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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
香霞の里編:再会

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前夜の作戦と、灯る松明

 翌朝、香霞コウカの里の広場は、昨夜までの重苦しい緊張感が嘘だったかのような、異様なほどの活気に包まれていた。


「おーし、みんな! 向こうの糞真面目で偉そうな監視の目を思いっきり欺くために、今日は超絶ハッピーなお祭り感を出していくっすよー! 声が小せえ! もっと派手に、浮かれていくっす!」


 華の威勢のいい掛け声と、小気味よい手拍子に合わせ、里の若い衆や子供たちが一斉に動き出す。


 赤や黄色の鮮やかな布が広場を埋め尽くすように張り巡らされ、木組みの出店が次々と組み立てられていった。


 遠くの木陰や、里を見下ろす崖の上からその様子を盗み見ていた賈鴆カチンの手下たちは、せせら笑いながら顎を撫で、完全に警戒を解いていた。


「チッ、里の奴らは自分たちが置かれた状況も分かっちゃいねぇ。この期に及んで星霞祭せいかさいの準備だとよ。つくづく呑気な家畜どもだな」

「まあ放っておけ。上の大きな計画が実行されるまでは、あの無知な連中を好きなだけ泳がせておけばいい。あんなに浮かれている奴らが、反旗を翻すはずもないからな。ひゃはは!」


 彼らは鼻で笑い、いつもなら厳重に行う巡回を「まぁ後でいいか」と切り上げて酒を飲み始める始末だった。


 華の提案した「浮かれておる作戦」は、狙い通り見事に敵の脳髄を麻痺させていた。


 一方、私と桂花、そしてお母様は、奴らの視線に掠りもしないよう、屋敷の深い影や入り組んだ裏道でひっそりと準備を手伝っていた。


 午後になり、華が「みんなの分、極秘で調達してきたっす!」と、目立たないながらも可愛らしい星霞祭の衣装を部屋に持ってきてくれた。


「わあ……っ! 凛花、その色すっごく似合ってる! いつものお堅い侍女服と違って、なんだか街の綺麗な娘さんみたい! 可愛い!」

「桂花こそ、その帯の結び方がすごく新鮮で、とても綺麗だよ。後宮の誰よりも似合っているわ」


 普段、後宮という巨大な鳥籠の中で張り詰めた緊張感に身を置いていた私たちにとって、これは本当に久しぶりの、ごく普通の女の子としての時間だった。


 お互いの髪を整え合い、鏡を見てはくすくすと笑い合う。


 そこへ、着替えを終えたお母様が、衣の裾を軽く揺らしながらゆっくりと歩いてきた。


「二人とも、本当に綺麗ね。やっぱり若い女の子は、そうやって華やかな格好をして、たくさん笑っているのが一番だわ」


 お母様が目の前で、遮るもののない穏やかな笑顔を向けてくれている。


 かつて黒蓮の冷たい冷気の中で、ただひたすらお母様の無事を願っていたあの日々を思うと、今こうして同じ衣装を着て笑い合えている現実に、私の胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。


 だが、私たちはただ浮かれているわけではない。


 夕刻、祭りの開始が近づく頃、屋敷の最奥にある一室に集まった私、お母様、桂花の三人は、部屋の灯りを極限まで落とし、声を潜めて「幻夢香」を用いた具体的な作戦会議に移行していた。


「賈鴆たちが本格的に軍を動かす前に、時間を稼ぐ。そのための一番の切り札は、やっぱりこの里の秘伝である『幻夢香』の効果を使うことだと思うの」


 私が地図の上に小さな駒を置くと、桂花が真剣な表情で身を乗り出す。


「もし幻夢香を使うとなると……あいつらの屋敷とか、手下がたくさん集まっているあの村に、こっそり忍び込んでお香を焚くってこと? でも、あそこは流石に警備が厳重だし、見つかったら……」

「いいえ、敵の陣地に直接飛び込む必要はないわ。黒蓮の暗殺術でも、風を味方にするのは基本中の基本。……ここを見て」


 私は地図の、賈鴆の拠点の裏側に位置する高台を指差した。


「この季節のこの時間帯は、山頂から里へ向かって強い吹き下ろしの風が吹く。あちら側にある高台から、計算された量と風向きを合わせて幻夢香を焚けば、風が勝手に毒を運び、奴らの村と屋敷を丸ごと、広範囲にわたって包み込んでくれるはずよ。これなら、私たちは安全な距離から、彼ら自身に幻覚を起こさせて身動きを封じることができるわ」

「なるほど……! それなら直接見つかる危険は最小限に抑えられるね。でも、あの高台へ続く道は、夜だと獣道になっていてかなり険しいよ?」

「それなら、絶対に確実な道案内が必要ね」


 お母様が私の手を優しく包み込むように握り、桂花を見た。桂花は深く息を吸い、力強く頷いた。


「案内なら私に任せて! 子供の頃、あの高台にはよく秘密基地を作って遊んでたから、どこにどんな罠や崖があるか、目を瞑ってでも歩けるよ!」

「頼もしいわね、桂花。……じゃあ、作戦の決行は、華の作戦で星霞祭が最高潮に達して、奴らの油断と飲酒が極限に達した『星霞祭の最終日の夜』にしましょう。まずは今夜、星霞祭を楽しんで、奴らの動きを完全に観察するのよ」

「うん!」


 そして、いよいよ星霞祭の日の夕方が訪れた。


 夕闇が周囲の山々を濃い紫に染めていくにつれ、里中に吊るされた竹灯籠や松明に、次々とオレンジ色の火が灯っていく。


 どこからか小気味よい太鼓の地鳴りのような響きと、高く澄んだ笛の音が鳴り響き、賑やかな音楽とともに香霞の里の星霞祭が幕を開けた。


「お待たせしゃしたー! 星霞祭、いっちゃいましょー!」


 ばっちりとお洒落を決めた華が、私と桂花の手を引いて、お面を頭に乗せながら勢いよく広場へと連れ出す。


 里は、一見すると何不自由ない、平和でまばゆい活気に満ちたお祭り騒ぎに包まれていた。


 だがその喧騒を、遠く離れた絢爛な屋敷の、暗い窓から見下ろしている冷酷な瞳があった。


 賈鴆は手酌で盃に強い酒を注ぎ、邪悪な笑みを浮かべながら低く呟いた。


「ふん……愚かな家畜どもめ。今だけは十分に、命の洗濯とやらをするがいい。その後に待ち受ける、我が軍勢による無慈悲な絶望と後宮の崩壊も知らずにな……。せいぜい、踊り狂うがいい」

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