ステージF(E)
ハナが駆けつけたときには、闇の侵食がすでに始まっていた
濁流の中心に、彼がいた
ハ:コーさまっ! どうしてこのようなことに……
見たところ、コクメ以外の人は誰もいない
この闇の波に呑まれたとでもいうのか
ハ:この感覚……そうか、暴走したわたくしを止めたのは、この力ですわね
記憶にはないが、本能が覚えている
全身全霊、『神の力』を振るってでも叶わなかった絶望
それが今、目の前に広がっている
ハ:今すぐにでも逃げ出したいところですが……
中心で眠る彼の姿を見据えては、小さく息を吐いた
ハ:振られたとはいえ想い人を放って逃げ出すほど、わたくし、女が廃ってませんわ
橙色の髪が赤く染まる
満ち足りていくこの感覚
油断すれば一瞬にして呑みこまれ、自我を失う
だが、
ハ:乙女の心はそう安々と変わるものではありませんわよ
大地を従え、闇へと挑む
ハ:はああああ……っ!
シュルルルル……ッ!
まるで雨のように降り注ぐ樹木の数々
以前、コクメと交えたときとは比べ物にならない量だ
ハ:わたくしも努力しているのです。いい男にはいい女がお似合いですから
バババババババババババババッッ!
大樹の触手と闇の触手が衝撃を散らす
ぶつかる度に大地が悲鳴を上げる
斬首塔がいつ崩壊しても不思議ではない
ハ:リベンジですわ
ズゴゴゴ……っ
大樹が何層にも重なり、四対の手を作り上げる
それはまるで……、
ハ:『千樹観音』。今のわたくしの全力ですわ
対峙する自然と闇
ちょうどこの場に出くわした物書きがいたとするなら、こう語るだろう
仏と八岐大蛇の戦い、と
ハ:帰りましょう、コーさま。たとえいつもの日常がそこにないのだとだとしても
ハ:わたくしがそばにいます。話ならいくらでも聞きます
ハ:そこから、新しい一歩を踏み出しましょう
ハ:大丈夫です。わたくしたちは一人ではないのですから
~~~~~~~ッ‼
慟哭とも、悲鳴とも、咆哮とも
ぐちゃぐちゃに混ざった絵の具のような、コクメの感情
決着のときが来た
仏が動く
闇が振るわれる
ハ:やあああああ……ッ‼
――――ンンンンッッ‼‼
これまでびくともしなかった石像たちに亀裂が生じる
斬首塔が微かに傾いた
暗雲が真っ二つに割れる
勝者は――――、
ハ:――――――――
闇だった
すべてのエネルギーを振り絞ったハナはその場に倒れ込んでいた
かすかに息はある
コ:…………
闇もまた消耗していた
コクメの周りに漂う、わずかな残滓
たとえばそれが人の形をしていたのなら、片目をつむり、息絶え絶えとしていたことだろう
しかし、彼を止める者はもはや誰も残っていない
少し経てば体力も戻り、暴虐の限りを尽くすだろう
そのときこそが、ハナの最期だ
――――素敵な女の子じゃないか
闇の前に、現れるはずのない人影が生まれる
レ:君から聞いていた話の何倍も素敵な女の子だ
レンゲだった
ヘビではなく、人の姿をしている
レ:まったく……いつになく騒がしいと思ってボロボロの身体を起こして来てみればこれだ。素敵な女の子をボコボコにして、どういうつもりだよ、コクメ
コ:…………
レ:お前はそんなやつじゃなかった。馬鹿で、一途で、人のために怒れてさ
一歩ずつ、コクメに近づいていく
闇のかまいたちがレンゲを切り裂くが、彼はひるまなかった
レ:数え出したらキリがないぜ。ハイネを深い眠りから呼び覚ましたし、ハナを絶望の淵から救い出してみせた
コ:ア、アア……
レ:ああ、どんな獣人にだって優しくしてたな。手の施しようがないときは命だって奪った。いいや、終わらせた。とんでもない覚悟だと、オレは思う
コ:……アっ
コクメの目の前に、立つ
レ:初めてだったんだ。オレの醜い姿を褒めてくれたやつは。オレは、あのときの言葉を、ずっと忘れない
コ:…………
レ:そういや、ハイネが言ってたぜ。今度はわたしたちが助ける番だってさ。オレたちはいつもお前に助けられてばかりだ。そもそも、お前が本当にヤバイときなんて一度だってなかった
コ:――――
レ:ついにそのときが来たって思ったら、これだ。もう手遅れだもんな、まったくふざけてやがる
コクメの周りに漂う闇が鞭となってレンゲを襲う
だが、彼は微動だにしない
レ:オレもお前も朽ちていく命。終わりがすぐそこにあるんだから、何も心配することはないんだけどさ
ポンと、コクメの肩にひび割れた手をおく
レ:心配性なオレはどうしてもお前のことが放っておけない。だから――――生まれ変わってもお前を支えてやる
ズシュリ……っ
ひび割れた白い腕が、コクメの胸を貫通する
コ:が、ふ……っ
レ:最後の最後でつらいよな、すまねえ。だがこれで、お前の魂にお手製の毒をしみこませてやった
コ:…………ア
レ:これで地獄まで一緒だぜ、相棒
コ:ア……――――
――――ありがとう
レ:……驚いた。まさかお礼を言われるなんてな
コ:……あ、ははっ。イッ、ちゃん……には、いえなかった……か、ら
レ:そいつはいけない。ハイネには世話になりっぱなしだったからな
コ:…………
レ:それに、感謝してるのはオレのほうだぜ
――――コクメ
レ:ありが――――
すべてを伝え終える前に――――コクメは光となって消え去った
レ:…………
取り残されたのはレンゲ一人
そこに闇すら存在しない
レ:……はあっ
彼は全身から力を抜いた
大地に背を預け、夜空を仰ぐ
レ:まあ、いいか
月に手をかざすと、月の輪郭から桜が散るように光がなびく
レ:オレがやったのは……あの人に対する裏切りなのかなあ
答えはわからない
薄れていく意識の中
後悔はなかった
レ:…………
?:――――レンゲ
レ:…………ク、ロ、様?
おぼろげな世界の中で、最後に見たのはあの人の姿だった
見慣れた黒装束は変わらない
ただ一つ、フードが外れていることを除いては
そこにあるのは、コクメの顔だった
オレは何を見ているのだろう
最後の最後で好きなやつらの幻影を見るだんて
本当に、丸くなったなあ
と、思う
幻影は、たった一言
?:――――ありがとう
物悲しそうに、そう紡いだ
ああ、二度もその言葉を聞けるだなんて
オレは人生は幸せだった
………………
…………
……
こうして、彼らの命は失われた
けれど、これで終わりではない
新たな物語は続いていく
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