6 イメージって大事
天使のお兄様はハリエッタの初恋と言っていい存在である。当時は本当に彼が身内だと思っていなかったのだ。ある種の黒歴史かもしれないが、憧れていたのは事実である。
「儀式でいきなり神様の声が聞こえたらびっくりするから前もって知らせておこうと思ってね。あ、もちろん極秘情報ね。他には国王陛下しか知らないよ。フォンス君には儀式の後に説明しようと思ってる。神様に儀式で選ぶまでは本人と陛下以外に教えないようにって約束したから。一応守護神だし、そこは顔を立ててやらないといけないからね」
「な、なるほど?」
「と、いうわけだからさ、聖女になるかどうするかっていうのは相手を見て儀式の後じっくり考えていいから、残り少ない学園生活楽しんでね」
ウィンクして星を飛ばしたパーシーはそう話を締めくくった。その後ハリエッタはどうやって部屋に戻ったのか記憶にない。
次の日から空き時間は書庫にこもり、学園では神官に改めて守護神や過去の聖者聖女について質問しに行った。神官たちは今年は儀式があるので興味があるのだろうととらえている。
自分で調べれば調べるほど、世間一般に守護神について語られることとパーシーから聞いた話は違う。ハリエッタが実感できたのは、伯父がいかに規格外の存在であるか、ということだった。
伯父から話を聞かされた当初は衝撃が大きすぎたが、逆に現実離れしすぎた話だったために日が経つにつれてあの衝撃は日常の中に溶けて行った。そのおかげで残りの学園生活を友人たちと過ごす充実した時間にできたのである。
そして卒業式。
聖職者を養成するという趣旨の聖堂学園では貴族学院のような派手な卒業パーティーは開催されない。厳粛な礼拝の中、学問を修めたことを神に報告し、ここまで育ててくれた家庭に感謝し、また今後の人生が豊かであることを祈るのだ。
貴族学院では身分のある王侯貴族の貴公子が時々とんちきな婚約破棄騒動を起こすらしいが、そういった騒動は聖堂学園には無縁である。
ちなみにこの時ばかりはさすがの仕事人間のパーシーも自宅に滞在し、王城へは自宅から通っている。ハリエッタは卒業後、儀式までは少し期間があるので伯父に付き従って王城の礼拝堂に所属する神官たちの補佐をすることになった。表向きは儀式の手伝いということで、周囲は彼女がそこの所属になったように見えるが、その実パーシーの作戦で聖女に認定された時に敵に回る者を増やさないためである。
儀式はそのまま王城の礼拝堂で参加する。すぐに国王に聖女認定させるためである。パーシーは使えるものは何でも使う方針なのだ。
ハリエッタは儀式の準備の手伝いに忙しく、自分が聖女に選ばれるという伯父の話も時間が経つにつれて何だか実感がわかなくなってきた。彼が神様と交流しているというのはウソとは思えないが、だからと言って自分が聖女に選ばれるというのは本当なのだろうか?
パーシーはもう聖職者ではないので国王の執事としての通常業務にあたっている。あれ以来伯父もその話をしないのでこちらから話す機会が何となくないまま、ついに儀式の日がやってきた。
儀式とは呼んでいるものの、やることはほとんど通常の礼拝と変わらない。ただ普段は時間交代制だが、この時ばかりはそこの場所に所属している聖職者が一堂に会しているのだ。
ハリエッタはその他大勢の一員としてその場にいる。手を組み目を閉じて心の中で祈りを唱える。その静寂は心地よく、心がスゥっと凪いで行くようだった。
「新しい城壁ができたんだって?へぇ、かっこいい~!」
「…はぁ?」
なんか、聞こえた。
どーしようもなくのんきな声で、どーでもいいことを言った。誰だ、神聖な祈りの空間に水を差した奴は。思わずハリエッタは令嬢らしからぬドスの利いた不満げな声を漏らして顔を上げてしまった。
目の前にやったら神々しい青年?が立っている。にこにこと、それは素晴らしい笑顔で。淡い金色の長い髪が風もないのにふわふわっと揺らめいた。白いローブのその姿は子供のころ好きだった絵本に載っていた天使のようで、若い頃のパーシーによく似ている。
「はぁ!?」
よく見ると周囲の人が怪訝そうな顔でこちらを凝視している。厳粛な儀式の最中に急に声を出したハリエッタに対して不快感をあらわにする者もいる。
周囲のそんな様子を気にせず、謎の人物は組まれたハリエッタの手を取った。
「やっと私の声が聞こえたんだね、ハリエッタちゃん!私の聖女」
瞬間、礼拝堂は光に満ち溢れた。
「私はここに聖女を見つけたことを宣言する!」
光が収まった時、謎の声は国中に響き渡ったらしい。どういう仕組みかは、わからない。
「しゅ、守護神様が降臨されたー!」
「聖女が選ばれたぞー!」
ハリエッタのいる礼拝堂でも彼女の手を取る謎の人物の姿が誰の目にもはっきりと映り、人々は悲鳴のような歓喜を上げたが、選ばれた聖女はキャパオーバーのため令嬢らしく失神した。




