ステージ4(はじまり)
美しい
その村を形容しようとするなら、まさにその一言に尽きるだろう
自然と氷が共生する村
コクメたち三人は長い旅の末、辺境の地へとたどり着いた
コ:はあ~……、すごいねイッちゃん。こんなに寒いのに花が咲いてるよ!
イ:紫陽花だねっ。温暖な気候にしか生息しないはずなんだけど、不思議……
コ:不思議なんてもんじゃないよ。なんてったって、あたり一面が氷でできてるんだ! 建物なんてもはや造形アートでしょ!
イ:ここに住んでいる人たちに早く会いたいねっ
コ:ほんとにね!
レ:あたり一面氷なので、なんでこうもアツアツなのかね
道なりを真っ直ぐ進むにつれて、氷でできた建物の数が段々増えていく。煙突のついた西洋式の住宅があれば、瓦の外れかかった和式も見られる。
材料はすべて氷だ
青空が落ちてきたら、まさにこんな景色になのだろう
イ:あれ?
コ:どうかした、イッちゃん? って、子供が泣いてる……?
イ:……っ
コ:あ、待ってイッちゃん!
子:うっ……ぐす……
イ:大丈夫? どこか痛いのっ……?
子:うぅ……っ
コ:うつむいたまま反応してくれないね。近くにお母さんとかいないのかな
子:おか、あ……さん?
コ:あ、ようやく気づいてくれ――――っ
息をのむコクメ
子供の首が百八十度回転したからだ
毛皮のように顔を羽で覆われている
コ:じゅ、獣人⁉
イ:シロフクロウ……こんな小さな子なのに……っ
子:も、もしかして『ニンゲン』⁉
コクメたちに負けないくらい驚く少年
すると、
子:ピエエエエエエエッ‼
鼓膜が破れてしまうほどの奇声をあげた。
コ:ぐっ、威嚇だけでこれだけの声量⁉
イ:ううん、シロフクロウにそんな習性はないはず……っ。もしかしたら……
コ:もしかしたら……っ?
コクメの疑問はすぐさま解消された
唐突に鳴き声をあげた理由
至極まっとうだった
ぞろぞろぞろと
氷の建物の中から、ありとあらゆる獣人が姿を現す
レ:おいおい。なんだよ、こりゃ……
イ:少なくとも二十体以上いる
コ:ありえないよイッちゃん! だってボクたちが訪れた町や村でも、獣人一体がいれば珍しいほうだったのに
?:そりゃそうだろうね。獣人ってのはそうごろごろいるわけじゃない
獣人の中から、一人前へと歩み出る者がいた
先ほどの少年もその者の背後に隠れている
ワシミミズクの獣人。フクロウに似た仲間だ
ワ:獣人ってのは人から忌み嫌われ、はみ出し者にされる。それじゃあはじかれた獣人はいったいどこに漂流すると思う?
コ:まさか……この村は色々な町から集まった獣人の集落なのか⁉
ワ:そういうことだ、『ニンゲン』。お前たちは踏み入れる世界を間違えた
女性と思しきワシミミズクの獣人はその鋭い眼光を光らせる
ワ:けれど、私たちはお前らを追い出さない。なぜなら追い出される苦しみってやつを知ってるからな
コ:追い出される苦しみ……?
ワ:ここにいる全員はもともと『ニンゲン』だった。私のガキを除いてな
子:おかあさん、頭ぐしゃぐしゃしないでっ
ワ:ふっ、すまんな
コ:獣人に子供が……
ワ:意外か? 私たちだって子供を生み、家庭を持つ。ただ獣のような見た目をして、食欲が旺盛ってだけで、『ニンゲン』と大して変わらないんだ
コ:…………
ワ:なんだ、言葉が見つからないのか?
コ:正直、ね
ワ:ふん、そうだろうな。私たち獣人がこうも妄言を口にするようになったなどと、そんなふうに思っているのだろう?
コ:へ? どういうこと?
ワ:…………なんだ、そのマヌケ面は
コ:いや、だって……言ってることがよくわからないから
ワ:よくわからないって……
イ:ごめんなさい。コーくん、馬を鹿って間違えるくらいだから
コ:ちょっと待ってイッちゃん。遠回しに馬鹿って言ってるよね、それ
レ:あくびすると、歯に小鳥が止まるもんな
コ:察するにカバと言いたいんだろうけど華麗にスルーするね
レ:やれやれ、困ったもんだぜ
子:おかあさん……この人たち、へん
ワ:ふっ――――やはり、お前たちはそうではないのだな
コ:そうじゃない?
ワ:こちらの話だ。みな、すまんな。今回はシュリンの勘違いだったらしい
なんだ、なんだ
爪を研いで損したぜ
などとぼやいて、獣人が散っていく
コ:ど、どういうこと……?
イ:わたしにもわからないっ
ワ:気にしないでくれ、私たちにも事情があってな
子:おかあさん、この人たちとは戦わないの?
