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ステージF(B)

 そこがどこだか認識できなかった

 気がつけば、ボクという存在が『誕生』していた


『ふむ、見事なものだな』


 誰かの声

 その人物はボクの前に立っていた

 無意識に手を伸ばす

 が、見えない壁が邪魔をして触れられない


 ボクは――――自分が筒状のカプセルの中に閉じ込められているのに気がついた


『さて、実験の開始だ』


 そこからは地獄の日々だった


『ぐッ……が、ああああああああああああああああ⁉』


 苦痛の日々

 思い返すだけで気分が悪くなる

 数々の拷問具を試された

 何度死にかけたか分からない

 いいや、もしかしたら何度も死んでいたのかもしれない

 ありとあらゆる苦を詰め込んだ人生ライフ


『やはり、他人よりボクの面をしていたほうがまだマシだな』


 謎の人物がたまにこぼした言葉をよく覚えている

 まだマシだって?

 ボクがこんなにも苦しんでいるというのに?

 苦悩は永遠に続く


 意識が覚醒してから、さて、いつ頃のことだろうか

 幾度となく繰り返される日常の中で、やつらの監視の空白を見つけた

 ――迷いはなかった


『はあ……はあ……うぐっ』


 ボクは捕らわれた鳥かごの中から抜け出し、外の世界へと飛び出した

 身体はすでにボロボロ

 どこへ行ったところでボクの命は風前の灯火だ



 けれど、世界が美しいことを知った



 呼吸は、苦しいものだと思っていた――――緑あふれる大自然の空気を胸いっぱいに取り込むと、清々しい気分になった


 光は、目を焼くための拷問器具だと思っていた――――空に浮かぶ日輪の光は、浴びるだけで活力がみなぎる


 そして、人が笑うということを知った。

 見渡すかぎりの人々の笑顔

 ボクには分からない

 分からないけれど、ボクもああなりたいと初めて願った


 ただ、ボクにはもう時間がない

 継ぎはぎの身体はもう言うことを聞いてはくれない

 生まれ変われるなら、ああ、ボクも彼らのように――――


『今助けますからねっ』


 それはまさに天使の呼び声だった

 命の尽き果てるボクを迎えに来たのかと、最初は本気でそう思った


 彼女が手をかざすと、みるみるうちに傷が癒されていく

 命が満たされる


『君は……?』

『わたしはハイネ。みなさんを癒す“天使”です』

『てん、し……』

『ご、ごめんなさい、冗談ですっ。だからそんな真に受けないでくださいっ』


 自らを『天使』と名乗った少女は、実際に『天使』と呼ばれていた

 傷を治す能力を使い、各地で傷ついた人々を癒す旅をしているらしい


『あなたはどこから来たのっ?』

『ボクは…………』


 身体が震える

 思い返すだけで息が苦しい

 ボクのことを心配して聞いてくれただろうに

 何も答えられない


『…………』


 しばらく静寂があった

 ふと

 なんの拍子もなく、


『もし、帰る場所がわからなければ』


 彼女は言った


『わたしと一緒に旅をしないっ?』


 それこそ、本当に何も答えられなかった

 心臓が高鳴る

 世界を美しいと知ったとき、ボクにはもう時間が残されていなかった

 今のボクは彼女から命を授かった

 ボクは知れるのか?

 この世界を


『いいや……ダメだよ』

『どうして?』


 彼女が首をかしげる

 ボクはありのまま答えた


『ボクに世界を知る権利があるのかなって。ボクはできそこないの存在だ。本当ならもうこの世界から去っているはずの、ならず者なのに。知る権利なんて』

『うんっ、準備はばっちりってことだねっ!』

『え? ……あ、ちょっと!』


 彼女に手を引かれ、駆け出す


『つべこべ悩んでいる時間なんてないのっ。それじゃあ与えられたライフがもったいないでしょ?』



『行こうっ。この世界を知る旅にっ!』



白銀の原野

 燃え盛る海

 桜の乱れる森

 命の芽吹く原野


 想像を遥かに凌駕していた


 世界は、ああ、どうしたことだろう

 真っ暗なものだと思っていた

 本当は、ボクが知らないだけで


『あははっ、コーくんっ。置いていくよ?』

『待ってよ、イッちゃん!』



 ――――なんと美しく



『ようやく見つけたよ』



――――なんと残酷なのだろう



 黒装束に身を包んだ人物

 忌まわしき記憶が甦る

 ボクの命を弄ぶ悪魔が目の前に立ちはだかった


『ボクを探しに来たのか……?』

『バカを言うな。用があるのはそちらだよ』


 悪魔の意識がハイネに移る

 まずいと判断する前に、体が動いていた


『ぐっ……がああ……っ』

『ほう。まさか、君が反抗してくるとはね』


 地に伏す。内蔵がえぐれる

久しい感覚だ

 これが嫌で嫌でたまらなくて、ボクはやつらから逃げ出したというのに

 ボクはどうして……立ちむかったのだろう

 倒れた今だって逃げたい気持ちでいっぱいだ

 歯がカタカタと音を立てている

 でも、それでも……、


『ハイネに……手を出すな……っ!』


 悪魔を駆逐する術は持ち合わせていない

 ボクにできるのは時間を稼ぐくらいか

 彼女が助かる可能性が少しでも高まるなら、それだけで価値がある

 彼女を救うということは、これから出会う何前何万もの命を救うということだ

 ……ああ、そうか


『ボクの命は、このときのためにあったんだ』


 視界は定まらない

 片腕はもはや機能を失っている

 だから、どうした

 立て。戦え。彼女のために――――死ね



『ありがとうっ。わたしのために戦ってくれて』



 目の前で起こる出来事を、ボクは理解できなかった

 なぜ――――彼女がボクの前に立っている?

