思い出の簪と、仄暗い予感
星霞祭の賑やかな出店を、私たちは四人で見て回っていた。
「こうして見ると、本当に里には人がたくさんいるのね。それに、思っていたよりもずっと広いわ」
私の言葉に、桂花が少し誇らしげに笑う。
「うん! この里は本来、すごく賑やかで温かい場所なんだよ」
「おーい、みんな! こっちっす、こっち!」
前方から華が大きな声を上げて手招きしていた。
駆け寄ると、そこには色とりどりの木彫りのお面が並ぶ、賑やかな出店があった。
「あら、可愛いお面ね」
お母様が目を細めると、華が「はい!」と一つのお面を掲げた。
「ここは里一番のお面屋で、あーしのおすすめはこれ! 絶対この兎のお面っす!」
「似合うわね。私は……そうね、これなんてどうかしら」
お母様が手にとったのは、細工の美しい白狐のお面だった。
「二人とも、本当によく似合ってるね」
「私はうーん……やっぱり、おこげを思い出して猫のお面かな!」
桂花が弾んだ声で笑いながら、丸みを帯びた三毛猫のお面を自分の頭の横に当てる。
「確かに、今の桂花にはぴったりかもしれないね。私はそうだなぁ……」
ひな壇に並んだお面を眺めていた私の目に、ふと、淡い緑色で丁寧に塗られた「鶯」のお面が留まった。
それを手に取ると、桂花が「おー!」と嬉しそうに声を上げた。
「それ、凛花にすっごく似合うよ! お顔が綺麗だから、すっきりした鶯が映える!」
「そ、そうかな……? 少し照れるね」
「おじさん! この四つ頂戴! はい、これ代金っす!」
華が懐から小銭を出して、手際よく支払いを済ませてくれる。
私たちがお礼を言うと、華は満面の笑みで「あーしからの、出会いと再会の思い出のプレゼントっすから!」と胸を張った。
私たちはそれぞれ、お面を顔ではなく、頭の横にちょこんと乗せるようにして付けた。
お面を揺らしながら歩くお母様が、遠い目をして呟く。
「それにしても、なんだか懐かしいわね……。凛花がまだほんの小さかった頃、一緒にお祭りに行ったときを思い出すわ」
「え? 私、その頃の記憶はあまりないかも……」
「そうね。あの頃住んでいた場所はそれほど広くもなかったし、他人の行き交いもほとんどなかったから。あなたが物心つく歳になる頃には、もうあの生活もなくなってしまったものね……」
お母様の少し寂しげな言葉に、私はかつての黒蓮の屋敷での日々を思い出す。
すると、桂花が私の手をぎゅっと握り、励ますように言った。
「大丈夫だよ! この事件を全部解決して後宮に戻ったら、またみんなで何度だってお祭りに行けるよ!」
「そうね。だからこそ、今を乗り越えないと」
お母様が優しく微笑む隣で、華がぽつりと「家族でお祭り……いいなぁ」と羨ましそうに呟いた。
桂花が「華ちゃん、どうしたの?」と覗き込むと、華はすぐにいつもの超明るい笑顔に戻って「いえ! あーしのお腹が超限界を告げただけっす!」と笑い飛ばした。
さらに歩いていると、ふと桂花が「あ、この匂い!」と鼻をくんくんと鳴らして走り出した。
慌ててついていくと、そこには香ばしい、甘い香りを漂わせる屋台があった。
売られていたのは、狐色にカラリと揚げられた、小さな丸い揚げ菓子だ。
「……懐かしい匂い」
私が小さく呟く間に、桂花が「これ大好きなんだよね!」と四人分を買い、皆に配ってくれた。
「他の町や村の屋台でも似たようなものは売ってるんだけど、この里のやつは生地の中に『蜜霞草』が使われてるから、より花の香りがして美味しいんだよ!」
華が一口食べて「これ超おいしー!」と飛び跳ねる。
お母様も「確かに美味しいわね。すごく甘いのに、全然くどくない。これなら何個でも食べられそうだわ」と満足そうに微笑んだ。
私はその菓子を。そっと口に含んだ。
――その瞬間、指先が微かに震えるのを感じた。
「……花の香りが、綺麗に鼻に抜ける。なぜだろう……すごく懐かしいはずなのに、どこか、少しだけ寂しい気持ちになるわ」
私のその言葉を、桂花は何も言わず、どこか悲しげな哀愁を帯びた目で見つめていた。
その後、お母様が「二人とも、おすすめがあるのね。それなら私は、凛花が小さい時にいつも強請られたあれを買いましょう」と、今度はリンゴ飴の屋台へ向かった。
「昔、お祭りでね……このリンゴ飴を買っている時、あまりの人混みに、あなたのあのお父様がまるで一本の木の棒みたいに完全に固まってしまって。声をかけてもピクリとも動かなかったのよ」
お母様が楽しそうに話す昔話に、私と桂花、華は想像してお腹を抱えて笑った。
リンゴ飴をかじりながら、私は「じゃあ、私からはこれを」と言って、今度はきらびやかな装飾品が並ぶ屋台へ歩いた。
並んでいるのは、美しいかんざし。
今は秋の季節だ。
私はその中から、美しい紅葉柄が施された『紅葉の透かし彫り簪』を四人分選び、皆に手渡した。
「みんな、これを受け取って。お揃いの髪飾りよ」
「えーっ! 超嬉しいっす! やっぱあーしはお洒落が命なんで、こういうのはマジで最高!」
華がさっそく嬉しそうに髪に挿す。
お母様も「簪なんて、本当にしばらく付けていなかったわねぇ」と、嬉しそうに髪に飾った。
「凛花、ありがとう! ……どうかな、似合う?」
桂花が少し照れくさそうに微笑む。
その髪に揺れる紅葉の簪を見て、私は心から微笑んだ。
「うん、すごくよく似合っているよ、桂花」
「ありがとう! 大切にする!」
桂花は喜びながら背を向け、私の耳には届かないほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。
「あの時が、懐かしいなぁ……」
その声には、お祭りの喧騒にかき消されるにはあまりにも切ない響きが含まれていた。
私たちはそこから、夜が更けるまで他の屋台を巡り、お互いに踊り、笑い、思う存分に星霞祭の夜を楽しんだ。
一日の終わりを告げる鐘が響く頃、私たちは大満足の笑顔で、静かになった実家の屋敷へと帰路に就いた。