ワ:そうだ、シュリン。この人たちはいい『ニンゲン』なんだ
イ:シュリン?
ワ:この子の名前だ。そういえば自己紹介がまだだったな。私はこの村の長をやっている、ミミという
イ:これはどうもご丁寧に
コ:獣人に挨拶されたのって初めてかも……
イ:これまではずっと戦ったあとでゆっくり事情を聞いてたもんね
ミ:事情を聞いていた……もしかして、あんたが『天使』なのかい?
イ:天使だなんてそんな……っ!
コ:そうだよ。イっちゃんはボクの天使だ
イ:コーくんっ!
シュ:おかあさん、このおにいちゃんやっぱり馬鹿なんだね
レ:そうだぞ、坊主。このおにいちゃんはな、馬鹿なんだ
コ:わざわざ強調するな!
レ:それで、この村でハイネの噂は流れてきているのか?
ミ:ああ。獣人の暴食衝動をおさえる不思議な力を持った隻翼の少女
コ:イッちゃん、いろんなところで獣人を助けたもんね
イ:そんなっ。わたしはただ誰かの苦しんでる姿が見たくないだけで
ミ:私たち獣人は好んで暴れているわけじゃない。生きているだけで莫大なエネルギー消費するがゆえに、エネルギーを欲してしまう
コ:お腹が減ったら誰だって食欲がわいちゃうもんね
ミ:でも、誰かの命を奪ってまで生きたいとは思わない。獣人のほとんどはそう願ってやまないやつらだ。だからこそ、あんたみたいな存在は救いの『天使』なんだ
イ:ううん……
シュ:あ、てんしのかおがあかくなった!
ミ:こら、シュリン。まったくこの子と来たら……
コ:あの、ちょっと思ったんだけど
ミ:なんだ?
コ:獣人って食欲がすごいんだよね?
ミ:まあな
コ:でもさ、この村に住んでる人はみんな獣人なんだよね? さすがに食料の調達というか……エネルギーの補充はどうやってしてるの?
イ:たしかにコーくんの言う通りかも。他の町や村の人は『自然』や『冒険者』からもらったエネルギーを補充してたみたいだけど……
コ:その『冒険者』ってのも会ったことないからよくわかんないけどね
ミ:お前たちの疑問ももっともだろう。が、これがうまくできていてな。私たちはどうしてこんな一面氷の寒い世界で居住していると思う?
コ:毛皮がむれないから?
イ:ちょっとコーくん。獣人とはいえ相手は女性なんだからっ
コ:ほえ?
ミ:気にするな。お前はあとで串焼きにするとして、半分は正解だ
イ:当たってるんだ
コ:あれ、ボク今死刑宣告されなかった?
イ:半分正解ってことは、もう一つ理由があるの?
ミ:その通り
コ:ねえ、聞いてる?
ミ:私たちがこの地域に居住している理由。それは――――――――
?:いつ来ても獣くさいな、ここは!
澄んだ青空に反響する男の声
白いメッシュの入った青年を筆頭に十人前後の男たちがそこにいた
ミ:……ウオ。どうしてここに?
ウ:こんなところに来る理由なんて一つしかないだろう。氷輝が足りなくなったんだ
ミ:待ってくれ。今月分はすべて納めたはずだ!
ウ:足りなくなったんだから仕方ないだろう。こちとら今日を生きるのに必死なんだ
ミ:我々だって同じだ! 氷輝がないと暴走してしまう
ウ:そんなの仲間内でおさえればいいだろう? それともなんだ? ――――また村人を食い殺すのか?
ミ:…………ッ
ウ:わかったならとっとと用意しろ。こんなところにいちゃ病気が移っちまう
シュ:……おかあ、さん……?
ミ:…………わかった。少し待っていろ
ウ:聞き分けの良い村長で助かるよ
コ:……ちょっと待て
ウ:なんだお前、見かけない獣人だな……いや、人間か? どうしてお前みたいな人間がこの村にいるんだよ
コ:ボクは人間だ。でも、そんなちっぽけなことが理由でこの村にいちゃいけない理由はない
ウ:意味わからねえな
コ:意味わからないのはこっちのほうだよ。詳しい事情は知らないけど、君がやってることって脅迫じゃないか
ウ:馬鹿も休み休み言え。獣人を脅迫する人間なんてどこにいるんだ
コ:『冒険者』でしょ、君
ウ:…………ほう
コ:ボクはまだ『冒険者』って人に会ったことはないけど、奇妙な服装をしているって聞いたことがある。君が着ているそれはきっと『冒険者』のしるしだ
ウ:よくわかったな。そう、僕は『ニンジャ』の冒険者。獣人に対抗できる唯一の存在だよ
コ:君の力がどれほどのものかはわからない。けど、戦う意思のないミミさんたちから何かを奪おうとするのは絶対によくないことだ
ウ:よせよ。僕は悪者なんかじゃない、むしろ正義のヒーローだ
コ:ヒーローは自分のことをヒーローだなんて呼ばない
ウ:ならたしかめてみるか? 正義のヒーローの力を
コ:望むところだ
――――ギッ‼
ウ:へえ、結構速いんだ
コ:こっちの台詞……ッ!
