3 ハリエッタ
前の話の姪視点です。
呪いではないが不幸が続いたのは確かだ。とりわけその家の当事者として渦中にあったハリエッタからすれば。ある意味原因がはっきりしている呪いであれば割り切って解呪なり呪い返しなりできると思ったほうが気楽だっただろう。
なまじ両親の記憶があるだけに、つらい日々であった。
ハリエッタの両親は学生結婚である。当主と後継者の長兄が一度に亡くなってしまったため、婚約していた幼馴染と慌ただしく結婚し当主を引き継がねばならなかった。慣れない仕事に苦戦苦闘する若い夫婦を助けるために一時的に生家に戻ってきたパーシーは、彼らを手伝いながらハリエッタの面倒を見てくれた。
学生結婚の両親は若いので、伯父といっても当時のパーシーもまだ若かった。ゆるりと伸ばした銀の髪に薄い青の瞳、聖職者の白いローブという姿は美しいだけではなく、神々しかった。もっとも当時のパーシーはすでに仕事はできるが遊び人という評判だったが、生家に戻ったことでだいぶ落ち着いていたらしい。
幼い頃のハリエッタからすれば、パーシーは「憧れのお兄さん」であった。伯父とは言え浮世離れした雰囲気の彼はどことなく年齢不詳で若見えしたのだ。また、父が彼を「兄様」と呼ぶからハリエッタもマネしていたというのもあった。彼女が持っていた絵本に偶然載っていた神の使いに何となく当時のパーシーが似ていたせいもあっただろう。幼い頃は彼が実は神の使いで父を守るために人間のふりをしていると本気で信じていた時期もあった。
当主がだいぶ板についてきた弟夫妻を見てパーシーが聖堂に戻ろうと思い始めたころだった。馬車の事故で両親は亡くなった。後継のフォンスは両親の死を理解できていない。その無邪気な様子が、葬儀にやってきた人々の涙を誘うと同時に伯爵家の未来を危ぶんだ。
ハリエッタが自分の「耳がやたらにいい」ことに気づいたのはこのころだった。葬儀の場で、家のそこかしこで、参列者や使用人がひそひそとあれこれ小声で話していることのほとんどを聞いて不安のあまりパーシーに全て話したのだ。
だってその時の話ときたら…。
「後継者であるフォンスに娘をあてがって婚約者の実家が伯爵家を傀儡にする計画」やら。
「ハリエッタと息子を婚約させてハリエッタを引き取り、家に合わせた教育を早めにさせる計画」やら。
「当主を継ぐであろうパーシーに嫁入りする(させる)計画」やら。
そんなものばかりである。使用人の大部分は残された姉弟に同情的だがそれと同時に斜陽の家を不安視していた。
特に聖職者となる前からモテモテだったパーシーが還俗する可能性が出てきたのだ。彼の「妻」の地位を狙う女性とその家族の声がハリエッタの耳にはことさら大きく聞こえる。その声の中に、かわいがっていた弟夫妻を亡くした彼の悲しみを慮るものはなかった。それがまたハリエッタの心を傷つけた。
姪が涙ながらに訴えたことをパーシーは疑うことはせず、すべてに真剣に耳を傾けた。そして、言った。
「君のその耳の良さは特別なものだ。色々と聞こえすぎるのはつらいと思うが、つらい時はこうして私が話を聞こう。そんなに耳がいいなんて、君は神様に愛されているのかもしれない。これは誇りをもっていいことなんだよ」
それからハリエッタは聞こえた話を逐一伯父に報告しては、聞き流した方が良い話としかるべき措置をとるべき話について学んでいった。いずれはどこかへ嫁入りする身としてそうして噂話の類や秘密の情報の扱いなどをかなり変わった実地訓練で身につけて行ったのである。
だが彼女が…というよりも保護者である伯父が選んだ進路は聖堂学園への入学…すなわち、聖職者への道であった。ハリエッタ自身は幼い頃に憧れた神の使いと同じ進路を歩むことに抵抗はない。むしろ幼少期から色々なひそひそ話を聞きすぎたせいで軽く人間不信になっている彼女は、自分で進路を選ぶにしても神に仕える道を喜んで選択しただろう。




