにその時だった。


 ガサリ。


 背後の生い茂る草むらが、鋭く揺れた。


 心臓が跳ね上がるより早く、鉄の万力のような強い力が、私と桂花の肩を後ろからがっしりと掴んだ。


「っ――!?」


 驚愕のあまり悲鳴を上げそうになった私たちの口を、瞬時に、素早く大きな手が前から覆い隠す。


 声にならない吐息がお面の内側にこもる。


 完全に不覚を取った。


 黒蓮の技術を持つ私が、接近を許すなんて――そう絶望しかけた視界に飛び込んできたのは、月光に照らされた、見覚えのある着物と、お面を外した厳しい顔だった。


「驚かせてすまない。私だ」


 耳元で囁いたのは、里の長であり、桂花の父親である泰恒タイコウ様だった。


 彼がゆっくりと手を離すと、桂花が小さく「お父様……!」と胸を撫でおろした。


 泰恒様は私たちの前に身を屈め、静かに告げる。


「二人が夜中に屋敷を抜け出すのが見えてな。危ない真似をすると思い、退路の確保と手助けのために後を追ってきたのだ」


 泰恒様は私たちが仕掛けかけていた幻夢香げんむこうの道具へと視線を落とし、その強固な手つきで導火線の結び目を補強してくれた。


 長としての確かな知識を持つ彼の加勢により、幻夢香の仕込みは寸分の狂いもなく完了した。


 泰恒様は崖下を見下ろし、確信を込めて頷く。


「この高台の配置なら完璧だ。星霞祭の最終日である明後日の夜、ここに吹く強い『山背やませ』に乗せれば、確実にあの賈鴆の村全体に煙を浴びせ、一網打尽にできるだろう。……だが、凛花殿。君の顔色が優れないな」


 私はお面を少しだけ上にずらし、崖下の松明の列を見つめたまま、どうしても喉に引っかかっていた疑問を口にした。


「泰恒様……あの荷台に積まれている大量の武器は、一体どこへ運ばれているのですか? ただの里の監視にしては、あまりにも過剰です」


 私の問いに、泰恒様の表情が一気に険しくなり、深い苦渋の影が差した。


「賈鴆の屋敷の地下にある、かつての古い調薬場だ。あそこは広大で堅牢な石造りになっていてね……。奴らはそこを臨時の『武器庫』として使っているらしい」

「黒蓮の暗殺者どもも、すでにその地下に入り込んでいるという噂だ。……実は今日、作業中に手下どもが武器の搬入について小声で話しているのを小耳に挟んでな。息つく間もなく準備を進めているようだ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で、これまでバラバラだったパズルのピースが、恐ろしい速度で一枚の絵へと繋がっていった。


(失念していたわ……。賈鴆はただの強欲な悪党じゃない。あいつはそもそも、富を築いた、狡猾で頭の回る『商人』よ。そんな人間が、こちらと同じように、星霞祭を利用しないはずがない……!)


 運ばれていた武器の量。兵の数。黒蓮の合流時期。


 そして、ハナたちが広場で演出している、あの「浮かれたお祭り騒ぎ」。


 全てを頭の中で急速に再計算した私の口から、乾いた言葉が漏れ出た。


「……そういうことだったのね。あっちも星霞祭の陰で、着々と牙を研いでいた。考えていることは、私たちと全く一緒だったんだわ」

「凛花?それってどういうこと?」


 桂花が不安そうに私の袖を引く。私は彼女の目を見つめ、血の気の引いた声で告げた。


「賈鴆たちの真の狙いは、『星霞祭の後に里をじわじわと掌握する』ことなんかじゃないわ。……彼らは、星霞祭の期間中に里の人間が油断しているその裏で、すべての武器の搬入と兵の配置を完了させる気よ」

「そして、星霞祭が終わると同時――つまり、明後日の夜明けに、一気にこの里を武力で完全制圧・掌握する気なんだわ!」


 もしそうなれば、里の防衛戦力が整う前に全てが蹂躙される。


 桂花も、泰恒様も、捕らえられて無理矢理にでも後宮襲撃のための幻夢香を作らされてしまうだろう。


「星霞祭の最終日の夜まで呑気に待っていたら、私たちが幻夢香を焚くより前に、あちらの武力制圧が先に始まってしまうかもしれない……!」


 想定していた猶予が、遥かに短くなっている。


 猶予はもう、ほとんど残されていない。


「桂花、泰恒様。屋敷に戻ったらすぐに対策を練り直さないと、本当にまずいわ。急ぎましょう!」

「うん……っ、早く戻ろう!」


 私たちは夜の闇に紛れ、足早に高台を駆け下りた。


 背後で揺れる松明の赤が、まるで迫り来る破滅の秒読みのように、私たちの背中を冷たく追いかけていた。

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