イ:コーくんっ!
コ:大丈夫だよ、イッちゃん! この手の馬鹿はげんこつを食らわせないとわからないから
ウ:余裕だなあ。最後にげんこつを食らったのっていつだろう
コ:そんなの知らないよ!
ガッ‼
ギギギギギ……ッ‼
コクメの剣とウオのクナイが火花を散らす
腕力は同等だった
いや
コ:悪いけど、ボクのほうが強いみたいだね!
ウ:僕は筋トレとかしない派だから
コ:最後に勝つのはやはり筋肉なのさ!
つばぜり合いを押し切って、ウオの体勢を崩す
間髪入れず、
コ:もらった!
懐へともぐり、みぞおちを狙った。
ドッッ‼
鈍い弾力が拳に響く
ウオが地面に伏した
ウ:ぐぅうう……ッ
コ:悪いね。でも、げんこつを脳天に落とすなんて一言も言ってないから
ウ:くそ野郎が……ッ
コ:脅迫するやつに言われたくない。これに懲りたら、ちょっとは反省しなよ?
ウ:く……くくっ、はははははははっ!
コ:どうして笑うかな。まだお仕置きが足りない……Mなの?
ウ:そりゃおかしいだろうよ。なんてったって、お前が僕より弱者だってわかったんだからなあ!
コ:はい? 負け犬の遠吠えもほどほどに――――
――――シュッ
コ:がはぁ……ッ⁉
不意な衝撃がコクメの後頭部を襲う
背後にいたのは――――倒れているはずのウオだった
コ:どうして……二人いるの?
ウ:真性のバカみたいだな。僕は見ての通り『ニンジャ』なんだぜ? 分身や変わり身の術の一つや二つ、使えて当然だろう?
コ:んな……ばかなッ
ウ:ほう、まだ立ち上がれるんだな?
コ:ぼ、ボクの長所は粘り強いところなんでね!
ウ:つまり、いたぶり甲斐があるってことだよな
コ:来い……ッ‼
――――シュッ
ガガガガガガガガッ
目にもとまらぬ速さで戦いが繰り広げられる
コクメの長所はその速さと正確さにある
長い旅路を経て、その両方は完璧に仕上がっていた
コ:はあ……ッ‼
だからこそ、先ほどまでの攻防において、コクメは優位にたてていた
そのはずだった
のに
コ:攻撃が当たらない⁉ さっきまでとは比べ物にならないくらい速い‼
ウ:そりゃそうさ。さっきまで僕は手を抜いていたからね
コ:そんな、どうして!
ウ:お前の“油断”を誘発するためさ
コ:油断、だと……?
ウ:そう、すべてはお前の油断を誘うためだ。戦いってのは両者ともに全力を出し切る。
負けられないからな。だからこそ実力差があったとしても、最後まで諦めまいとして戦いが長引く。下手をすれば逆転だってありえるんだ
コ:…………っ
ウ:油断ってのは便利なもんでな。少しでも気が緩めばそこが最大の穴となり、一つ突いてやれば一気に均衡が崩れる。効率的極まりない
コ:ボクは最初から手のひらの上で踊らされていたっていうのか
ウ:気づくのが遅いぜ、マヌケ
コ:げほ……ッ
強烈な一撃を浴び、転がるコクメ
もはや立ち上がる気力すら残っていない
ウ:さてと。鬱陶しいし、ここいらで始末するとするか
コ:く、そォ……ッ
ウ:さよならだ
ミ:待ちな‼ それ以上やるってなら、私も黙ってないよ
シュ:ぼくだって……!
コ:ミミさん……っ、シュリンくんまで
イ:コーくん! 今回復するからっ!
コ:イッちゃん……ありがとう
レ:……ってことだ。満場一致でお前さんを歓迎してないんで、今日のところは手を引いてもらえないかね?
ウ:おーおー、こわい。そんなに睨むなよ。特に獣人の殺意ってのはとんでもねえ
ミ:私は本気だよ? 条約を破ってでも、あんたを止める
ウ:本当にそんなことができるなら、もっと昔にでもやってるだろう。あんたに人間は殺せねえ。いや……これ以上殺させねえよ
ミ:…………ッ
ウ:まあいい、これ以上は効率が悪い。今日のところは引き上げるよ
コ:ま、て……っ
ウ:だが、猶予はない。二日後までに氷輝を準備して待っておくんだな
高らか笑い声とともに、雑木林へと消えていくウオたち一同
コクメたちはしばらくその場から離れることができなかった
ステージ4(A)へ