 違うではないか

 ボクが守る側なのに、これではボクが守られる側に立っている

 彼女は背中を向けたまま、こちらに振り向こうとしなかった


『わたし、誰かを助けることばっかり考えてきたけど……助けられるなんて考えてもみなかった。助けられるのって、すごく幸せなんだねっ』

『イッちゃん……っ』


 声がかすれる

 視界の酩酊が激しさを増す


『おとなしく私についてくると?』

『それも考えたけど、わたし、意外と欲張りでさ。まだ旅をしてたいのっ。今すぐは無理だけど、未来に可能性を残す』

『理解しかねるな』

『わたしは生の神。すべての事象をリセットする特別な権能がある。力が大きい分、わたしは氷漬けにされちゃうけどねっ』

『まさか貴様……っ!』



『また出会えたら。わたしを助けてねっ、コーくん』



 そこから先の記憶は、誰にもない



コ:はあっ、はあっ……


ハ:コーさまっ!


コ:ハナちゃん……ここは……?


ハ:わたくしの力で作った小屋の中ですわ。気を失ったコーさまを安静にと思いまして


コ:気を失った……そうだ、イッちゃんは⁉


ハ:あの後、連れて行かれましたわ……わたくしはコーさまのご容態が心配で引き留めるどころでは……申し訳ありません


コ:いや、ハナちゃんが謝ることじゃないよ……ありがとう、ボクのことを助けてくれて


ハ:……いえ


 静寂

 部屋に満たされるのは窓際から差し込む月明かりだけ


ハ:……コーさまひどく、うなされていました


コ:……そうか。ボク、うなされてたんだ


ハ:何か悪い夢でも見られていたのですか? わたくしでよろしければ、お手を握らせていただきますが……


コ:あはは……、ありがとう。ボクは大丈夫だから


ハ:……そう、ですか


コ:悪い……夢ばかりじゃなかった。いい夢も見たよ


ハ:そうなのですか?


コ:うん、全部。全部思い出した


ハ:思い出したとは……もしかして、コーさま!


コ:忘れていた記憶をすべて取り戻した


ハ:それはなんたる喜ばしいことか! …………と、そのご様子では素直に喜べそうにありませんね


コ:まあ、ろくでもない過去だって予測はできてたけど……思いのほかひどくてね


ハ:さようですか……


コ:でも、大切なものを思い出せたのはたしかだ


ハ:コーさま、お立ちになられてどこに行かれるので?


コ:もちろん、イッちゃんを助けに


ハ:お待ちくださいッ‼


 聞いたのことのないハナの怒声に、コクメは立ち止まった

 彼女の目尻には涙が溜まっている


ハ:お身体はもうボロボロ、歩くのがやっとじゃありませんか! そんな状態でいったい何をしに行くと言うのです!


コ:だから、イッちゃんを助けに


ハ:そんなの助けられるはずがありません! それに、傷ついているのはお身体だけではないでしょう。あなたさまの心だって……


コ:…………


ハ:あのフードの男がコーさまの見た悪夢に関わっているのですよね。隠そうとしたってそうはいきません。わたくしはこう見えて勘のいい女なんですから


コ:ハナちゃんにはかなわないなあ……


ハ:わたくしも行きます


コ:え?


ハ:コーさまおひとりだけではとても助けられません。だから、わたくしが同行致しますわ


コ:ダメだよ。ハナちゃんは関係ない。君が傷つくのはおかしいよ


ハ:おかしくなんてありませんわ。だってわたくしはあなたさまに助けられました


コ:――――っ


ハ:あなたさまに助けられたから、わたくしはここにいる。ならもう、無関係なわけがありません。今度はわたくしが助ける番ですから


コ:助ける番、か。……ははっ


ハ:何がおかしいのです


コ:ううん。ハナちゃんはとても素敵な女の子だねって話


ハ:機嫌を取ろうとしたってわたくしはついていきますわよ


コ:だから



 ――――カチっ



ハ:――――あ……れ……?


コ:だからこそ、君を危険な目に遭わせるわけにはいかない


 時を止め、コクメがハナの意識を奪う


コ:まさか本当に役立つときが来るなんてなあ、この睡眠薬


 気持ちよさそうな寝顔を見て、コクメはつい笑ってしまった

 彼女の幸せがこれからも続きますように



コ:――――行くか



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