再会と、親子にしかできない企み
部屋に案内してくれた華は、少しも物怖じしない明るい笑顔を浮かべていた。
「あーしは、玄じいが来るのを迎えるために下の階で待ってるんで。何かあれば超呼んでくださーい。速攻で来るんで!」
そう言って、彼女は足早に部屋から去っていった。おそらく、私たちが込み入った話をするであろう状況を察して、あえて気を利かせて席を外してくれたのだろう。
桂花も「私、お茶を用意してくるね。二人でゆっくり話して」と言い残し、静かに扉を閉めた。
扉が閉まり、部屋には私と、寝台に腰掛けている女性――お母様との間に、静寂が落ちた。
「……お母様」
私が微かに震える声で呼ぶと、お母様はゆっくりと瞬きをして、私を真っ直ぐに見つめ返した。
「大きくなったわね、凛花。それに……とても綺麗になった。あんなに小さかったのに」
その穏やかで、少しだけ掠れた優しい声。
私はもう我慢できず、弾かれたようにお母様の元へと駆け寄った。
「お母様……っ!」
私はお母様の細い身体に縋り付くように抱き着いた。
「あの日、あの黒蓮の屋敷で……あなたを逃亡させたっていう話を盗み聞きした時、気が気じゃなかった。本当に……本当に、無事でよかった……っ」
頬を伝って、熱い涙がポロポロとこぼれ落ちる。
暗殺一族の厳しい鍛錬の中で、泣くことなどとうの昔に忘れたはずだったのに、お母様の温もりに触れた瞬間、私はただの子どもに戻っていた。
お母様は優しく微笑み、私の頭をゆっくりと撫でた。
「私も……急なことで保護されて、すぐにあの場所を離れてしまったから。あなたを置いてきてしまって、ずっと心配だったの。本当にごめんね、凛花」
「ううん、無事ならそれでいいの。……あの日、一緒にいた小鈴が私を支えてくれてね。すごく時間はかかったけど、二人で屋敷を抜け出すことができたの」
私は涙を拭いながら、これまでの道のりを語り始めた。
「そこから後宮に向かって、働きながらお母様とお父様の情報をずっと集めてたの。毎日毎日、親指にマメができるくらい、馬鈴薯を剥きながらね……」
「ふふっ、馬鈴薯の皮むきは、あなたの特技だったものね」
お母様はクスクスと笑いながら、少し硬くなった私の指先を労わるように撫で、私の目元を優しく拭ってくれた。
「ええ。もう何個でも剥けるんだから。……それにね、お父様とは後宮で再会できたのよ」
「えっ?あの人が、後宮に?」
「うん。今はそこで武官をやってるの。私に会うまでは、お父様も私と同じように、後宮で家族の情報を集めていたみたいなの」
その言葉に、お母様は「あの人が武官?想像できないわ……」と手を額に当て、信じられないといった様子で目を丸くした。
「ふふっ、そうだよね。私も最初はびっくりしちゃった」
私たちは久しぶりの再会を喜び合い、これまでの空白の時間を埋めるように、互いの話を語り合った。
やがて、お母様が穏やかな表情で口を開いた。
「それなら……また家族三人で、一緒に集まれるわね」
「うん。でも、その前に……」
「ええ。この香霞の里が、今とても危ない状況にあるのは知っているわね?私もこの里の皆に、もう何年も匿ってもらって命を救われた身。その恩を返すためにも、なんとかしないといけないわ」
お母様の瞳に、かつての黒蓮の屋敷で見せていたような、理知的で鋭い光が宿る。
「……お父様には、私が里へ向かうという置手紙を残してきたけど、遠征に出ているから、いつ後宮に戻るか分からないの。でも、気づいてくれれば、必ず助けに来てくれるはずよ」
「それなら、あの人が到着するまでの間、可能な限りの『時間稼ぎ』をすればよさそうね。幸い、まだあなたたちがこの里に入り込んだことは、向こうの連中には気づかれていないみたいだから。こちらから仕掛けられることも多いはずよ」
お母様はそう言って、窓の向こう――賈鴆の屋敷があるであろう方角を静かに見つめた。
「里は今、もうすぐ豊穣のお祭りである星霞祭を迎えるらしくて、みんな準備をしているみたいなの。だから――」
「星霞祭を利用して、時間稼ぎをするのね?」
私の言葉を遮るように、お母様がふっと微笑んで私の思考を先読みした。
私は思わず目を丸くし、それから「……やっぱり、お母様には敵わないわ」と小さく笑った。
離れていても、私たちの考えることは同じだった。
その時、部屋の扉がこんこんと小さく叩かれた。
扉が開くと、桂花がお盆に温かいお茶と干し菓子を乗せて入ってきた。
「二人とも、少しはお話しできたかな?」
桂花が机に茶器を並べていく。
私たちはお礼を言い、椅子に腰を下ろした。
お母様が、お茶を注ぐ桂花に優しく尋ねる。
「桂花さん。菊花さん――あなたのお母様には、もう会いに行ったかしら?」
「はい。私が後宮に向かう前に見た時よりも、ずっと顔色もよくなっていて……本当に、ありがとうございます」
桂花が深く頭を下げると、お母様は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「そろそろ目を覚ます時期だとは思うのだけれど……。今はただ、信じて待ちましょう」
「はい……」
桂花は静かに頷いた。
そこから、私たちは三人で、日が傾くまでこれまでのことや、これからのことについて、時に笑い合いながら話し続けた。
外で進行している恐ろしい計画の存在を一時だけ忘れさせるような、穏やかで温かい時間が流れていた。




